第26話『救済』


「ルールル!!」


 ルールルから与えられ続ける記憶。感情、彼女の視界に映った景色。

 それらを自分の物として整理するのにかかった時間は数秒か、はたまた数分か、自分でもよく分からないが未だにルールルの発狂は続いていた。


「ビョウドドドドオドドドコドコドコロアタマコワレ……イヤヤヤヤヤヤヤヤヤアァァァッ! イタイノォッ! クルシイクルシイクルシ……オワッテ……早く……終わって――」


 自身の綺麗な髪を搔きむしり、ルールルは外傷などないのに苦しみ続ける。

 だが、彼女の感じている痛みは本物だ。

 外傷などなくても、脳が痛いと認識してしまえば痛みは生まれてしまう。


 現在、ルールルは今まで受けてきた痛み。それに加えて自分を倒した主人公『マサキ』が受けた痛みまでをも自分の脳内で再現してしまっている。

 このままでは保たない。

 ルールルの肉体は死しても蘇るからいいだろう。

 だが、精神は別だ。このままでは確実に廃人になってしまう。



「お帰りラース。状況は把握できたかしら?」


「ラース様……ルールルさんを……ルールルさんを助けてください。こんなの……あまりにも報われない……悲しすぎます……」



 俺より先にルールルの記憶や感情を整理できていたのだろう。二人が俺に声をかけてくる。

 そんな二人に俺がかける言葉はたった一つのみだ。



「全部分かった。心配すんな。後は……全部俺に任せろっ!!」



 そう宣言すると共に俺はルールルに向かって駆けだす。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 流されてくる記憶や痛みを跳ねのける為――

 全力で前に進むため――

 自然と雄たけびを上げる。


 どうするべきかって?

 そんな事は分かっていない。

 なぜ前に進むのか、どうやってルールルを助けるのか、そんなの分かるわけがない。


 だが――


「これ以上……一人にさせられるかっ!!」


 いつもルールルは一人だった。

 彼女の見ている世界は俺たちが見ているのものとあまりにも違い過ぎていた。

 最初に狂ってからのルールルの世界は地獄と化していた。



 人の事を動く屍としか視認出来ていなかったし、どれだけ豊かな自然を見てもその目に映るのは赤に染まった凄惨な光景のみ。

 そんな世界で、彼女は終わる事だけを望んで生きてきたのだ。


「ふざけるな……ふざけるなよっ!!」


 そんな生き方をするルールルを俺は今まで『狂気のラスボス』としか見れていなかった。

 一緒に居たが、一緒じゃなかった。

 それこそルールルが考えた通り、俺は彼女をお気に入りの道具として扱ってしまっていた。


 何が『ラスボス好き』だ。

 能力や狂っている姿だけを見て――

 自分に好意を向けていることに浮かれて――

 ルゼルスやセンカの方ばかりを見て――


 俺は……ルルルール・ルールルという一人の少女の事を今まで一度たりともきちんと見ていなかった。

 だから――


「ルールル!! ぐっ――」


 発狂して自分を傷つけるのをやめないルールルの手を押さえる。

 しかし、それと同時に彼女の痛みがそのままダイレクトに俺に伝わってきた。

 触れたことが原因なのかは不明だが――


「負け……るかぁっ!!」


 これがルールルの受けている痛み。

 全身を火あぶりにされながら、氷漬けになったかのように体の芯が冷え、脳が直接誰かに弄られているようにシェイクされ続られているような……そんな痛み。

 

「キエルキエルキエルノオォォォォォォ!! ハナシテハナセサワラナイデェェッ! コワイコワイコワイアアァァァァアアァァァァァァァァッ!」



 暴れて俺の手を振り払おうとするルールル。

 だが、その力はあまりにも弱い。ただの少女が抵抗する程度の力。


「離すもんか……絶対に……離さないっ!!」


 抵抗するルールルの体を無理やり抱きしめる。

 すっぽりと胸の内に収まるルールルはあまりにも小さく儚げで、今にも消えてしまいそうに見えた。

 それでもルールルは離せ離せと暴れるのをやめない。

 そして――


「終わって……終わらせてヨォッ! 眠りたイノ死にたいノォッ!」


 離してくれないのなら終わらせてと、抵抗を続けながら叫ぶ。


「ふざけんなっ! こんなんで終わらせるわけないだろっ!」


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァッ! なんでどうして……もうイヤァァァァァァァァァァッ!」


 終わらせないという俺の言葉が届いたのか、ルールルの抵抗が少し強くなった気がする。

 俺はそんな彼女の瞳を見つめ――


「そうじゃないっ! 独りぼっちのまま逝かせられるかって言ってんだよ俺はっ!」


「っ――」


「酷い事が沢山あって、だれにも頼れなくて……寂しかったんだろ? 辛かったんだろ? ごめんな。今まで理解しようとすらしなくて。こんな形になるまで、俺はルールルの事を理解できてなかった。一緒だったけど、一緒じゃなかった。お前の終わりたいって願いにも気づけなかった。本当に情けない奴だよ俺は。

 でも――――今はもう、分かってるつもりだ」


「なら――んっ――」


 そこでルールルが俺に唇を重ねてくる。

 舌を絡ませる濃厚な口づけ。

 そうして彼女は唇を離し、俺へと願う。


「私を愛してよ……ラー君。痛いの……苦しいの……血がどろどろと止まらなくて、手足がずっと痛くて……お花も空も真っ赤に染まった地獄から私を解放してよ……。愛があれば奇跡が起きる。そのはず」


 ルールルは「だから――」と続け、


「だから――私を愛して。私を――終わらせて」


 耐えがたい苦痛の中、いつの間にかルールルは少しだけ元に戻っていた。

 そうしてその願いを口にする。

 だが――


「嫌だって言ってるだろっ!!」


 その願いを聞き入れる事は出来ない。


「お前は確かに終わりたいって願ってる。その為だけに生きている。だけど……今はそれだけじゃないだろっ!!」


「なっ――勝手な事を……それ以外、ルールルは何も望んでなんて――」


「独りぼっちでいたくないっ! 誰かに理解して欲しい。無邪気に一緒に誰かと笑い合いたい。それもお前の願いだろうがっ!!」


「っ――」


 今度こそルールルが絶句する。

 それは、ルールル自身も自覚していない祈り。

 自分も誰かと一緒に笑い合いたい。痛みを共有したい。


 そんな『普通』になりたい。


 そんな普通の――願う必要すらない想い。

 それがルルルール・ルールルという少女を埋める最後のピースだった。


「そんなの……思った事……ない……」


 ぼそぼそと反論するルールル。

 自覚すらない想いだ。誰かに言われたところで認められないだろう。

 だが、今この場では誤魔化せない。



「なら――なんで俺を離さない?」


「……え?」


「俺はもう殆ど力を入れてないぞ。強く抱きしめてるのはルールル……お前だ」


 そう。

 さっきのキス以降、俺はルールルを優しく抱きとめる程度の力しか入れていない。

 普通の少女並みの力しか出せないルールルでも簡単に振りほどけるはず。


 なのに、ルールルは最初のように拒絶せず、それどころか強く、絶対に離さないと言わんばかりに俺の背中に爪を立てている。


「これは……ちがっ……そ、そう。肉体的接触でラー君に愛してもらう。ただそれだけの為で――」


「ならもう無意味だろ? そんな理由で俺はお前を愛さないし、愛したとしても俺はお前を終わらせたりなんか絶対にしない」


「――――――」


 それでもルールルは俺の背中に手を回したまま。俺の胸に顔を埋めている。


 既にルールルから与えられる痛みは激減している。それは彼女の受けている痛みが激減しているのか、痛みを共有する能力の方が弱まっているのか不明だが、どちらにせよ彼女の心に大きな変化があったことだけは分かる。


 そんなルールルは俺を離すまいと、より深く俺の胸にぐりぐりとその顔を埋め、更に抱きしめようと腕に力を入れている。

 俺はそんな彼女の頭を――優しく撫でながら告げる。


「もうお前を独りぼっちにはさせない。ルールルはもう十分に傷ついた。なら、その後には救いがあるべきだ。もう絶対にお前に痛い思いはさせないし、お前の見てる凄惨な光景も平和なものにしてやる。狂気でいるのが普通のお前を……俺がただの女の子に戻してやる」


「あっ――」


 声を上げるルールルを無視して、俺は彼女の背中を左手でポンポンと叩きながらその頭を撫でる。

 今まで辛かったな。すまなかった。これからはずっと一緒だ。


 そんな想いを込めながらその行為を続ける。

 すると――


「ぐすっ……ひっくっ……」


 その表情は見えないが、声を押さえて泣いているらしいルールル。

 俺はそれをあえて見ずに、彼女の頭を撫で続けた。


 やがて泣き終えても彼女は俯いたまま。


「暖かい……まるで……お日様みたいです。離さないで……いてくれるんですか?」


「ああ」


「ずっと一緒に居てくれるんですか?」


「ああ」


「ルールルに……たくさんの普通や楽しいをくれるんですか?」


「もうお腹いっぱいって言うくらい味合わせてやるよ。平凡過ぎて今度は刺激が欲しいってルールルが思うくらいにな」


「それは……とっても楽しみですね♪」


 そうしてルールルは顔を上げた。


「あっ――」


 そうすると、彼女は何かに気付いたような声を上げた。


「どうした?」


「………………」


 俺の問いに答えないまま、ルールルは空を見上げている。

 そうしてゆっくりと彼女は首を回して周囲を見る。

 その顔はよく見えないが、どこか驚いているようにも見える。


「ルールル?」


「ラー君……空って……こんなに青くて綺麗だったんですね。空気って……こんなにおいしいものだったんですね。そして――ラー君ってこんな顔をしてたんですね」


「る、ルールル。おまえっ――」


 それは、とても当たり前の事実。

 だけど、ルールルの記憶や考えを先ほど追体験した俺には分かる。


「まさか……分かるのか? 普通に見ている物を認識できているのか?」


「そう……みたい……です」



 そう。

 今までルールルの瞳に映っていた世界。それは凄惨な赤の世界だった。


 だが、今のルールルの言動から察するに――


「これが……世界。なんて暖かくて……暖かい……ぐすっ……うぅっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そうして『ルルルール・ルールル』というラスボスは死に――

 ただの少女『ルルルール・ルールル』はこの世界において二度目の産声をあげたのだった――


★ ★ ★


『ルルルール・ルールルの技能が変化。

 ルール作成が消滅しました。

 同時に、召喚者ラース・トロイメアの技能からルール作成が消滅します。

 再演算開始。

 召喚者ラース・トロイメアに対し、技能の追加を提案――承認。

 裏技能:ラスボス命令権の追加……一部成功。

 裏技能:ラスボス命令権(三回)を獲得しました。

 演算終了。このメッセージは管理者によって秘匿されます』

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