第25話『ルルルール・ルールルの始まりと終わり-2』


「ひやっメッい、イヤァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 マサキと記憶の共有を果たしたルールルが発狂する。

 対するマサキはルールルの記憶を新たに得て軽く頭を押さえるのみだ。


「――ああ、なんだ。本当に元はただの少女だったんだな、お前。世間の汚さとは無縁の純粋に過ぎる女。それが狂った結果が今のお前とは……ああ、本当に救えない話だ」


「あたまっ、いじられっ、脳っ、ちょくせつっ、うそ、ウソォォォォォォッ!!」


 マサキは懐から煙草を取り出し、それに火を付けながら冷めた目でルールルを見ていた。


「ああ、それか。懐かしいな。それはガキの頃、狂った科学者達に無理やり脳を弄られた時の記憶だ。実験体として俺はそこに居たんだがな。俺以外の奴は全員死んだ。全員……お前という狂気を打倒するための犠牲だ」


「アガガガガガガガガガガガッアァァァァァァァッ!」


「そうしてお前を止めるために調整されたのが俺だ。お前の理不尽なルールに対応するため、あらゆる実験を受けてきたが……まさかこんな形で決着を迎えるとはな。少し以外だ」


 そうしてマサキはゆっくりとした足取りでルールルへと歩み寄る。


「ひっ、こないで。ばけ、化け物ぉぉぉっ!!」


「化け物? 世間から化け物と呼ばれているお前にそう呼ばれるとは光栄だな。化け物同士、仲良くしてみるか?」


「いやぁっ、ちがっつ、ちがうぅぅぅぅぅっ! 一緒じゃない! 一緒じゃないぃぃぃ! ルルは……ルールルは化け物じゃな――」


「――ふざけるな」


「ひっ――」


「元がただの少女だったというのは驚いたが、それでもお前は化け物だ。そんな化け物をどうにかするために俺のような存在が生まれた。俺たちは――化け物だ」


「ひぐっ――うぅ――」


「今までお前が奪ってきた命。そしてお前が狂わせた人たちはもう元に戻らない。こんな化け物の俺に笑いかけてくれたアイツもごみ屑のように殺された。お前が――殺した」


「ごめっ、ごめんなさっ、ごめんなさいぃぃぃぃぃっ! るる……ルールルはただ――」


「ああ、分かってる。終わりたかったんだろう? 永遠に続く痛みから解放されたかっただけなんだろう? お前はただの死にたがりの女だ」


「そ、そうなの。だからルールルを終わらせて。もう化け物でもなんでもいい。ルールルを終わらせてくれるならなんでも……」


「そうか。だが――――――それは平等じゃないな」


「………………え?」


「何を呆けているんだ? お前は多くの人間に望まない死と狂気を与えた。それなのにお前だけが望んだ死を手に入れるのは不平等ってものだろう?」


「そ、そん……あぐっ」


 マサキがルールルの髪を強引に掴み、間近から瞳を合わせる。

 じっと瞳を見つめたまま、マサキはルールルに言い聞かせるようにして言葉を紡いだ。




「この世は大抵の事が不平等。お前の愛する平等なんてものは殆どまやかしだ。――だが、平等を愛しているのなら自分の傾けた秤くらいは均等にするべきだろう? だから、さぁ――もっと深く俺の記憶を覗けよ。そうして自分が今までしてきた事を振り返りながら――壊れきってしまえ――」


「あ、あが、あがげばらべへっ、こわ、こわ。こわい。ひっ、ひぃっ! ルールルハマサキハワタシハニンゲンコワイコワイコワイマサキコワイダレダレダレアガガガガガガガガガガガガガ」


(ああ、私は……ただ終わりたかっただけなのに)


 ゲーム内では明かされないルールルの心。それが俺にだけ伝わってくる。


 そうして彼女は死ねないまま――完全に壊れた。

 壊れた彼女は重罪人として投獄され、二度と出てくることはなかった。


 そうして、ゲーム『ルミナス・サージェント』での彼女の一生が終わる。

 そして――














「ル?」


 この世界にルールルは生まれ変わった。

 そして、同時に多くの事を知った。ラースの……俺の記憶を得たからだ。

 俺が知りうる多くの物語。ハッピーエンドへ至る道。それらを脳裏に浮かべ――


(ああ、そっか。そうなんだぁ)


 かつて、『ルミナス・サージェント』の主人公『マサキ』によって粉々に砕かれた心がギリギリのところで安定を見せる。

 それは、希望を見つけたからだ。

 今までどうやっても見つけられなかった希望。望んだ未来へと至る方法。それをルールルは見つけたのだ。

 それは――


(あぁ……そっか。愛って凄いんですね。ただの粘膜接触、記憶と感情によるただの錯覚。そんなモノが奇跡を生む道具になるなんて……あぁ、それはなんて素晴らしい)



 ――愛。

 物語の多くで主人公は愛の力で奇跡を起こしたりする。

 それを知ったルールルは愛の力をもってすれば今度こそ自分は終われるかもしれないと。そう考えたのだ。


 だからこそ――


「愛して愛し合って――私を愛という幸福の海の中で、未練が残らないように殺してね? アハッ――」


 ルールルは俺を愛し、俺に尽くしたのだ。

 愛して、尽くせば愛が手に入ると思ったから。

 そうすれば奇跡によって今度こそ終われるかもしれないと思ったから。

 自分のような化け物を愛してくれる存在なんて、それこそ変わり者である俺しか居ないと思ったから。


 ああ、つまりは――それだけの話だったのだ。

 今まで、俺はルールルがどうしてあんなに好意的なのか分からなかった。

 だが、なんて事はない。


 彼女は最初から、誰も愛してなんていなかった。

 ただ、終わりたい。それだけの為に愛を唄っていただけだったんだ。


 そうしてルールルは幾度か召喚され、その度に俺へとアタックしてくる。

 月日は流れ、永続召喚されるに至る。

 非願成就の日を焦らず、しかし確実に叶えるためにルールルはその後も俺に尽くし続けた。


 だが――健一のNPCメイドを見て彼女の考えが激変する。


 人形のように扱われるNPCメイド達。

 当然、彼女たちと健一の間に愛情なんてものはない。

 その関係はただの道具と使用者。



 狂った状態こそが正常であるルールルでもそれが分かった。

 だが、だからこそダメだった。ルールルはNPCメイド達に自分を重ねてしまったのだ。



(召喚されて、道具扱いされて、最後はゴミのように捨てられる。この関係に、愛は芽生える?)


 自問するルールル。しかし、そんなもの最初から決まっている。


(こんな関係から愛が芽生えるわけ……ないです。でも、どうして? 愛は素敵なもので……だって尽くして触れ合って粘膜接触するだけで奇跡が起きるお手軽な奇跡のはずなのに……)


 完全に愛という概念を軽視しているルールル。

 しかし、無理もない。だって、彼女の心はとうの昔に壊れている。想いの強さやそれが生み出す力。それら云々を説いたところで、彼女には伝わらないだろう。


 だからこそ、彼女は致命的な勘違いをここでしてしまう。


(ルールルが……化け物だから? だから愛が貰えないの? でも、それじゃあルールルは終われない。こんなに尽くしたのに……愛したのに……世界は平等のはず……なのに……ラー君はルールルを愛してくれない)


 世界は平等。

 ルールルはそう信じている。しかし、それはただの思い込みだ。

 心の奥底で、既に彼女は気付いている。


 平等なんてものがまやかしだと、彼女は既に気付いているのだ。


(あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)


 しかし、それを自覚すると彼女のトラウマも強烈に蘇ってしまう。

 平等の名のもと、非道な行いに身を染めてきたことを思い出してしまう。

 そうして、この世は不平等だと最初に説いたマサキの事。彼から受けたトラウマまでもが蘇る。

 結果――


「アハハハハハハハハハハハハハッ! フヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッケケケケケケケケケケケケケケケケ」


 ルルルール・ルールルは再び壊れた。

 そうして、自身の受けたトラウマの全てを意識しているのかいないのか、周囲の者に垂れ流しているのだ。


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