第23話『狂える脅威』


 エルフの集落を守り切り、健一が周辺の警戒をしているとクルベックが乗った『アルヴェル』と、その肩にしがみついた健一のNPC『ルナ』が空から帰ってきた。

 肩に乗ったNPCルナは健一の存在に気付くと大きく声を張り上げる。


「ゲンイヂィィィィィィィィィィィィ」


 それに対し、健一は呑気に返事を返すのだが――


「おぉ~、ルナ。そっちも終わったようだなぶっ!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁん。ゲンイヂィィィィィィィィィィィィ。怖かったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


「いやいや待て待て!? 本当に何があった!?」


 泣きながらダイブしてきたルナに健一は何があったんだと問いただすが当のルナは泣いてばかり。まさに収拾がつかないという感じだった。


 そんな彼らを尻目に、俺は帰ってきたクルベック(アルヴェルに搭乗中)に労いの言葉をかける。


「お疲れ様。で? どうだった?」


「どうもこうもない。余の世界と次元を分かつこの世からも戦乱が絶えない。それが再確認できたのみだ。敵が分かりやすい分、まだ救いはあるがな」


「なるほど」


「ああ。ただ、面白い物もあった。あの娘のおかげで余は新たな見識を得ることが出来た」


「それは?」


「貴様に言う必要があるか? 余は貴様と敵対するつもりこそないが、貴様の配下になったつもりもない。貴様が紡ぐ世界の果て、そこに興味があるゆえ手を貸しているに過ぎん。紡いだ果てが余の理想と異なる場合、世は全力でもって貴様を排除するぞ」


「分かってるよクルベック。俺とお前の間にあるのは主従関係じゃない。一種の同盟関係のようなもんだ。召喚者と被召喚物って関係で少し俺に天秤が傾いてはいるけど、それでお前を縛るつもりはない」


 クルベックは一度世界を治めた絶対の王様だ。

 ゆえに、俺の下につく事などあり得ない。


 先ほど言った通り、彼と俺の間にあるのは一種の同盟関係。

 今は彼の望みと俺の望みが重なっているからこそ結べる関係だ。


「――とはいえ、お前が世界に与える影響は計り知れないからポンポン呼び出すのは難しいんだけどな。ただ、望まない事を強制させたりはしないつもりだよ」


「構わん。余としてもこの世界をいたずらに荒らす事を望まぬ。永続召喚を拒否するつもりはないが、仮に永続召喚されたとしても余は片田舎で貴様の道程を時々気にかけながら平凡に暮らすのみであろうよ。愉快な珍道中など余の望むものではないしな」


(いや、珍道中って……そもそもクルベックよ。お前が平凡に生きられるとはとても思えないんだが……)


「……自覚はしている。だが、それくらいしか望むものがないのでな。しかしそうだな……。どうしても平凡に生きるのが無理ならば仕方ない。アレイス王国に控えるウルウェイ・オルゼレヴと共謀し、二人で平和の道を探るというのも悪くないかもしれぬ。余だけでは失敗すると学んだのでな」


 あぁ、口に出してはないけど聞こえてしまっていたか。

 永続召喚していないクルベック相手では俺の思考は筒抜けだからな。


「悪い。だけど……そうだな。もしクルベックが平々凡々と生きるのを望むなら、俺も影ながら応援はするよ。それくらいしか出来ないけどな」


 クルベックは多くの戦を経験し、平和を実現させたもののそこに彼の夢見た世界などなかった。

 どれだけ絶望しただろう? どれだけ悲しかっただろう?

 全力で頑張った。しかし、それでも報われなかった。


 そんなクルベックが望む平凡と言う名の平和。それは奇しくも戦乱に身を置き続けた彼とは真逆の存在だ。

 だが、それでも――彼がそう望むならば……この世界でくらい報われてほしい。

 俺は心底そう願っている。

 


「ふんっ。要らぬ気づかいだ。さっさと余を戻せ。無の状態もそう悪い物ではない」


「……分かった。通常召喚……解除」



 召喚が解除され、クルベックは搭乗している『アルヴェル』ごと虚空へ消えた。


「平凡……か。簡単なようでいて難しいな」


 クルベックが望む平凡と言う名の平和。口にするのは簡単だが実現は難しい。

 そんな俺の独り言にルゼルスが応えた。


「ええ。どの世界からも争いは絶えない。人間とは私欲の為に他者を喰らう獣。そう評した者も居たわ」


「獣……か。言い得て妙だな。なぁルゼルス」


「なぁに?」


「暗躍を続けるエセ魔王達を駆逐したとしてさ……その後、この世界って平和になるのかな? クルベックやウルウェイのようなラスボス。そしてなにより……ルゼルスが願った平和は訪れるのかな?」


「それは――」


 その先の答えをルゼルスは答えられない。

 ラスボスの幾人かが望んだ平和。望んだ理想郷。

 あぁ、分かってる。それはあくまで理想に過ぎない。決して叶わない夢の国だから理想郷と呼ぶのだ。


 クルベックのように、民の全てを徹底管理して犯罪を抑止しても理想郷とは成り得ない。人は死なないが人間性が死んだ国が生まれるだけ。生きながら死んだ国家を理想郷とは呼べない。


 しかし、ルゼルスが評した通り人間とは私欲の為に他者を喰らう獣だ。それらを抑制する方法……俺には徹底管理しか思いつかない。俺では平和への道筋を描けない。

 ――否、俺だけじゃない。

 俺も、多くのラスボスも、誰も彼もが平和への道筋を描こうとして失敗している。

 所詮、理想は理想。恒久的な平和なんて――


「いや、いい。忘れてくれ」


 そこで思考をストップさせる。

 この世界をルゼルスや俺が望む世界へと変える。

 あの日、あの時に誓った事だが、それにはまずエセ魔王達が邪魔だ。まずはあいつらを排除してから考える事にしよう。


「後は主人公召喚を持ってるやつがいないかも探さないとな。とりあえず健一は違ったみたいだが」


「そうね。リリィとの契約の件もあるし」


 そこでルゼルスが「ああ」と何か思い出した調子で話を続ける。


「もし主人公達が居たとしたらの話だけど、彼らに問題を丸投げしてもいいかもしれないわね? くすくすくす」


「それも『居たら』の話だけどな。少なくとも敵対は避けたいところだ。もっとも、ココウあたりは喜んで散っていきそうだが」


 この世界のエセ魔王の力量はもう大体測れた。よほど規格外の存在でないかぎり俺たちが破れることはないだろう。

 それほどに職業クラス:ラスボス召喚士は強力だ。

 だが、それでも主人公召喚士なんてものが居たとしたら――


「俺たちはソレに絶対勝てない。ある種、ラスボスは主人公に倒される為に居るようなものだからな。そして共闘の道も――」


「あり得ないわね。彼らは理屈でなく感情で生きている。世界全体よりも己の周りの世界しか見ていない坊や。無知で愚かで前しか見えていない偽善者」


 主人公達に対し暴言を吐くルゼルスだが、その表情に怒りの色はない。

 いや、それどころか憧憬の色すら混じっている。 


「――だからこそ、彼らならば私たちが紡げなかった世界を紡いでくれるかもしれない。少なくともゲームの後の世界は平和になっているもの。策謀に頼らず、感情で生きる彼らこそが先頭に立つべきなのかもしれない。私はそう思ったわ」


「――そっか。居たらいいなぁ、主人公達」


「くすくす、そうね。これらはあくまで『居たら』の話。実際に居る可能性はとても低いというもの」


 そう締めくくる俺とルゼルス。

 その時だった――



「愛……愛……愛愛愛アイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイ」


「る……ルールルさん?」

「健一、アレ……」

「なんっだぁ?」

「なぁにぃ? 新しい遊び? まだまだ遊ぶぅ?」

「………………」


 向こうが少し騒がしい。


「なんだ?」

「これは……」


 全員が注目するなか、少女は狂う。

 いや、既に狂っていたか。

 だが、彼女は狂っていながらも安定していた。狂気であるがゆえに平常運転。


 そうして今日まで生きていた少女『ルルルール・ルールル』は今、誰の目から見ても完全に狂っていた。


「アハハハハハハハハハハハハハッ! フヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッケケケケケケケケケケケケケケケケ」


 手足を滅茶苦茶にばたつかせ、狂気の笑みを浮かべるルールル。


「おいラース! なんだありゃ!?」


「知るか!!」


 当然出てくるだろう健一の問いに答える余裕などありはしない。

 なにしろ、これは俺にも予想外の出来事。

 そもそも、こんなルールルはゲーム内でも見たことがない。


 そして――


「「「づぅっ――」」」


 俺を含めた全ての人間が頭を押さえる。

 脳裏に知らない映像が無作為に垂れ流される。

 許容限界など知ったことかと言わんばかりに強制的に情報が脳へとダウンロードされる。


 ルールル以外の全員がその状態らしき、全員が痛みに耐えている。

 

「いだ……ったすけ……ケン……チィ……」

「おいルナ、しっかりしろ! ルナ!!」


 そうして健一のNPCルナがあまりの痛みに耐えかねたのか、その場に倒れる。


 クソッ。このままでは俺たちも――


「どうすれば……」


「ラース――」

「ラース様――」


 その異常事態の中、ルゼルスとセンカの様子がおかしい事に気付く。

 先ほどまで頭を押さえて痛みに抗っていたはずなのに……今は違う。


「なんで……泣いて?」


 そう、二人は泣いていた。

 ただただ悲し気にルールルを、そして俺を見つめながら泣いていたのだ。


「こんなの……あんまりですよ。ぐすっえぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 センカは号泣し、地面に拳を何度も叩きつける。

 しかし、やはり原因が分からない。

 少なくとも、痛みだけでそうなっているとは考えにくい。


 一体……二人に何があったというんだ?


「ラース……そういえばあなた、痛みには慣れているんだったわね?」


「あ、ああ。永続召喚の後遺症はこんなものじゃないからな」


 実際、頭痛はするものの耐えられない程じゃなかった。徐々に痛みが増しているが、しばらくは耐えられそうなくらい余裕がある。

 だが、それがどうしたと言うんだろう?


「そう――だから……かしらね。いいわ、ラース。あなた、少し目を瞑って送られてくる情報を整理しなさい。その間、私が周辺の警戒をしておくわ」


「はぁ? 一体何を――」


「ラース………………お願い」


「なっ――」


 ルゼルスが愚直にすがる。

 瞳に涙を浮かべる、無垢な少女の懇願がそこにはあった。


 魔女としての彼女にも圧倒される俺だが、その無垢なる視線は俺の心をひどくざわつかせる。

 だから――


「分かった――後は任せた」


 俺は全てをルゼルスに任せ目を瞑り、次々に送られてくる映像や情報に向き合う。


「bon voyage(良い旅を)」


 そうして俺は――違う視点で世界を見るのだった。




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