第19話『遊園地』

 ――健一視点


 戦場に散らばった宝石が螺旋を描き、それが小規模な台風を起こす。


「「ヌオオオオオオオオオッ」」

「洒落に……なりませんよこれぇっ!!」


 俺は全力で結界を維持しながら愚痴を零す。

 守りに長けたララノアの結界と言えど、いつまで耐えられるか……ちょっと不安になってきた。


 小規模な竜巻はその勢いをどんどん増してゆく。

 それは、宝石が魔物に致命傷を与える度に数を増やしているゆえだ。

 宝石の量は加速度的に増えていき、やがては魔王も容易に攻められない宝石の暴風雨と化した。


「イギャアアアァァァァァァァァッ」


 魔王と思われる奴らが消滅していく。

 それはたまたま宝石による攻撃がコアに命中してしまった奴だろう。

 しかし、それも当然と言える。この宝石の暴風雨。既に台風内の者を敵味方関係なく必中の布陣となっているのだから――


「ん、台風? ――あぁ、そう言う事ですか」


 そう、これは人為的に引き起こされたとはいえ、台風だ。

 その性質は自然の台風と同じと言える。

 ならば、この布陣が逃さないのは台風の中に居る者だけではない。 

 

 そんな俺の考えはすぐに肯定された。


「いや……いやだぁっ!! いやだぁぁぁぁぁっ!!」

「ヒ、ヒッパラレル。タ、タスケ――」


 台風の外でアリスめがけ遠距離魔法を放とうとしていたらしい魔王&魔物達。

 しかし、そんな彼らも台風内に入門した。いな、入門させられた。


 どうやらこの宝石の台風はその中心に物を引き寄せる性質があるようだ。

 それによって圏外に居た魔物達も台風の中に強制的に入門させられ、宝石によって致命傷を負って宝石と化す。


 そのまま全ての魔物が宝石の台風の生贄に捧げられ――



「しゃらくせエッ!! あラァッ!!!」


 聞き覚えのある声と共に、宝石の台風を消し去るほどの一撃がアリスへと直撃する。

 

「アハッ♪」


 今度は下半身を丸ごと吹き飛ばされ、無残に地に落ちるアリス。

 それを為したのは――見覚えのあるクソ野郎だった。


「情けねエ……情けねえなァ!! 誇りある竜人族が魔王としての力を得て、これだけ群れてるってのにこれかァ? もうテメェラ邪魔ダア。トットト下がってろボケナス」


 それは鱗を持つ――竜人。

 漆黒の髪をたなびかせ、精悍な顔つきの男。

 そいつの名は――


「ニヴルカムイっ――」


 幾度となく対峙した存在。

 亜人国内の魔王達を取りまとめるボス的存在。

 アレとは何度もやりあったが、未だに決着は着いていない。


「アァ? そこに居るのはララノアじゃねぇかぁ? ヒャハハハハハハハハ。こいつぁ面白くなってきた。しかし、随分弱ってるようだなぁ。さすがのお前でもこれだけの大攻勢仕掛けられリャばてるッテか?」


「くっ――」


 厳密に言えばさっきまで暴れてたアリスのせいで疲弊しているのだが……どちらにせよ、俺が現在弱っているのは間違いない。

 俺とニヴルカムイが対峙したことは幾度もあり、その結果はどちらもこうして生きている事から分かる通り引き分けている。

 だが、その時と今とでは状況が違い過ぎる。


 味方のメイドNPCは全員下がらせており、俺も先ほどの防御で多少疲弊している。

 それに対し、ニヴルカムイはほぼ万全の状態。更に、下がらせるつもりらしいが大軍を後ろに控えさせている。

 いざという場面が来れば奴は躊躇ちゅうちょなくその大軍をこちらに差し向けるだろう。


 こちらにある有効札と言えば――


「ラース――」


 俺は一縷いちるの望みをかけてラースの様子を窺う。

 そこでは――


「ラース。あなた、少し魔術の運用が大雑把になっているわよ? おそらく魔力量が跳ね上がったせいだと思うけれど危なっかしくて見ていられないわ」


「難しいんだよこれ……そりゃ数百年の研鑽けんさんを積んでるルゼルスと比べたらお粗末だろうけどさぁ」


「えと、あの、二人ともいいんですか? アリスさん……でしたっけ? あの人やられちゃいましたよ? ルールルさんもチェシャさんも何か言ってくださいよぉ――」



 敵の事など見もせず、内輪で談笑しているラース。

 自分の召喚したラスボスが倒されてるってのにあれか。



 ………………。



 いやお前ざっけんなぁっ!!

 今は談笑なんてしてる場合じゃねぇだろうが! 敵を見ろ敵をぉぉぉぉぉ!


「あなた達っ――」


 何か文句を言ってやろうと張り上げる俺。

 しかし――


 ゾクッ――



 今までに感じた事のない悪寒が全身を支配した。

 これ……なんだ?

 いや、分かる。初めて感じる種類の悪寒だが、これの片鱗なら幾度か味わったことがある。

 それは――死ぬかもしれない危機に陥った時に感じる死の予感。



 濃密な死が――俺の身に降りかかろうとしている。


「なん……ダ?」


 それを感じたのは俺だけではないようで、あの強気なニヴルカムイですら身を震わせていた。

 その時――


「ルゼルス、一応健一も守ってくれるか? さっきまで頑張ってたし、ここで死なれるのも寝覚めが悪い」


「ふぅ……自分で守りなさいと言いたいところだけど仕方ないわね。(パチンッ――)」


 俺の事を案じたのか。ララノアとして張った結界の外側に魔女ルゼルスの結界が張られる。


 そうして……それは来た。


「なんで……ニゲルノ?」


 それは先ほど下半身を吹き飛ばされたはずのアリスの声。

 彼女はまだ生きていた。下半身を吹き飛ばされた状態でもまだ生きていた。

 上半身のみを空中へと浮かばせて魔物&魔王達へと語り掛けるアリス。


 そこに先ほどまでずっと張り付いていた笑顔は消え去っている。

 そこにある感情は――無。

 彼女は無表情で、ただじーっと命令に従って撤退する魔物達を見つめていた。


「遊ぼうよ? アリス達、友達でしょ? もっともっとアリスを気持ちよくしてよ? アリスも頑張ってみんなを気持ちよくするから。――ううん、違う、違うわ。嫌がるならそれでもいい。逃げるならそれでもいい。みんなの勝手にすればいい。だから……アリスも勝手にする。――――――――――――――――絶対に逃がさない」


 静かに広がってゆく宝石の数々。

 遠くまで――それらは広がってゆく。

 

「誰も逃がさない――アリスの遊び場にみんなを招待してあげる」



 広がった宝石が輝きだす

 眩しさに誰もが目を伏せる中、アリスの声だけが響く。



「アリス・イン・ワンダーランド」


 

 光が収まる。

 そうして顔を上げたそこにある光景。そこには先ほどまであったはずのエルフの集落などない。

 そこにあったのは――遊園地。


 様々な宝石に彩られた遊び場に周囲に居た敵味方全員がいざなわれたのだ。



「さぁ……遊びましょう? アリスの体内なかで――」


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