第18話『恐るべき童女』


 ――健一視点


「あぁ? あれは……誰だ?」


 ラースが新たに召喚した人物。

 見た目はただの小学生だ。取るに足らない子供のようにも見える。

 だが――違う。


 全身に立つ鳥肌。俺の本能が『アレは危険』だと最大級の警戒を促していた。

 そもそもラースが召喚するのは全て何かしらの『ラスボス』だ。見た目通り、ただの小学生であるはずがない。

 魔女であるルゼルス・オルフィカーナとルルルール・ルールルに関しては偶然俺も知っていたが、アレについては知らない。

 

 知らない……つまりは未知だ。

 未知という事はつまり、何が起きてもおかしくないという事。

 どう動くべきか……いや……待て。何か忘れていないか?




 ――そうだ。




 アレを召喚する前、ラースは俺に対して警戒を促した。

 あいつは俺に『自分の事だけ心配してろ』と言ったんだ。



 てっきり、あれは魔物やエセ魔王から自分の身を守っとけという意味だと思ってたんだが、そうじゃないとしたら?

 問答無用で今から巻き込むぞという宣言だったのだとしたら?


 そうなのだとしたら……このままで居るのはマズい!!


「ちぃっ! キャラクター変更。対象――エルフ『ララノア』」


 即座に防御特化のララノアへとキャラ変更する。

 さっきまでのヒューマンキャラは指導者タイプだからな。防御には向いていない。


「聖なる守護の盾……万難から私を守りたまえっ」


 展開するのは球状の結界。

 何があってもこれで大丈夫とはいかないが、俺が持ち得る最大級の盾だ。

 


「キャハハハハハハハハハハハッ。たくさんたくさん遊んであげる。んっ♪」


 ラースが召喚した少女――アリスはなまめかしい声を出し、スキップしながら魔物たちへと向かってゆく。

 そして――アリスは自身の口に手を突っ込んだ。


「んふ♪ んふふふふふふふふふふふ♪」


 そうして自身の体内を弄ぶかのように手を動かすアリス。

 口に突っ込んだ腕は肘まで入っており、異様にしか見えない。


「ナンダコイツ……キモチワルインダヨォッ!!」


 甲冑を着込んだ騎士風の魔物がアリスへと剣を振り下ろす。

 しかし――


「んふふふーふふ♪」


 それよりも早くアリスの一閃が魔物の振り下ろされる右腕を鎧ごと切り裂いた。


「ハェッ!?」


 切り裂かれた魔物は何が起きたか理解できていないのか、剣を振り下ろした格好のまま微動だにしない。


「チャンバラごっこ……楽しいね♪ キャハハハハハハハハハハハ。でも、まだまだたぁーーくさん友達が居るから玩具おもちゃが欲しいね? だから最初の玩具おもちゃはアナタで決・ま・り♪」


 そう笑うアリスの手元にはどこから取り出したのか、一振りの細剣が握られていた。

 それはとても美しい――宝石で出来た剣だった。


 ルビー、トパーズ、サファイア……俺の知らない種類の宝石含め、全てが宝石で作られているあり得ざる剣。

 それが口に手を突っ込んでいた方の腕に握られている。


「なんなんですかアレ……まさか体内から剣を出したとでも?」


 それだけでも十分に異常。

 だが、異常はそれだけに留まらない。


「イギャアアアアアアア」


 先ほど斬られた魔物の姿が変わっていく。

 魔物の纏う鎧が……剣が……アリスの持つ剣と同じような美しい宝石へと変わっていくのだ。

 そうして出来たのは……色鮮やかな宝石で造られた魔物の死体だった。


「うふふふふふふー。やっぱりワルモノから出来る宝石はとーーーーっても綺麗ね♪ でも、みんな知ってる? 宝石は砕ける時が最も奇麗なの。えいっ!!」




 そう言ってアリスは躊躇なくその綺麗な宝石の塊を砕いた。

 キラキラと輝きを伴いながら宝石が砕かれる。

 それは確かに幻想的で……かつ狂気を伴った美しさだった。


「さぁて。それじゃあ玩具おもちゃも出来た事だし……宝石合戦――いっくよーーーーーー」


 そうしてアリスは砕いた宝石の欠片を触れずに全方向に飛ばした。


「くぅっ」


 予想通り……こいつ、敵味方お構いなしか!?

 ラース達はこうなる事を見越していたのか、結界で防御を固めていたり、影に隠れたりしている。


 俺も全力で張った結界のおかげで今のところ被害を受けていない。

 だが――魔王と魔物たちは悲惨な事になっていた。


「グギャァッ」

「イデェッ……イデェヨォッ」

「な……こんなものぉぉぉっ!!」


 魔王と思われる奴らははさすがと言うべきか、致命傷を負うのも構わず再生しながらアリスへの突進をやめない。

 しかし、魔物たちの中で再生できない者はすぐに致命傷を負う。

 そして――


「ナ、コレハ……」


 深手を負った魔物の傷口からあふれ出るのは鮮血ではなく、美しい宝石の数々。

 それは傷口から体全体を宝石へと変えていく。


「ヤメッ、ギィッ、イタ、ヤメロォォォォォッォォォォ」


 そうして低級の魔物は残らず美しい宝石となり果てた。




「キャハハハハハハハハハハハ。まだまだたくさぁん♪ ね、ね、もっと遊ぼっもっと遊――」


 多くの魔物を美しい宝石へと変質させたアリス。

 しかし、そんな彼女はあまりにも無防備だった。


「うるせえぞこのキチガイ女!! とっとと死に晒せぇ!!」


 魔王の一人……鱗が体を覆っているので元竜人だろう。男がその剛腕をアリスへと振るう。

 致命的な一打。

 それをアリスは――


「きゃはっ――」


 無防備な状態で、楽し気な悲鳴を残して喰らった。


「アハッ――ぶっ――きゃっきゃっ」


 地面をバウンドするアリス。

 その体からは血の代わりに宝石が撒き散らされ、地面に転がる。


 ズガァンッという爆音と共にアリスがエルフの家の残骸へと突っ込む。

 壊れたオモチャのように体を投げ出しているアリス。

 死んだようにも思えるソレは……しかしグルリと首だけを回して自身を殴り飛ばした魔王の一人を見つめる。

 自らを殴り飛ばした者を見る表情。それは憎悪などでは決してない。


 そこにあるのは――変わらず楽しくて仕方ないと言わんばかりの童女の笑顔だった。

 だからこそそれを見た俺は……否。魔王と魔物も含めた多くの者が恐怖を感じずには居られなかった。


「キャハハハハハハハハハハハ。すっごぉい。とっても力持ちね♪ ほらぁ、見てぇ。お腹が破れてぐちょぐちょねちゃぁって中身が出ちゃったぁ♪」



 手も使わず、まるで糸に操られているかのような立ち上がり方をするアリス。

 彼女は自身を殴り飛ばした魔王に自身の腹を見せつける。

 その部分は、確かに魔王の一撃によって破れている。

 しかし、見えるのは宝石のみ。


 それを見て、俺はアリスの能力とその体質についてある程度の理解が及ぶ。


(こいつの体……宝石で出来てやがるのか。それもちゃっちぃ宝石なんかじゃねぇ。魔王化した竜人が全力で殴ってようやく貫ける程の硬度の宝石。普通ならそんな体に傷を付けるなんて不可能だろうがよ)


 それだけでも恐るべき奴だと思える。

 だが……それ以上に恐ろしい能力をこいつは秘めている。


(そしてこいつの能力……おそらく自分自身も含め、あらゆる宝石を操る力か。だけどそれだけじゃねぇ。どういう仕組みなのかは分かんねえが、一定のダメージを与えた相手を宝石へと変えてやがった。ダメージ覚悟で突っ込んだ魔王達は誰も宝石になってねぇから単純にダメージを与えた奴を宝石化するって訳でもなさそうだが……)


「うんしょ、よいしょ。破れちゃったお腹はちくちくちくーっと♪」


 アリスは無造作に散らばった宝石を自身の破れた腹に詰め込む。

 すると、どんな手品なのか敗れた腹部は元通りになっていた。


「キャハハハハハハハハハッ。痛いね? 楽しいね? 苦しいね? 気持ちいいね? ねぇねぇ? もっと遊びましょう? アリスをぐちょぐちょのねちゃねちゃに壊して? 気持ちいいをアリスにもっと頂戴? アリスも頑張ってみんなに気持ちいいをあげるから。こんな風に♪」


 そして巻き起こるのは台風。

 無論、それはただの台風ではない。

 戦場に散らばった宝石が螺旋を描き、それが小規模な台風を起こしていたのだ――

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