第20話『必中』


 ラース視点に戻ります。


★ ★ ★



 アリス・イン・ワンダーランド。


 それはラスボス『アリス・アーデルハイト・クリムゾンクラット』が持ちうる創造空間。

 自身の宝石が囲んだ相手を強制的に自身の空間へといざなう強力無比な技だ。


 ぐるぐる回るメリーゴーランド。

 水の流れるウォータースライダー。

 激しく動いているジェットコースター。


 そこに敵味方関係なく入場することになる。


「なんダァ? このふざけた空間はよぉ」


 健一の知り合いらしきエセ魔王の一人……ニヴルなんたらが訝し気にメリーゴーランドの柱にペタペタと触れる。

 そんなニヴル(以下略)にアリスが満面の笑みで答えた。


「ここ? ここはね、アリスの体内なかだよ♪ もうみんなはアリスと繋がってるの。ん……んん、感じるよぉ……アリス、こんなに一杯の友達と遊べてすっごく幸せ♪」


 泣きながら満面の笑みを浮かべるアリス。

 しかし、そんなもの知ったことではないと言わんばかりにニヴルは壁をコツコツと叩く。


「分厚いが……出れねエって事はなさそうだ。こんなふざけた場所ごと粉々にしてヤっよぉっ!!」


 そうして壁に向かって一撃を叩きこもうとするニヴル。

 だが、この空間でそれが許されるわけがない。


「ダメダヨ?」


 ニヴルの足元、及び一撃を叩きこもうとしていた壁が針へと変質する。


「なっ!?」


 いきなりそうなったものだからニヴルの体勢は崩れ、満足な一撃はできずに空振りに終わる。

 膝をつくニヴル。だが――その先も針千本地獄だ。


「ぐがああああああアアアアアアア」


 頑強であるらしい竜人、それもエセ魔王化した事により能力も何倍かされているはずのニヴルは抵抗する事すらできず串刺しになる。

 頑強であるからこそか、思ったよりも深く刺さっていないが、それが彼にとっての不幸だろう。なにせ、楽に死ねないのだから。


「キャハハハハハハハハハハハ。ねぇ気持ちいい? 痛い? 内臓がねちょってうねってぐりぐりって弄られるのってすっごく刺激的だよね? 待っててね。もーーーーーーっと気持ちよくしてあげるから♪」



 アリスがそう宣言すると同時にニヴルに突き刺さっていた針がぐりぐりと動き出し、そうするごとに針が紅く染まっていく。

 それはまるでニヴルの血を吸っているかのようだ。


「な……め――」


「んん? なぁにぃ?」


 呻くニヴルに対し、アリスは耳を傾けて針の動きを止める。

 そうして――ニヴルは吠えた。


「舐めンなァァァァァァァァァァァッ!!」


 高速で自身の体から針を全て抜き、その勢いでアリスに殴りかかるニヴル。

 そして示し合わせていたのか、ニヴルの突撃に合わせて一緒にこのアリスの空間に誘われたおまけ(エセ魔王と魔物)達が様々な行動を取る。


 幾体かはこの空間を脱しようと壁を攻撃する構えを見せ――

 幾体かはアリスの背後を取ろうとして――

 また幾体かは余計な動きをさせない為か、俺や健一、ルゼルス達を押さえに入った。


 その全てに同時に反応することはいくらアリスでも不可能だ。


 ――――――この空間でなければ。


「もぅ。せっかちさんなんだからぁ。ちゃんとみんなとも遊んでア・ゲ・ル♪」


 アリスがそう言うと共に遊園地内のありとあらゆるものが変質する。

 その全てが宝石で出来た杭。打ち付け、当たり所によっては絶命すらするであろうあの杭だ。

 そんな物が……正真正銘全方位から大量に放たれ、この空間全てを埋め尽くさんと飛び回る。


「黒円陣(シュヴァルツ・クレイス)」


 あらかじめ来るであろうソレに対し、俺は魔術で作った盾でガード。

 宝石で出来た杭の一撃一撃は重い。

 だが、予想していた通り。耐えられない程ではない。


 だが――高性能の盾を持っていないエセ魔王&魔物達に防げる代物ではなかった。


「「「グギャアァァァァァァァァァッ」」」

「逃げっぐぇっ」

「ぎゃばらっ」


 防御に失敗する者。

 逃げきれずに被弾する者。

 そうしてエセ魔王&魔物たちは致命傷を負い、宝石へとその姿を変えて遊園地の遊具になり果てる。


「きゃはっきゃははははははは。綺麗、綺麗ね♪ たくさんのお友達に囲まれてアリスはとっっっっっっっっっっっっっっっても幸せだよぉぉぉぉぉぉぉ」


 誰もアリスの攻撃から逃れることはできない。

 俺やルゼルスですら防御一択。逃げる事は不可能だ。


 この中で唯一、そのルールから逃れられるのはセンカくらいのものだろう。彼女は影に潜むことであらゆる物理干渉を受けなくすることが出来るからな。センカにはアリスが召喚されている間、絶対に影から出ないようにと命令している。


 ――ともあれ、そんな例外を除けば誰もアリスの攻撃からは逃れられない。


 当然だろう。なぜか敵の誰もが聞き流していたが、この空間でアリスから逃れられる訳がない。


 なぜなら――――――ここはアリスの体内なのだから。



 ぐるぐる回っているメリーゴーランドは体内に生成される宝石を分解する為の消化器官。

 流れるウォータースライダーは宝石すら溶かす胃酸で動いている。

 そして、消化しきれなかった宝石を定められた場所へと運搬するジェットコースター。



 そう――目に見える遊具の全てがアリスの体内にある消化器官なのだ。


 ゆえに、この空間では誰もアリスからは逃げられない。

 逃げられない攻撃と言うのは四方八方が弾幕で覆われている攻撃の事を指すではない。

 真に逃げられない攻撃と言うのは――その空間全てを支配する攻撃の事を指すのだ。


 そうして絶対に逃れられない攻撃を前に殆どのエセ魔王と魔物が宝石へと変えられ、アリスの一部となってゆく。

 そうして残ったのは……エセ魔王たった一人。


「ぐソっガァ……こんナ……つまらねぇ終わりが……アるッかよォ――」


 

 残ったエセ魔王――ニヴル(以下略)。

 しかし、その残ったニヴルも徐々に体が宝石へと変わってゆく。


 それは――奴が諦めてしまったという何よりの証拠だ。


 アリスの攻撃は致命傷を与えた相手を宝石にしている……訳ではない。

 アリスの宝石によってダメージを負い、心を折られ、もうダメだと諦めた者が宝石と化すのだ。


 死にたくない。嫌だ。まだ終わりたくない。

 それは諦めてしまった者の言葉だ。ゆえに、いくら死にたくなかろうがアリスの一部となって宝石となるしかない。

 

 ゆえに、アリスを前にして願うべきは死にたくないなどという後ろ向きな願いなどではない。

 アリスを前にして願うべき事。


 それは――何が何でも生きてやるという強き信念だ。

 

 そうして徐々に宝石化が進み――ニヴルは完全にアリスの一部となった。



「あはははははははははは。あぁ、楽しかったぁぁ。みんな、これからはずっとアリスと一緒よ? ずーーっとずーーーーーーーっと楽しく遊びましょ?」


 そう言ってアリスはどこかつやのある表情でアリスは宝石と化してしまった者達の残骸を見つめる。

 そして――


「んっ――」


 最後まで遊んでくれたニヴル(宝石と化した姿)に軽い口づけを捧げるのだった。


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