第15話『害虫駆除』


「これは……」


 エルフの集落が……燃えている。

 祭りの火などではない。災厄であることを示すように木造建築の家に次々と火が浴びせられてゆく。


 そしてそれを為すのは――魔物だ。


「モエロモエロモエロォォォォォ!! コレガカイマクノシュクホウ! イッセイニモエツキロォッ!! ヒャハハハハハハハハ」

「シネシネシネシネシネェェェェェイ」

「ココゾワレラガリョウチ。イタンはハイジョスベシィィィィィ」


 人語を介している魔物たち。

 という事は、近くにエセ魔王が居るのだろう。


「近々こういう大攻勢が起こるってのは分かってたんだよ」


 そんな酷い光景を見据えながら健一は呟く。


「まず最初の異変。大量の亜人たちが行方不明になった。それをラースや勇者以外で為せる人間は居ねえ。ならいったい誰が? んなもん決まってる。そんな事をするメリットがあって、かつ実行できる存在なんざエセ魔王しか居ねえ。奴らは仲間を多く集め、こうした大攻勢をかける準備をしてたんだよ」



 亜人の行方不明者が続出しているという件。

 そこからこの事態になるまで健一は読んでいたのか。


「今までのエセ魔王ならそんな無茶な攻め方なんかせず、裏でこそこそ動いてじわじわと魔物を量産してただろう。だが、今の奴らは焦ってる。ラース……脅威であるお前がスプリングレギオンに足を踏み入れた事でな。だからこその短期決戦。こっちの準備が整う間を与えず、ばれるのも構わないと言わんばかりに派手に動いた」


「……俺?」


 意外なところで俺の名前が出たので首をかしげる。

 確かに今まで俺は多くのエセ魔王を排除したが……きちんと仮面を被ってたし勇者君も結構活躍してたと思うのだが……。

 そんな俺の様子を見て、健一がため息交じりに解説してくる。


「やーっぱ気づいてなかったか……。お前、エセ魔王達から思いっきりマークされてるぞ。黒十字の使徒……だったか? アレの正体がお前達だってのもそこそこ詳しく調べれば普通に分かるしなぁ。――ともかく、俺も連中のブラックリストには入ってるがお前はそれ以上だ。奴らにとってお前は単体で遭遇したら迷わず逃げるべき相手として認識されてるみたいだからな。確か通称――」


「ディー・デッド・トラジャー。死を運ぶ者って意味みたいよ。ぐぅ……そんな二つ名を付けられるなんて羨ましい……」




 エセ魔王達から俺が何と呼ばれているかルナが教えてくれると共に、なんか悔しがっている。

 同じ厨二として二つ名の類に強い関心を示すの事に理解はあるが……今はそんな事を気にしている場合じゃないのでは?


「なかなかに洒落がきいた呼び名じゃねぇの。まぁ? お前の場合、もっと正しく言えば『死を運ぶ者達を召喚せし者』って感じだから猶更なおさらたちがわりぃけどな。カカカッ――」


「いやお前も呑気だな!? 思いっきり襲撃を受けてる最中だよなぁ今!?」


 今もなおエルフの集落は燃えている。

 だというのに、スプリングレギオンを治めているはずの健一とそのNPCルナはのほほんとしている。無関係なはずの俺の方が慌てているのはどう考えてもおかしいと思うんだが?


「焦らなくてもいいぜ? 一時間は余裕でつだろうよ。ホレ」


 そう言って健一がある方向を指さす。


 疑問符を浮かべながら俺はその方向を見て……絶句した。


 そこには明らかにエルフの集落の者ではないメイド姿の少女が魔物相手に無双していた。

 

「………………」


 少女は煌めく水色の髪を振り回しながら無言で剣を振り回す。

 まるでそれは舞のようだった。決められた手順でもあるかのように、魅せる為に舞われている一種の芸術品。

 撒き散らされる血潮すらも何かの演出であるかのように見える。



 ――そんな舞が、あちこちで行われていた。


 メイド。メイドメイドメイドメイドメイド。無双しているのは全員メイドだ。

 全員の容姿は一緒。まるでドッペルゲンガーの大軍にでも遭遇したみたいだ。


「各部族の集落にはあのメイドNPCを数百体配置してるからな。しばらくの間ならあいつらがエセ魔王の猛攻から集落を守り切ってみせるさ。それに、こんな事態に備えて有事の際は各家庭から地下に繋がるシェルターを設置済み。魔物が襲ってきたらそこに逃げろっつう命令も出してある。抜かりはねぇよ」


「あれ全部NPCかよ!?」

「これは……壮観ね」

「なんだか……少し怖いです」

「………………ルゥ………………」

「………………」


 大量のメイド少女。その全員が健一のNPCなのだという。

 ああ、確かにあれはNPCなのだろう。ここから見る限りでも五体のメイド少女が無双しているのが見えるが、その全てが同じ容姿なのだし。あんなの、造られた存在に決まってる。つまりNPCだ。


 NPCのステータスを見てみたが、どれも普通のエセ魔王なら倒せる程度の強さは持っていそうだ。過去のラウンズみたく、逸脱した奴を相手するのは骨が折れるかもしれないがこの数だ。十分すぎる戦力だろう。

 なので――


「いや、これメイドNPCだけで十分じゃないか? 俺たちの力を借りるまでもないのでは?」


 という疑問が口から飛び出る。

 実際、戦況はこちらが優勢に見える。放たれた火は鎮火され、メイドNPCがどんどん魔物を押し込んで戦線を前へと進めている。このままいけばエセ魔王達の元までた辿り着きその首を落とせるだろう。


 そう俺は思ったのだが、健一は首を振る。


「いや……無理だな。そっか、お前MMORPGゲームの『ヴェンデッド・フェスタ』やった事ないのか」


 確かに俺はそのゲームをやった記憶はない。聞き覚えすらない程だ。


「『ヴェンデッド・フェスタ』は一つのプレイヤーキャラを操作するゲームだ。俺がララノアやシエルっていう複数キャラを持ってるのは単純にサブアカで数種族作ったからだな。――でだ。ああいう汎用型のメイドNPCは金さえ払えば上限までいくらでも雇えて戦闘にも使えるんだが……運用する場合、人数制限やら時間制限やらがつき纏ってくるんだよ」


「人数制限?」


 あんなにうじゃうじゃ居るのに……人数制限?

 どう考えても制限なんてないように見えるのだが……。

 そんな俺の疑問に気づいているのかいないのか、健一の話は続く。


「それはこの世界でも一部有効らしくてなぁ。まず、味方パーティーは五人以下でなければならないってのが制限の一つだ。ただ、試してみたら半径五メートル以内にない味方は判定されないらしく、戦場を別個で用意してやれば五人一組の一小隊として運用可能らしい。俺はそうしてるから人数制限の方は問題ないんだが……時間制限の方はどうにもならなくてな……」


「と言うと?」


「結論から言っちまうとだな……あのメイドNPC達は一時間しか連続稼働できねえんだわ」


 ああ、それはダメだ。

 俺はそう思ったのだが――


「休息に必要な時間はどの程度なの? それによっては幾つか休まながら戦わせ、休息を終えた物を次から次へと投入――なんて事が出来そうだけれど」


 ルゼルスが少し真剣な顔を覗かせて健一に尋ねる。

 確かに、休息時間が仮に稼働時間と同じ一時間程度だと仮定すれば織田信長先生の『三段撃ち』の戦法が取れる。もっと長く休息させなければならないとしても細かく隊を分ければあるいは――


「クールタイムは丸一日。つまり24時間だな。24も隊を分けて魔物の軍勢を止め続ける程の数はねえよ」


 ――やっぱりダメだった。

 健一は運用してる本人だしな。それくらい考えてるか……。


「じゃあどうするんだ?」


「どうしようもねぇな。とんでもないジョーカー様に登場してもらわない限りこの現状は打破できねぇよ。ま、このエルフの集落の女だけは俺が意地でも守るけどな。最悪の場合、アレイス王国に亡命するさ。俺、亜人の中で一番好きなのエルフの女だし? カカカッ――」


 軽快に詰みの現状を受け入れる健一。

 諦めが良いというか……あっさりしているというか……まるで悪戯好きの子供みたいだ。ララノアの姿で俺達を騙そうとしていた時よりも接しやすい。なんだか憎めない奴だと感じさせる。


「さて――」


 どうするか。

 俺はルゼルス達の様子を窺う。


 ルゼルスは俺とセンカの選択を楽しむかのように「くすくす」と笑みを浮かべながら俺とセンカの様子を窺っている。


 そのセンカはそんな事にも気づいていないようで、未だ火の手が上がったり倒壊してゆく家を見てそわそわしている。どう見ても助けに行きたそうだ。


 ルールルとチェシャは調子でも悪いのか、陰りのある表情でメイドNPC達を見つめている。

 敵の前線にエセ魔王が混じっているのか、幾体かのメイドNPCが破壊されているのをただ見つめていた。

 NPCとはいえ、少女の姿をした物が破壊するなんて許せない!! なんて考えていたりするんだろうか?



 ともかく……ほぼ全員が襲来している魔物やエセ魔王に対し、多少イラついているようだ――俺も含めて。


「ああ、そうか。それなら迷う必要すらないな」


「ラース様?」

「くすくすくすくすくす」


 ああ、そうだ。

 今襲ってきている魔物やエセ魔王を排除しないと亜人たちは危機に陥るだろう。ここに居るエルフは健一が守ると断言しているが、それ以外はタイムリミットの一時間が過ぎればただ蹂躙されるのみ。


 だが――そんなものは関係ない。

 亜人たちが蹂躙じゅうりんされようが何をされようが俺の知ったことか。

 だから――


「健一」


「ん?」


「メイドNPC達……あれ……邪魔だ。巻き添え喰らいたくなけりゃ引かせろ」


「カカッ――オッケー。後は任せたぜ、救世主様♪」


 そう言って肩をポンと叩いてくる健一だが、


「アホ。これはそういうのじゃねぇよ」


 俺はそれを一蹴する。

 確かに俺は亜人を殺戮さつりくせんとするエセ魔王達を駆除すると決めた。

 だが、それは決して亜人たちを守るためなんかじゃあない。


 ああ、そうだとも。


 これは――これは亜人の為に身を挺して戦うなんていう美しき英雄譚ではない。



 これは例えるなら……そうだな。


 種にもよるが、虫は花を食べるだろう?

 だが、その花を食べる敵だからと虫を駆除しようと考える人間など殆どいない。

 多くの人間ただが汚いから、目障りだから。それだけの理由で虫を殺すのだ。



 そう……そうだ。俺がこれからやろうとしているのはつまりはそういう事。



 これは――ただ鬱陶うっとうしくて汚らわしい虫が目の前に居て、目障りだから潰す。

 ただそれだけの話なのだ。





「さぁ――害虫駆除と行こうか」


 俺はエセ魔王という名の害虫共を駆除すべく、足を一歩前に踏み出した。


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