第12話『交渉決裂』


「あのぅ……」


 そう俺が決意する中、かなりビクビクした様子でこちらの様子をうかがっているララノア。

 それに気づき、


「あぁ、悪い悪い。少し考え事してた。それで? エセ魔王が原因で行方不明者が続出してると仮定してだ。それで王様やお前らはどう動くつもりなんだ? 実際にあいつらが動いてるとなるとその行方不明になったっていう千人の亜人たち、大半がアレと同じ存在にさせられてると考えた方が良いと思うぞ?」


「エセ魔王? あ、ああ。魔王の事ですね。私たちで――」


「エセ魔王」


「えぇっと……」


「エセ魔王」


 ララノアの言葉を封じ、圧をかけながらエセ魔王と連呼する。

 俺の目の前でダンジョンの主ことあいつらを魔王と呼ぶなんてさすがに看過できない。あいつら如きエセ魔王で十分だ。



「ラース様……」


「くすくす」


「これはもう病気ですね♪ 知ってましたけど」


「いつもの」


 呆れるセンカを筆頭に、生暖かい視線が俺に突き刺さるが気にしない。

 他のみんなにとってはどうでもいい事でも、俺にとってはかなり重要な事なんだ!!


「ララノア。その『魔王』とやらの事はエセ魔王、もしくは『ダンジョンの主』と呼称なさい。でないとラースはいつまで経ってもあなたの話に耳を傾けないわ」


「は、はぁ……分かりました。ではエセ魔王と呼ばせていただくとして――私たちにとって、かの存在達の力は絶大です。無論、ラース様達にとってはそうではないのでしょうが我々にとってやはりエセ魔王達は脅威なのです。なので!!」


 ばっとララノアが俺の手を両手で掴んできた。

 そして――


「お礼ならばいくらでもさせていただきます。ですからゆう……ラース様っ、どうかこの件が解決するまでその絶大なるお力を私たちに貸して頂けませんか? そうしていただければ王への謁見も叶うかと思われます」


 上目遣い+涙目の憂いのある表情ダブルパンチで懇願してくるララノア。

 既定路線なら正義感やらここまで言われたらと女に弱い主人公が引き受ける場面だろう。

 だからこそ――俺は胸を張って答えた。







「だが断る」




「ありがとうござ――――――んん?」



 思いっきり引きつった顔でこちらを凝視するララノア。

 憂いのある表情? そんなものはない。残滓すらもない。


 ララノアは、ただただ『こいつマジかよ』とでも言わんばかりに大きく目を見開いて俺を凝視していた。

 俺はそんな彼女に対して「いやいや」と前置きして断った理由を告げる。


「確かに俺達にとってエセ魔王は大した存在じゃない。なんならMPを補填するために狩らなきゃいけない存在だ。そういう意味では協力するのもやぶさかじゃあない」


「なら――」


「でもな――あんたら、いくらなんでも俺達をいいように利用しようとしすぎだろう?」


 亜人国に来て最初にライカンスロープのシエルと知り合い、王様に会う為に必要というのでエルフの知り合い(ララノア)を紹介してもらうという約束を取り付けた。

 その代わりに用事に少し付き合ってくれと言われ、俺達はダンジョンを一つ潰すのに協力した。


 そして案内してもらったこのエルフの集落では、あからさまにこちらのご機嫌を取ろうと配置されたエルフ達とやりすぎと思われる歓迎ムード。

 そして繰り出されるのは『スプリングレギオンにて行方不明者が続出していてダンジョンの主(以降エセ魔王と呼称)がそれに関与している可能性があるから解決まで力を貸してくれ』という要望だ。



 これを例えるならそう――まるで、おだてたらなんでも言う事を聞いてくれる部活の先輩に対し、思いっきり媚びを打って操るゲス後輩のようではないか。




 だから断る。

 俺は誰かの思惑通りに動くのが大嫌いだし、そもそもラスボスというのは思惑通りに動かされる側ではなく思惑通りに誰かを動かす側だ。


 そういう傀儡がお好みならどっかから勇者やら救世主様やらを引っ張ってくればいい。アレは王様だったり神様だったりの傀儡だし、傷つく人が居たらそれが無関係な人でも助ける病気持ちだ。

 ゆえに、彼らならきっとこの件にも意欲的に参加してくれる事だろう。


「ぐっ……ですがそれだと王への謁見は叶いませんよ? 我らが王は多忙なのですから。それに、エセ魔王がこの件に関与しているとなれば事態は行方不明者続出だけでは収まらないでしょう。いずれはこの国全土を揺るがす災厄が訪れるはず。その際、王が死去すればラース様は永遠に王に会えないのですよ!?」


 おだてても意味がないと悟ったのか。王への謁見というカードを切るララノア。

 だが、俺達を動かすのにそれじゃあ弱い。


「なぁに。王様が俺の目的の人物ならエセ魔王ごときにやられはしないだろ。やられたら俺たちが望む奴じゃなかった。それだけの話だ」


 スプリングレギオンの王の名が鈴木健一だということはチェシャから聞いたが、それ以外の事は何もわかっていない。

 そいつが本当に転生者なのか、主人公召喚士の職業クラスを得ているのか。どれも不確かなのだ。

 そんな物のためにいいように利用されるのは……正直わりにあわない。


「ぬっ……ぢっ……むぅん……」


 どうにか俺達を説得しようと頭を悩ませているのか、ララノアが女性にあるまじき呻き声を上げている。

 そして――


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもう! ならどうしたら協力してくれんだゴラァ!! 金ならいくらでもやるし女なら綺麗どころをいくらでもやる! こっちは完全に今詰んでんだよそうだよお前の言う通り利用しようとしたよでもそうしないとこの国滅ぶんだから選択肢それしかないだろうがざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 髪を振り乱し、更に女性にあるまじき咆哮を上げるララノア。

 俺は「おぅ……」と威圧されながらそれを見る事しかできなかった。 


「ってかアレイス王国じゃあぽんぽんぽんぽん魔王を消していって救ってただろうが!! そのノリでこの国も救って魔人国も救ってくってのが王道だろっがよぉ! それともアレイス王国ではなんかもんのすげぇ褒賞でも貰ったってのかぁ!? そんな特別なもんなーんも貰ってねぇだろうがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「あ゛?」

「あら?」

「………………」


 心の叫びがそのまま口から飛び出ている様子のララノア。

 だが、そこには聞き捨てならない内容の物があった。


「あぁ? ………………あ、やべ」


 それに気づいたのか、はたまたようやっと正気に戻ったのかは不明だが自らの口を塞ぐララノア。

 だが、一度出した言葉はもう引っ込めることは出来ない。


「ララノア……なんでお前、俺たちがアレイス王国でダンジョンの主ことエセ魔王を消しまくってたことを知ってるんだ?」


「くすくす。おかしいわね? 私たちはその時、素性を隠して『黒十字の使徒』として活動していたっていうのに」


「元からラース達の事……知ってた?」


 つまりはそう言う事だろう。

 ララノアは俺たちが少し前にスプリングレギオンのダンジョンを一つ潰したから俺達を勇者と呼び、歓迎した――訳ではない。

 俺たちがアレイス王国でエセ魔王を倒しまくっていた事を知っていて、そんな俺たちの力を利用しようとしていたのだ。



「え、ええ。偶然たまたまラース様達の事は聞き及んでいたのです。えと……ほら、エルフ族って耳が良いですから♪」


「いや、いくら耳が良くてもそんな事は分からんだろ」


 アレイス王国の王様か、その周辺から情報が漏れたか。

 もしくは付けられていたか。

 俺の知らない魔法や技能によるものか。


 俺たちの情報をこのララノアがどうやって知ったかは知らないが、どっちにしろこいつが俺達をいいように利用しようとしたのは間違いない。


 なので――


「さってと……行こうかみんな」


「ええ」

「いいんでしょうか? えっと……失礼します」

「ルゥ♪」

「了解」


 俺はさっさとこの集落から出ることにした。

 そうしてララノアの家を出ようと歩を進める。


「ど、どちらへ?」


 そんな俺達を恐る恐るといった感じで呼び止めるララノア。

 そんな彼女に――俺は満面の笑顔で答えた。



「ああ――ちょいと亜人の王様に無理やり会って文句言った後この国を出る事にするよ」


 親指を立てながら堂々と宣言する。

 正直、事を荒立ててはいけないと思って少しは自重しようと思っていたが、ここまでコケにされたら多少やり返しても問題ないだろう。


 俺達を利用しようと動いていた節があるシエルとララノア。

 ならばそれらを統べる王もグルなのだろう。

 この際だ。元々会わなければならなかったのだし、力づくで会って文句言った後にこの国を出て行ってやる。


「いや、それはもう……ではなくて……そのぅ……」


 何やら口ごもっているララノア。

 だが、既に俺の興味はララノアにない。なんならこの国にも興味は……ないと言えば嘘になるが、いいように使われるのはしゃくなので素直に働く気にはなれない。


 なので俺はララノアを無視し、ラスボスの力をフル活用して亜人の王様を探すべく準備を……。

 ――なんて事を考えている中、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「くっくっく、だから言ったであろう健一けんいち。その者は闇の中に生きし誇り高き傑物。その誇りを汚すようなことは逆効果であると」

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