第11話『静かな決意』

「いや、おかしいのはアンタだろ」


 俺のそんな指摘に対し、一瞬固まるララノアだったが――


「こ、こほん。さて、ラース様達は王に会いたいのでしたね。シエルから聞いているのでおおよその事情は把握しております。しかし、平時ならともかく今は亜人国内部にて少々不穏な動きがありまして――」


 神妙な顔をして話題を変えやがった。

 こいつ……誤魔化したな。

 とはいえ、掘り返すほどの物でもない……か。

 今は大人しく話を聞くことにしよう。


「現在、亜人国内部では多数の行方不明者が出ているのです。現在、王とそれに連なる五賢人はその対応に追われています。なので、正直この事態が落ち着くまでは私の力をもってしてもラース様達を王に会わせるのは困難かと――」


「行方不明者?」


 そこで俺は亜人国に入って最初に襲ってきたライカンスロープ種の言葉を思い出す。


『やっぱりてめぇが最近ここらを騒がしてる元凶か。そうやって生け捕りにして俺たちも売り飛ばすつもりなんだろ!? この奴隷販売人がぁ!!』


 そう、あのライカンスロープはそんな事を言っていた。


 あのセリフは……仲間を失った怒りゆえの物だったのだろう。


「以前から幾人かの消息が掴めなくなることはありましたが、最近はその数が激増しているのです。数日前など、狩りに行った者達が全員戻らないなどという事もありました」


「それは――人間の俺が言うのも何なんだが、人間種があんたら亜人を捕らえてアレイス王国で売りさばいてるんじゃないか? その……奴隷として。ララノアも知ってるかもしれないが少なくともエルフの奴隷はアレイス王国で秘密裏に売買されてたぞ? 単純にその数が最近になって増えただけじゃないのか?」


「ええ、それは存じていますし、その可能性も考慮しています。実際、そう考えアレイス王国へと侵攻しようと主張する者達が一定数居ますしね」


「あぁ――」


 だから入国早々、いきなり襲われたのか。

 最初に会ったライカンスロープ種たち。もしかしたら彼らこそがアレイス王国への侵攻を主張している一派だったのかもしれない。


 そりゃ友好国だの関係なく襲うわな。

 行方不明者が相次いでいる中、あんなところで人間種が爆音響かせるような変な事をしてたら誰だって『こいつら騒動の下手人じゃないのか?』と疑う。逆の立場なら俺だってそうやって疑うだろう。


「奴隷……ですか」


 センカがポツリと陰りのある表情を見せるとともに言葉を漏らす。

 元奴隷のセンカ。人間種の汚い所を嫌と言う程見せられてきたであろう彼女が今の話を聞いて何を思ったかなんて俺には分からないが、良い気分では居られないだろう。

 しかし――


「大丈夫よセンカ」


 センカを後ろから抱きしめるルゼルス。

 それはまるで母親のようだった(センカの方が肉体的には成長してるけど)。


「あなたが何を考えているのか、大体想像がつくわ。自分のような想いをしている子が居るのなら助けたい。だからアレイス王国に戻りたい。でも、それはラースの想いに反する。だから迷っている……そうでしょう?」


「――っ! どうしてそこまで?」


「くすくす。そりゃ分かるわよ。センカとは長い時間を共にしたのだからね。それに、あなたってすごく分かりやすいもの」


「~~~~~~」


 むず痒いような――そんななんとも言えないような表情をするセンカ。

 そんなセンカを愛おしそうに見つめながらルゼルスは続ける。


「今、アレイス王国にはあのウルウェイが居る。人を愛し、正義を愛し、悪を許さない行き過ぎた正義の味方がね。アレが居るならあなたが気にするような事態にはそうそうならないはずよ。それに――」


 ルゼルスはララノアの方を見据え、


「そこのエルフはさっき『一連の事件が人間の仕業だと断じ、アレイス王国へと侵攻しようと主張する者達が一定数居る』と言った。それは逆に言えばそう考えていない者も多くいるという事。そして、私たちにこの話をした事から彼女自身も一連の事件が人間の仕業ではないと考えているのだと考えられる――――――違う?」


「――ええ、その通りです。さすがま……ルゼルス様ですね。お察しの通り、私はこの件に関して人間種が関与しているとは思っていません」


 ララノアはルゼルスの問いにそう返し、先ほどの話を続ける。


「確かに、失踪している亜人の中には人間種にさらわれている者も居るかもしれません。しかし、それは女子供に限っての事。今回の件では狩りに出かけた者達が一人残らず消息を絶っているという物もあります。これに関しては人間種では不可能です。人間種がこれをための人手を気づかれないよう集め、動かせたとは考えづらいですしね」


「そうか? 手練れが幾人か居て、防音の魔法とか使える奴が居たら可能だと思うが――」


 そんな俺の考えをすぐにララノアは否定して見せる。

 

「無理ですよ。だって――狩りに出かけたのは十数人の竜人ですもの」


「竜人……」


 竜人。

 亜人にそういう種族が居るというのは聞いたことがある。

 強大な竜の力を受け継いでいるのだとか。

 いかにも強そうな種族だ。


「ご存知かもしれませんが、亜人の中でも鬼族と竜人族には戦闘に秀でた者が多いです。そもそも、そうでなくても亜人は数こそ人間種に比べて圧倒的に少ないですが、個々のステータスで比較すれば人間種より優れている傾向にあるのです……無論、ラース様は例外中の例外ですが――」


「そりゃ……なぁ」


 自分、なにせラスボスさん達のステータスを一部上乗せしてるんでね。

 それがなかったら俺は人間種最弱の男となっていたのかもしれないが……俺の素のステータスが低いのはラスボス召喚士という職業クラスのせいなのだろうし、そもIFの話に意味なんてないか。


「少し前の事です。戦闘に秀でた竜人族の戦士たちが一斉に行方をくらましました。人間種にも手練れの戦士が居る事は承知していますが、ラース様達を除き、そのような方が亜人国に入国した形跡はありません。しかし、現実問題として行方不明者は増えるばかり」


「ふぅん。要するに解決の糸口すら見つからず、手間取っている状態にある……という事かしら?」


 ルゼルスの問いにララノアは苦々しそうにして答える。


「……ええ。調査しましたがさらわれたのを見た者も居なければ物証すら見つかりませんでした。既に消えた亜人種は千人以上となりますが、それでもです」


「なかなかの数ね。それだけの数が奴隷として流れれば気づくでしょうし、その点からも奴隷販売を目的とした人間種の仕業ではないと考えられる。そして手段は不明だけれど、相手は優れた亜人達を一斉に相手しても問題がない人物、あるいは組織という所かしら」


「ええ。しかし、そんな存在は数えるほどしか居ません。なので、物証などはありませんが相手の目星はある程度付いております」


「というと?」


 そうして――ララノアは行方不明者続出事件の容疑者。その筆頭候補の存在を口にした。


「そんなことが可能な存在はラース様達を除けば魔王――あなた達がダンジョンの主と呼んでいる存在しか考えられません。ゆえに、この件はそんな彼らの策略によるものだと私を含めた王と五賢人は考えています」


「「「あー」」」

「想定通り」


 全員が納得と言った感じでララノアと五賢人が出したという結論に対し反応する。

 チェシャに至っては途中から予想していたらしく、一番反応が薄い(そうでなくてもこの子反応薄いけど)。


「またあの人たちですか……」


「くすくす。本当。まるでゴキブリみたい。潰しても潰しても湧いてくるあたりそっくりだわ」


「ルールルはあの人たち大っ嫌いですよ♪ 努力もせずに望みを叶え、迷惑ばかりかけるあの人たちは『平等』と相反するつまらない存在。ゴキブリというよりゴミですね。でも安心してください。ルールル、こう見えてもゴミ掃除は得意なんですよ?」


「あれは邪魔な存在。早く滅びればいい」


 口々に辛辣な言葉をダンジョンの主達に送るセンカ、ルゼルス、ルールル、チェシャ。

 その気持ちは分かる。

 というのも――


「まーたあいつらか……。アレイス王国でも色々とやってたしなぁ。もうこの世界の悪事って基本あいつら絡みなんじゃないか?」


 そう――既に俺たちはアレイス王国でダンジョンの主達の相手を散々させられている。

 MP回収の餌としては上物なんだけどなぁ……。こうして色々と暗躍されると正直、鬱陶うっとうしいと感じてしまう。


 というかだな。


「なぁララノア。ダンジョンの主の事をさっきなんて呼んでた?」


「はい? えぇっと……かの存在を私たちは『魔王』と呼んでいますが……。魔王についての情報は五賢人と王、それと信用できる者達にしか知らされていない為、少数がそう呼んでいるに過ぎませんが――」


「――ハンッ!!」


「ど、どうかなさいましたかラース様? 何かお気に障りましたか?」


 突然人を小馬鹿にしたような態度を見せた俺にララノアが慌て始める。

 ――が、そんなのはどうでもいい。

 問題は――ダンジョンの主ことアンポンタンだ。



(アレが魔王……だと? あんな三下連中のどこが魔王? いや、この世界においてあいつらのステータスは確かにずば抜けてるし凄い存在だってのは分かるよ? 分かるけど基本的にあいつら信念のないクズばっかりじゃん。あんなの魔王どころか中ボスですらねぇよ。登場後、数話で退場する脇役が関の山だ)


 俺は心の中でダンジョンの主を全力で非難する。

 あいつらが魔王と呼ばれるのが心の底から気に食わなかったのだ。

 そもそも、魔王と言うのは力を持つだけの存在の事ではない。


 部下が沢山いて、カリスマ性があって、世界を敵に回す魔王なりのしっかりした信念があって――それを魔王と人々は呼ぶのだ。

 それに比べて――俺が今まで出会ってきた魔王(笑)ことダンジョンの主は……なんだ?


 どれもこれも私情で世界を乱そうとするアンポンタンばかり。威厳もクソもあったものじゃない。

 唯一、アレイス王国で暗躍していたダンジョンの主達を統括するラウンズのトップ――俺の祖先様であるガイ・トロイメアは魔王と呼んでも差し支えない信念をお持ちのようだったが、俺の知る限りそんな信念をダンジョンの主の中で持っていたのは彼だけだった。




 そんなあいつらが魔王と呼ばれている?

 魔王は大抵の場合、ラスボスとして描かれている。

 そうなると当然、ラスボス好きな俺は魔王という存在もかなり気に入っている。


 そんな俺としては当然、あんな三下どもが魔王と呼ばれている事がとても――気に食わない。

 なので――


(よし、元々決めてた事だけど……あいつら一人残らず絶対に滅ぼそう)


 そう静かに俺は決意するのだった――


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