第9話『エルフの集落』
――エルフの集落
エルフの集落。
自然を愛し、争いを好まない種族――エルフ。
誇り高き一族でもあり、自然を破壊する他種族を忌避している者達。
それゆえ、エルフには選民思想を持つ者が多い。
自分たちは誇り高き森の守り人。他の蛮族とは違う理知的な存在なのだ。
――と、まぁこれが俺の知るエルフ像だ。
そんな俺の目の前にはそんなエルフさんが居るのだが――
「どうかしましたか勇者様? 気分でも優れないのでしょうか?」
「………………」
金色の長い髪。
少し尖った耳。
見た目は十代後半の美少女。エルフは最も若い時の姿で永い時を生きると言われているから外見からでは年齢は分からないが、とにかく美人だ。
前かがみになってこちらを心配そうに見つめてくるエルフさん。そのせいで、無駄に大きい双丘が跳ねる。
「こほん」
視線をそちらに奪われないよう、咳払いする。とにかく今の現状をもう一回整理しよう。
俺たちはシエルの案内の元、エルフの集落に来た。
と言っても、今はそのシエルは居ない。
奴はエルフの集落にもうすぐ着くという所で俺たちにこう言ったのだ。
「ここをまっすぐ行けばエルフの集落なんですが……いきなりあなた達が行ったら驚かれると思うので少しだけここで時間を潰していてくれますか? 三十分……いえ、一時間くらい後に来てくれると助かるんですが……」
俺は特に不都合もなかったのでその提案を受け入れた。
ただ、そこでシエルがエルフの知り合いとやらに話を通さず、とんずらして俺たちの力を利用だけしましたっていう図になるのは少し不快だ。そうなったら俺たちが一時間後にエルフの集落に行っても何の収穫も得られずに終わるだろうしな。
なので、去り際に俺は彼女に聞こえるように独り言を声高に言ってやった。
「一時間待ったらさぞかしいい事があるんだろうなー。これで門前払い受けたり、シエルが言ってた事情通のエルフとやらに会えなかったりしたら思わずライカンスロープの集落にルールルが遊びに行っちゃうかもな~。そうなったらライカンスロープ種は絶滅するんだろうな~」
「まぁ、ラー君ったら。いくらラー君でも言っていい事と悪いことがありますよ? そんな勿体ない事、ルールルはしません。ルールルは犬さんが大好きですからね。どんなに反抗的な子でも大事にしますよ――――――壊れるまでは♪」
そんな俺とルールルの他愛のない話を聞いたシエルはびくりとその耳と尻尾逆立たせ――
「サー! 絶対に不快な思いはさせないよう準備を整えてまいります!!!」
どこぞの軍人のように敬礼し、エルフの集落がある方へと走り去っていった。
そうして一時間後、エルフの集落に向かった俺たちが目にしたものは荘厳な木々に囲まれし美しいエルフの集落――――――――――だったもの。
荘厳であったはずの木々には様々な飾り物が付けられ、神聖さという物が完全に損なわれて俗っぽくなってしまっている。
そんな中、選民思想の塊であるはず(俺の偏見)のエルフが王様でも迎え入れるかのように整列して俺達を出迎えたのだ。
そんなエルフたちの後方では、キャンプファイヤーみたく盛大に炎が焚かれ、その周囲ではエルフの踊り子だったり楽士が何かを祝うかのように踊り狂い、賑やかな音楽を奏でている。
静かで心が安らかになれるような川の清流も、光の魔法でも使ったのかとても輝いていた。
そんな光景に圧倒される中――整列したエルフは満面の笑顔で俺たちに言うのだ。
「「「ようこそ、エルフの集落へ!!」」」
そのセリフを聞き、ようやく俺の口が動いた。
「なんか……違くね?」
それが――俺がエルフの集落を訪れて最初に口に出したセリフだった。
そうしてなぜだか多くのエルフに『勇者様』だの『お慕いしてます』だの『抱いて~』だの言われる中、俺たちはとある家へと案内される。
エルフの家は基本的に木造建築であり、ここもその一つなのだが他の家より一回り大きな家だった。
そうしてシエルが俺たちに会わせたがっていた件のエルフ――金髪美少女のエルフに出会ったのである。
――以上。
さて、こうして状況の整理をしてみた訳だが……どうしよう。何もわからん。
というのも、俺の想像していたエルフと何もかもが違って困惑するしかないのだ。
そもそも、エルフの皆さん。お前ら余所者を歓迎しすぎだろう。たかが数人の旅人が来るってだけでキャンプファイヤーやって踊りやら何やらと騒ぎ過ぎだ。
いくら先に行ったシエルが何か仕込んでいたにしても、これはおかしくないか?
「勇者様……先ほどから難しい顔をされていかがなさいました? 私共に出来る事ならなんなりとお申し付けください。精一杯奉仕させていただきます」
俺がそうして難しい顔をしているのを気遣った目の前のエルフさんが献身的な事を言ってくれる。
まぁ……一人で悩むのにも限界があるしな。まずは一番気になっていることを聞こう。
そうして俺はこれまでで一番気になっていたことを目の前のエルフに尋ねた。
「いや、なんで俺が勇者なんだよ。あいつらはなぁ、他人の家のタンス漁ったり壺を嬉々として割る狂人だぞ。もしくは少ない金と貧弱な装備だけ持たされて文句言わずに魔王を倒しに行く奴隷。あんなのと一緒にすんな」
「いやラース様こそ何を言ってるんですか!? 勇者さんに怒られますよ!?」
隣でセンカが何か言っているが、この際無視だ。
とにかく……俺は、俺が勇者だともてはやされているのが正直かなり気に食わない。
なんだったら勇者じゃないと分かってもらうためにこのエルフの集落を火の海にでもしてやろうか? いや、センカが怒るだろうしルゼルスも反対するだろうからやらないけど(ちなみにルールルは嬉々としてやると思う)。
「――っ。これは申し訳ありませんでした。私たちエルフには災厄を退けた物を勇者と称える習わしがあるのです。今後はあなた様が勇者と呼ばれることがないよう皆に言い聞かせます。それで怒りを鎮めて頂けませんか?」
一瞬引きつった表情を見せるエルフだったがすぐに申し訳なさそうな顔をして謝罪してきた。
「ん? いや、別に全然怒ってないけど? でもそれでよろしく」
「畏まりました。それでは……私たちはなんとあなた様をお呼びすればよいでしょう? ご主人様? あなた? お兄ちゃん? お兄様? 上様? 後は――」
なんかいきなり変な事をエルフさんが言い始めた。
このエルフ……もしや頭でも湧いてるのか?
もしくはエルフ全体が理知的な存在なんかじゃなくアホの子集団とか?
「……いや、普通にラースでいい……ぞ?」
見知らぬエルフにご主人様だのお兄ちゃんだのと呼ばれる趣味はな……こほん。
とにかく、普通に名前で呼ぶように俺が告げる。
「畏まりました。以降、ラース様と呼ばせていただきます。皆にもそう呼ぶように伝える事としましょう」
「はぁ」
「それと、申し遅れました。私の名はララノア。このエルフの集落を治める長であり、五賢人の一人でもあります。どうぞ気安くメス豚なりエロフなり好きにお呼びください」
慎ましく輝かしい笑顔で凄い事を言っているエルフ、もといララノア。
これがエルフの長か……残念ながらエルフに未来はないな(確信)。
ともあれ、好きに呼んでくれと言うララノア。
しかし、その後誰も予期していなかったことが起きた。
ルゼルスがララノアへと語り掛ける。
「ふぅん……殊勝な態度じゃない。それじゃあ私は……おばさまと呼ばせていただこうかしら。いいわよね? おばさま。くすくすくす」
ララノアの事をおばさまと……ルゼルスがそう呼ぶとは俺でさえ予想できなかったのだ。
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