第4話『か弱い女の子』


 そうして彼女は大剣を勢いよく振り下ろした。

 だが、それは俺の方に向かってではない。


 彼女はなぜか同族であろうライカンスロープの男二人組に対して大剣を振り下ろしたのだ。


「でぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「あああああアネさぁん!? どしてぇ!?」


 振り下ろされる大剣に対し、完全に無防備だった野郎二名はただ体を硬直させるのみ。


 しかし、大剣が二人に当たる事はなかった。

 大剣がピタリと――野郎二人組に当たるギリギリの状態で止まったのだ。


 彼女はそうしてから、野郎二人に告げる。


「どうしたもこうしたもないですよ。あなた達は邪魔なんです。さっさとアレを連れて里に帰ってください。手出しは無用です」


 彼女の視線が一瞬、俺が先ほど吹き飛ばしたライカンスロープの男を見た事で、三人一緒に逃げろという意味なのだと悟る。

 それは野郎二人も分かっているのだろう。しかし、彼らはその命令に思いっきり反発した。


「何言ってんですかアネさん! 俺らも戦いますよ!」

「人間なんかに好き勝手されて……このまま引き下がれる訳ないでしょう!?」


 アネさんアネさんと女性を慕っているのに言う事は聞かない野郎二人。


 しかし……アレだな。

 亜人種に思いっきり嫌われてるな人間。

 友好関係だという話はどこへ行ったのだろう? 敵対関係と言われた方が納得できるぞ。

 それとも、ライカンスロープだけが特別なのか?



 命令を聞かない野郎二人。

 そんな彼らに、アネさんたる女性は告げた。




「なんで私が戦うの確定しちゃってるんですか。やりませんよそんなの面倒くさい。それに、あの人たちは私以上の手練れです。下手に手出しすれば私たちなんて里ごとドーンですよ。だから手出し無用って言ったんです。もし、あの人たちに手を出したら私がお前たちをみじん切りにして夕食にしますよ? 食べずに捨てますけど」


「「「えぇぇ!?」」」



 驚く野郎三人。

 思わず俺も一緒になって驚いてしまった。


 確かに、アネさんと呼ばれている女性からは殺気どころかやる気すらも感じられなかった。

 だから『彼女にはこちらと敵対するつもりがないのかもしれない』とは思っていたよ?


 ただ、同種族の仲間に対して凄い辛辣じゃないだろうか?

 さっきの、冗談に聞こえなかったけど……冗談……だよな?


 しかし、野郎二人はそれでも納得できなかったらしい。

 口々に俺たちを指さしながら「あいつらが仲間を浚ったに違いありません」だの「絶対にあいつらは怪しいですよ」だのとアネさんに意見している。


 その時だ。

 ようやくアネさんと呼ばれている女性からやる気……というか怒気が感じられた。


「族長である私の言う事に逆らうとはとても良く出来た子分ですねー。お姉さんは嬉しいですよー。でも、族長の命令には絶対服従ってのがウチの掟ですよー。そーら、行ってこ~い」


 そう言うと共に、彼女は野郎二人組の内の一人の顔面を無造作に掴む。

 掴まれた男が「いぎゃぁぁ」と悲鳴を上げていてもお構いなしだ。

 そうして彼女は掴んだ男を気絶している男の方めがけてポーイと投げる。


 投げられた男はそんな扱いにそこそこ慣れているのか。なんとか投げられながらも体勢を整え、気絶している男の近くに着地した。


「どわっとっとっ。わ、分かりましたよ。おい、行くぞ」


「いいのか?」


「族長の命令には絶対服従。それは俺たち自身がさだめたおきてだ。それに、俺はアネさんにでっけぇ借りがあるからな。そのアネさんがあそこまで言うんだ。従わなきゃならんだろうよ」


「そうか。まぁ、お前がそう言うんならいいが」


 そうして撤退を命じられた野郎二人は、俺がやっつけた男を担いで撤退していく。

 その隙に俺はアネさんと呼ばれている女のステータスを見るべく、小さく呟いた。


「鑑定――ステータス閲覧」


そうして俺の目の前に件の女性のステータスが現れる。





★ ★ ★


 シエル 19歳 女 レベル:87


 職業クラス:剣士


 種族:亜人種


 HP:11323/12323


 MP:1202/1202


 筋力:13324


 耐性:12192


 敏捷:10736


 魔力:555


 魔耐:521


 技能:剣術LV5・剛力EX・夜目



★ ★ ★


「なんだあれ」


 目の前に居る女――シエルさん。

 それはまごうことなき超越者だった。

 俺が召喚するラスボスには及ばないが、それでもかなりの猛者だ。

 このステータスならば少なくとも大抵のダンジョンの主にも負けることはないだろう。それほどの強さだ。


「さてさて、ご迷惑をおかけしました。改めまして。私、ライカンスロープ種の族長を務めるシエルと申します。族長と言ってもただのか弱い女の子なので優しく接してくださると嬉しいです」


 シエルさんはこちらに向き直り、謝罪と共に名乗りを上げた。


 だが、その名乗りはないだろう。どう見てもこのシエルさん、か弱くない。

 か弱い? 誰が? 同族の屈強そうな男を片手で持ち上げてぶん投げたあんたがか弱いって? なんの冗談だよと言いたい。


 そういったもろもろをどうにか胸の内に留め、俺もシエルさんに対して名乗りを上げた。


「あ、ああ。こっちこそ無用な騒ぎを起こして申し訳ない。俺の名前はラース。見てわかるかもしれないが普通の人間種だ。そしてこっちが――」


「はーい。ルールルはルルルール・ルールルでーす。か弱い女の子でーす。こちらこそよろしくお願いしますね♪」


 俺が紹介しようとしたルールルがシエルさんに対抗するかのように自ら名乗りを上げる。

 しかし……え? お前もなの? か弱い女の子? 誰が? どこに?

 ちょっと何言ってるのか分からないですね。最凶最悪の女の子の間違いでは?


「お初にお目にかかるわ、族長さん。私の名前はルゼルス・オルフィカーナ。そして眠ってしまっているこの子がセンカよ。見ての通りどちらもか弱い女の子だから優しく扱ってくれると助かるわ。くすくすくす」


 ルールルの名乗りに乗っかったつもりなのか、ルゼルスまでもが自身をか弱い女の子とか言ってる。

 人類を滅亡させかけた最強最悪の魔女がか弱い女の子……かぁ。なるほどなー。か弱いって何だろう?


 俺はもう……か弱いの定義がよく分からなくなるのであった――

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る