第64話『センカ敗れる』


 更なる……力?


 薄々分かっていた事だが、ウルウェイは俺に危害を加えるつもりでこんな事をした訳ではないらしい。

 ウルウェイが嘘を吐くなんて事はありえないし、こいつなりに俺に利するように動いた結果がこれなのだろう。

 なので、現状かなり痛いしつらいが恨みはしない。

 さいわい、これくらいの痛みならまだ耐えられるしな。色々と無茶をしたおかげで痛みそのものに慣れたのかもしれない。声を出そうとすると更なる激痛が走るので喋れないが、相手の話を聞くことくらいは出来る。


 なので、俺はルゼルスの回復魔術を受けながらウルウェイの言葉に耳を傾ける。

 しかし――


「何を……何を……したんですかァァァァァァァァァ!?」


 そんなウルウェイの事など詳しく知らないセンカが激昂し、影をウルウェイへと飛ばす。


 なんというか……めっちゃくちゃ怒ってる。

 基本的にクールなセンカが声を荒げてウルウェイを攻撃するその姿はかなり鬼気迫っていて……これだけ俺は想われてたんだなぁとヒロインみたいな事を実感する俺。


 光速で動く影。それは敵を瞬時に斬り飛ばし、あるいは捕らえる。


 だが――今回は相手が悪すぎた。



「ふむ。これが闇の担い手、リリィと同系統の能力である影か。記憶にはあるが、実際に見るのは初めてだな」


 ウルウェイは光の速さで迫るそれらを軽々と躱す。あるいは――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 腰に装着していた双剣を抜き、襲いくる影を全て斬る。

 狭い室内。だというのにウルウェイは宿の物を何も壊さず、最小限の動きだけでセンカの影に対処していた。


「そ、そんな!?」


 そんな相手は初めてだったセンカ。真面目で現実を見ている彼女だからこそ、その異常事態を目の前にして動きが一瞬止まる。


 たった一瞬。されど一瞬。

 高速戦闘において一瞬動きを止める。その代償はでかい。

 しかし、ウルウェイはその隙を突くことなどせず、静かに語りかけるのみ。


「未熟だな。所詮、貴様の精神はただの娘の域を出ていない。貴様の精神はとにかく争いに向いていないのだ。貴様を見て己は確信した。全ての人間に不屈の闘志を覚えさせ、人類を永遠に守ろうとしていた過去の己はやはり間違っていたのだ。人には向き不向きがある。改めて考えてみれば当たり前の事だが……な」



「うるさいうるさいうるさい!! 言え! 一体ラース様に何を――」


 ウルウェイの言葉を無視し、怒りをほとばしらせるセンカ。


 いやいや、ウルウェイなりに俺の事を考えての行動だから! だからそんなに怒らないでいいから!

 ――と、そう言いたくても声が出ない。


 うーむ、ウルウェイがセンカをどうこうする事はないと思うが……このシリアスな空気なんとかならんかな?

 いや、センカが俺の為に怒ってくれてるのは分かるよ?


 しかしなんというか……アレだ。配役を盛大にミスってる。

 そもそもなんで俺がヒロイン役やってんの? いや、動けないから仕方ないんだけどさ。


「あらら~。センちゃんすっごいおこですね~」

「私が手を出したら余計ややこしくなるわね。ただ……ウルウェイ、センカに致命傷を与える事は私が許さない。それだけは言っておくわ」


 外野であるルールルとルゼルスは完全に観戦モード。ルゼルスだけは万が一の事が無いようにとウルウェイに釘を刺していた。

 まぁ、二人とも俺と同じくらいウルウェイの事を理解してるからなーー。放っておいても大事にはならないと確信しているのだろう。正直、俺もそう思ってるし。



 そうやって俺たちが見守る中、センカは攻撃がもう効かないと理解できるだろうに、未だに影での攻撃を続行していた。

 今まで頼ってきた影に、彼女は頼るしかないのだ。



 ゆえに――もう決着は着いていた。


「貴様の持ち味があるとすれば冷静に状況を分析する頭脳だと己は思っていたが……どうやら今の貴様はその冷静さすら無いようだな。話にならん。己の武器である影の支配権を取られた事にすら気づかぬ貴様では……な」


「な!?」


 そう――ウルウェイ・オルゼレヴには『模倣』という能力がある。

 ウルウェイは一度見た攻撃ならば完全に模倣出来てしまうのだ。

 しかも、模倣と言いつつその力は見た物の二倍の強さとなる。ウルウェイに対しては手札を明かせば明かすほど、手札を見せた側は追い詰められてしまうのだ。


 センカの操影そうえいをその目で見たウルウェイは一時的に影を操る能力を得た。

 それも、模倣となった元のセンカを上回る能力を……だ。


 センカの強さは操影そうえい技能による所が大きい。

 その操影そうえい技能をセンカ以上に使いこなせる今のウルウェイにセンカが敵う道理はない。


「これが貴様の師匠であるリリィならばもう少し上手くやっただろう。己に対しては最初の一撃をいかに通すかが重要。それは己の能力を知っていれば猿でもわかる事だ。だが、貴様は己の能力を知っていながら怒りに身を任せ攻撃を繰り出した。別に怒りに身を任せた一撃を馬鹿にするわけではないが、それは貴様の性質とは相反するものだ。重ねて言おう。話にならん」


「あ――」


 センカの操っていた影が、その矛先をセンカ自身へと向ける。

 それを恐怖に満ちた眼差しで見つめるセンカ。

 そして――

 


「案ずるな。俺は全ての人々を尊く思っている。その人々の中には当然、お前も入っているのだ。今の貴様は未熟だが、いつの日か雄々しく羽ばたけるかもしれん。覚えておけ。貴様が立ち上がる事を諦めない限り、道は途絶えない。だが、己も己の道を途絶えさせるわけにはいかんのでな。悪いが邪魔だ。今は……眠れ」


「あうっ――」


 そうしてセンカは自身の生み出した影に後頭部を強く叩かれ、気を失った。


 この間、数分も経っていない。

 勝者であるウルウェイはおごる事もなく、世間話でも交わすかのように俺へと再び語りかけてきた。


「さて――影の娘のせいで話が脱線してしまったな。あぁ、そうだ。ラースよ、貴様の事だからもう察しているかもしれんが、己は貴様らに危害を加える気はない。先ほども、己は降りかかる火の粉を払っただけだ。ゆえに、己を恨んでくれるなよ? 模倣もほうという真似事だけの己にそこの魔女(ルゼルス)と狂人(ルールル)二人は荷が重いのでな」


 決して敵意はないと両手を上げて見せるウルウェイ。


 敵意がないなんて……そんなの当然、分かってるっての。

 そう確信してなかったら今の攻防。俺は激痛に体が悲鳴を上げていようが、センカの手助けをしてただろうしな。


 そう考える俺の顔色を見て、ウルウェイが『ほぉ』と感心したように声を上げる。


「貴様……予想以上に耐えるな。己の予想では激痛に思考すらも飛ぶと思っていたのだが……痛みそのものに慣れたか。なんにせよ、ゆっくりしている暇はなさそうだ。貴様らに伝えるべき事だけ伝えて己は去ろう」


 そうして、ウルウェイは一方的に話を続ける。


「己は幾度も自身の限界を超えてきた。ゆえに、制限された物には敏感でな。封印……あるいは制限されているものを解放する事にも長けている。これは技能でいう所の『観察眼EX』だと思うが……まぁいい。それによって貴様を見た所、なにやら力が制限されていると感じたのだ。ゆえに先ほど、己はその制限された力を少し解放させた。貴様の肉体がギリギリ耐えられると己が判断した所までな。まぁ、どんな力が発現するかは己にも分からんが、貴様ならそう悪用する事もあるまい」


 他人(俺)の限界をも無理やり突破させた……って事か?


 そんな力はウルウェイにはなかったはずだが……いや、こいつは部下に頼らず全て一人で何とかする感じのラスボスだったからな。そういう描写がなかっただけで実際はそんな能力を持っていたのかもしれない。


 しかしなるほど。つまりこの痛みはウルウェイがギリギリ限界まで俺の能力を無理やり引き上げた事による副作用ってやつか。

 確かに永続召喚ボーナスで無理やり肉体が強化させられている痛みにこれは……近い。




「己は貴様に『己は貴様の邪魔になるような事はせん。この力……貴様の利となるよう、そして人々の為に使わせてもらおう』と告げただろう? こうして貴様の力を解放してやった。これが貴様に利する点だ」


 ウルウェイは『ゆえに――』と続ける。


「ゆえに、己を自由にしろ。先ほど語った計画の通り、無茶はせぬし此度は諌言にも耳を傾けよう。それに己はこの人間の国で人類の外敵である魔物やダンジョンの主を全て滅するつもりだ。これは貴様にとっても悪い話ではないだろう? MPが勝手に集まるのだからな」


 次々と俺にメリットを提示し、ゲーム時代のような無茶はしないと俺に向けて説明するウルウェイ。

 よほど俺たちを警戒しているんだろう。


 しかし、邪魔だからと言って俺たちを排除するのも難しいし、一度宣言した自分の言葉は曲げられないウルウェイ。

 そんな奴にとっての最善は、俺たちに自分を諦めてもらう事――って所か。


 ひとしきり語り終えたウルウェイは『以上だ』と言って俺たちに背を向ける。


「ここで引き留められるのも面倒でもあるし、己はおいとまさせて頂こう。人間の王であるアレイス・ルーデンガルヴにも話を通しておかねばならんしな。ああ、そうだ。己と連絡を取る方法は後日、こちらから伝達しよう。それまではアレイス・ルーデンガルヴ伝いに連絡を取り合う事とする」


 俺が痛みで声も出せない事をいい事に颯爽と立ち去るウルウェイ。

 悔しい事にその行動は大正解だ。

 なんせ、俺は動けるような状態であれば必死にあいつをここに留めたかもしれないからな。

 俺はラスボスの意志をそこそこ尊重する。あいつが無茶せず、好きにやりたいと言うなら放っておいてもいいかとも思う。

 だが、それと同じくらいラスボスの活躍を間近で見たいという想いもあるのだ。


 束縛したくないという想いと、束縛して眺めていたいという想いが半分半分。

 それをウルウェイも察していたのだろう。だから俺の答えを待つことなくこの場を去った。

 近くに居るからこそ束縛したいという想いが湧くのだ。こうして去られてしまえばラスボスの意志を尊重したいという気持ちの方が強くなる。


 そうして――俺が永続召喚したウルウェイは俺たちの前から姿を消した。






 この世界にかせのないラスボスが解き放たれたのだ――







★ ★ ★




 ――その後


 激痛が収まり、無事生きていた俺は亜人国へと向かう前にその旨を王様へと手紙に書いて送ることにした。向こうにとって一大事だからな。

 あの王様の事だ。きっとウルウェイの事だってうまく使ってくれる……だろう。きっと……うん、きっと大丈夫さ、多分。うん……一応追伸で『あまりにも非道な事をやっているようなら止めに行くからその時は任せてくれ』と付け加えておこう。


 手紙を出した俺は王様の居る方角に向け『ごめん』と手を合わせた後、みんなで亜人国へと向かった。






 王様……マジごめん。ウルウェイは俺達以上に厄介者だと思うけど、どうか仲良くやってくれ。




★ ★ ★


 これにて二章終了です!

 ここまで読んでくださりありがとうございました。最後は少しダラダラしてしまったかも?

 三章は『亜人国編』という感じで続くと思います。(未定です)

 それと、活動報告にも記載しますが、例の如くまたストックが尽きてしまったので多分一か月くらい投稿休みます(一章の最後みたいに登場人物紹介はやると思われます)。

 ストックが貯まったらまた毎日更新しようと思いますので、よろしくお願いいたします!

 

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