第56話『センカとルゼルス-4』


 ――センカ視点




 きっとそれは――


「カッコイイからです」

 

「………………かっこ……いい?」


「はい」


 茫然とするルゼルスさんに、私は続けます。


「そんな大変な目に遭ったら、復讐なんか決意することなく壊れちゃうのが普通だと思います。もちろん、復讐が良い事だなんてセンカなんかには言えません。でも、一つの事に執念を燃やすルゼルスさんの物語が……復讐を果たしても世界を平和にするために世界を壊すと言うその思想が……間違っているかもしれないとは思うものの、カッコイイと……そうセンカは思ってしまったんです」


「………………」


 ルゼルスさんはセンカの感想に対し、何も言ってくれません。


 何か失礼な事を言ってしまったかな?

 センカはそう思って自身の発言を振り返ってみます。


 悲惨な過去を話してくれたルゼルスさんに対し、センカは『あなたのようになりたい』と答えて……あれ? これ、もしかしなくても失礼すぎませんか?


 かなり遅れてその事に気付いたセンカは手をわたわたと動かして先ほどの無神経すぎる発言を謝罪します。


「え、えっと……ごめんなさい! 不愉快ですよね。センカなんかがルゼルスさんみたいになりたいだなんて。それに、ルゼルスさんが思い出したくもない過去を語ってくれたっていうのに筋違いにも程がある感想しか言えなくて……本当にごめんなさい!!! それとそれと――」


 そう言いながら、続く謝罪の言葉を考えていると――


「くすくすくすくすくす。あははははははははははは。アハハ。アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」


 ルゼルスさんが思いっきり笑い始めました。

 ルゼルスさんはよく笑いますが、今回は本当にいっぱい笑っています。お腹まで抱えての大爆笑です。


「あははははは。はは。まさか災厄の魔女であるこのルゼルス・オルフィカーナの過去を聞いて『カッコイイ』だなんて感想が出てくるなんてね。正直、全く予想していなかったわ。くすくすくす。あぁ、センカ、あなた本当に面白いわね」


「ご、ごめんなさい」


「別に謝らなくてもいいわよ。ただ……最初にも言った通り、私はあなたにはそのままで居てほしいわね」


「ルゼルスさん……」


「全てを憎むのはとても疲れるのよ。あの頃の私は憎しみを振りまく正真正銘の魔女だった。あんな救いようのない女……今後生まれないに越したことはないと私は思うわ」


「で、でも……話を聞く限りそれは仕方のない事で――」


「くすくす。ありがとう。でも、やはり罪は罪よ。全てを自分で背負い込んで自分も周りも傷つけながら前へと進む。あなたがそれをカッコイイと思ってくれているのは理解したわ。でも、その道に救いなんてない。目指すべきものなんかでは絶対にないわ」


 今までの足跡を思い返しているのか。ルゼルスさんは断言します。


「……」


 そう言われたら……センカには何も言えません。黙るしかありません。

 ルゼルスさん生きてきた苦難の日々。それを少ししか聞いていないセンカなんかが口を挟むべき領域ではないと思うからです。


「だから、私はセンカには今のままで居て欲しい。私のたどり着けなかった幸福にあなただけは辿り着いてほしい。私はそう願っているわ」


 決して届かない天の星を掴む子供のように……届かない何かを焦がれるような表情を見せるルゼルスさん。


 ――でも。

 それでも……センカにとっての幸せは――


「で、でもラース様はルゼルスさんの事しか見てないですし、だからセンカはルゼルスさんのようになりた――」


 今のセンカではラース様に振り向いてもらえない。

 だからセンカはルゼルスさんのようになりたい。

 そう宣言しようとするセンカでしたが――


「ああ、それね。センカ……私はあなたなら私のようになれると言ったけれど、ラースに振り向いてもらうために私のようになりたいと言うならそれは土台無理な話よ」


 その想いは叶わない。

 ルゼルスさんがそう断言してきました。


「な……どうしてですか?」


 私がルゼルスさんのようになればラース様に振り向いてもらえる。

 そう思っていたのに……それが叶わない?

 その理由を、ルゼルスさんは語ります。


「私という……ルゼルス・オルフィカーナという魔女は大事な物をすべて失い、この世の全てを呪って数百年の時を過ごした少女の成れの果てよ。それはさっきの話で理解できたでしょう?」


 センカは黙って頷きます。それに関しては承知しています。

 ルゼルスさんはそんなセンカの反応を確認しながら……確信を告げてきました。


「あなたが私の境地に至るには、大事な物を全て失わなければならない。でも、あなたの大事な物の中には少なくともラースの存在があるでしょう? 彼に振り向いてもらう為に彼を失わなければならない……あなたはそうまでして私のようになりたいのかしら?」


 そうして、ようやくセンカはルゼルスさんの言いたいことが理解できました。

 ああ、なるほど。それは確かに。

 センカは少しだけ言いずらそうに……だけどハッキリと答えを告げます。


「それは……えっと……絶対に嫌ですね」


 そう、そんなのは絶対に嫌です。

 だって、センカがルゼルスさんのようになりたいと願ったのはラース様やルゼルスさんが大好きだからなんですから。

 ルゼルスさんのようになるために、その二人を失う事になるなんて絶対にご免です。それこそ本末転倒と言う奴ですし。


「くすくす。私はあなたにはあなたのままで居て欲しいと願っているのだからそんなに言いづらそうにせず『嫌です!』と声高に言ってもいいわよ」


「いえ、さすがにそれは――」


 今更かもしれませんが、それはとってもルゼルスさんに悪い気がするので無理です。

 そんな私に、ルゼルスさんは少し真面目な顔で告げてきます。


「センカ……あなたはその好きだっていう気持ちを大事にしなさい。ラースがあなたに応えてくれるかどうかは私にも分からないけど……ね」


「そう……なんですよね。ラース様……どうしたら応えてくれるんでしょうか? センカは二番目でも三番目でもいいんですけど、ラース様ったらルゼルスさんが居るからの一点張りで……」


「そうねぇ。私も他の子を愛してもいいって言っているのだけど……」


 そうしてシリアスだったムードはどこへやら。いつの間にかセンカの恋の相談へと話題が切り替わっていました。


 そうして悩む中――ルゼルスさんが何かを思いついた様子でくすくすと笑いながら顔を上げます。

 そうして彼女の出した案は――


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