第55話『センカとルゼルス-3』


 ――センカ視点



「そうして魔女としての力を手に入れた私……ルゼルス・オルフィカーナは容易く十字軍を滅ぼした。でも、彼女の心には闇が広がるばかり。死ぬことも出来ない彼女は十字軍を生んだ教会を滅ぼすことを生きる目標にしたわ。そうして教会を相手にしながら長い時を生き、数多の惨劇を見て……彼女は自分が生きる意味を見出した」


「生きる意味? 一体どんな――」


偽神ヤルダバオートによって創られし現世じごくを破壊し、浄化する。憎しみの連鎖は終わらない。ならば魔女である自分が人類を根絶やしにすることで一度世界をリセットする。それこそが自分が生きる意味なのだと……そう彼女は考えた。そうすることで真の理想郷が姿を現すのだと信じてね」


 ルゼルスさんは即答しました。

 いつもの冗談めいた口調ではなく、執念すら感じさせる迫力が今のルゼルスさんにはあります。

 その迫力に、センカは一瞬怯んでしまいました。


 そんなセンカの反応に対し、ルゼルスさんはくすくすと笑う。

 気づくと、張り詰めていた空気が少し緩んでいました。


「安心しなさい、センカ。今の私はラースの知識を得ているからそんな野望は抱いていないわ。それに、ここは私が居た世界とは異なるのだしね。外様とざまの私がこの世界に引導を渡すのは筋違いというものよ」


「そう……ですか」


 少しだけ、安心した。

 ルゼルスさんがこの世界を破壊しようとしてそれが出来るのかはセンカ程度には分からない。

 でも、ルゼルスさんがその気になれば必ずラース様もそれに協力するだろう。

 そうなったら誰も二人を止められない。世界の終焉だ。


 センカは……この世界が好きだ。

 もちろん、今まで辛い事は沢山あった。


 両親には裏切られた。

 多くの人間種に蔑まされ、役立たずだと罵られた。

 時には死にそうな目にもあった。


 そのままなら、センカもルゼルスさんのようにいつか教会を恨むようになっていたかもしれません。

 でも、センカはラース様と出会えました。


 そうしてラース様と過ごすことで……センカはこの世界の事を少しだけ好きになれたんです。


「ルゼルスさんは……」


 ルゼルスさんの話を聞いて、自分がいかに恵まれているのか知ったセンカ。

 ですけど、少し不思議に思った事があって自然と口が開いていました。


「ルゼルスさんは……なんでセンカにそんな事を話してくれたんですか? 今の話はルゼルスさんにとって、思い出したくもない過去ですよね?」


「そうね」


「それなら……どうして?」


 ルゼルスさんの過去。

 それは予想を遥かに超えて凄惨で、救いがなく、絶望でした。



 だからこそ不思議なんです。


 なんでそんな話をセンカにしてくれたのか。

 ルゼルスさんにとって語る事も苦痛なはずの過去をなぜセンカに明かしてくれたのか……そこだけがどうしてもわかりませんでした。 


 ルゼルスさんが空を見上げ、どこか儚げにポツリと呟きます。


「さぁね」


 それがセンカの問いに対するルゼルスさんの答え。

 ルゼルスさん自身も、なぜ自分の過去をセンカに話したのか整理がついていない……といった所なんでしょうか?


 ルゼルスさんは続けて語ります。


「なぜ私が自身の過去をあなたに語ったか……くすくす、本当にどうしてなんでしょうね?」


 自分でも不思議なのか、軽く吹き出すルゼルスさん。

 そうしてルゼルスさんは少しだけ「うーん」と唸ったあと、口を開きました。


「そうね。強いて言うならば……なんとなくあなたには私の足跡を語っておきたいと思ったから……かしらね。昔の私と少しだけ似ている境遇にあったあなたには語っておきたいと……そう思ったの」


「そう……ですか」


 ルゼルスさんは『センカは昔の自分(ルゼルス)に少し似ている』とよく言います。


 センカも、ルゼルスさん程ではないにしても多くの人間から蔑まされ、非道な行いをその身に受けてきました。

 今にして思えば、ルゼルスさんがセンカを過去の自分と重ねていたのはこの点だったのかもしれません。


 昔のルゼルスさんはその非道な扱いを憎み、世界へとその憎しみを向けた。

 対してセンカは非道な扱いを自身のせいだと責めた。


 当時のルゼルスさんとセンカで大きく違っているのはそれだけこの点だけだとルゼルスさんは考えたのかもしれない。。

 たったどれだけで、それでもとても大きな違い。

 センカは――


「センカは……ルゼルスさんのようになれるんでしょうか? センカにとってルゼルスさんは憧れの女性です。それは、今の話を聞いても変わりません。いえ、今の話を聞いてより尊敬するようになりました」


 ぽつりと……センカはそんな事を口にしていました。


「なれる……でしょうね。私は望まないけれど、センカなら道筋次第できっと私のようになれる。ただ、解せないわね。私は今の話を汚らわしいと嫌われる覚悟で話したのに……尊敬? あなたもラースと似たようなラスボス大好き思考になってしまったのかしら?」


「いえ、さすがにアレほどじゃないです」


「じゃあ、どうして?」


 本気で分からないと言った様子で首をかしげるルゼルスさん。

 あぁ、今の話を聞いて、なんでラース様がルゼルスさんを好いているのか。なんとなく分かっちゃいました。

 ラース様はルゼルスさんに助けられたからルゼルスを愛しているのだと前に言っていましたが、それよりも以前からラース様がルゼルスさんを好きだったと言います。

 そこには何か理由があるはずです。その理由が……今、分かりました。


 それはきっととても馬鹿げた答え。

 だけど、私もルゼルスさんのその生き様を聞いて思ったこと。


 きっとそれは――


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