第61話『告白の行方』


「くすくすくす。そんなに驚かなくてもいいじゃない。三年前の約束……まさかラースまで忘れてしまったというの?」


 三年前の約束というと……アレか。


「そんな訳ないだろ。一言一句きっちり覚えてるよ」


 三年前、ルゼルスと交わした約束。

 忘れるはずもない。なぜなら、俺はそのために今日まで頑張ってきたと言っても過言ではないのだから。


「そう、良かった。だけど、アレに一つだけ条件を付けるわ。それさえ飲んでくれるのならこの体、好きにしなさい」


「いや言い方!? その言い方だと俺がルゼルスの体にしか興味がないクズ男に聞こえるんだが!?」


「あら、違うの?」


「違うけど!?」


 一体、今まで俺をどんな目で見てきたと……いや、俺の心の内なんて殆どルゼルスに知られているはず。つまりは――これ、からかわれてるな。


 その証拠にルゼルスは玩具おもちゃを与えられた童女のようにくすくすと笑っている。ちなみにこの場合での玩具おもちゃとは俺の事だ。泣けてくるね。


 ただ、ルゼルスが何を要求するにしてもこれだけはハッキリさせておこう。


「一応言っておくけどなルゼルス。センカを受け入れろっていう要求なら受け付けないぞ? 確かに俺はルゼルスが好きだから三年前に交わした約束『ルゼルスが俺を男として愛するようになったら結婚しよう』ってのが果たされるんなら嬉しい」


 俺はそこで『だけど――』と繋げる。


「だけど、それで俺が何も考えることなくセンカを受け入れるのはいくらなんでもセンカに悪いだろ。俺はセンカをルゼルスのおまけとして扱う気はないしな。一人の女の子として見てる。……あ、いや、今のは浮気宣言じゃないぞ?」


 後半、少しセリフ回しが浮気野郎になっていたのでそこだけ念を押す。

 だが、それを聞いたルゼルスはなぜか少し呆れ顔だ。


「はぁ……全く――誰もそんなこと望んでないでしょうに。そもそも、今の私とラースの関係は召喚者と被召喚物でしょう? 浮気もなにもあったものじゃないわよ」


「いや、まぁ、それはそうなんだが」


「まぁそれは置いておくとしましょう。安心なさい。私だってあなたに無理やりセンカを受け入れてもらおうだなんて思っていないわ。あなたの言う通り、それじゃあセンカが可哀想だもの」


 ああ、さすがにそこは俺と同じ考えか。

 そりゃそうか。そもそもルゼルスは俺以上にセンカの幸せを考えてるんだし、そんな提案をするわけもない。


「あ、あのぉ……センカとしてはルゼルスさんのおまけでもラース様と一緒に居られればそれでいいのですが――」


「「それはダメ(だ)(よ)!!」」


「ひぅ! ご、ごめんなさい!」


 自分を低く見るセンカの発言に本気で怒る俺とルゼルス。

 なぜか先ほどまで圧倒的優位だったセンカが押されているというちょっとおかしな状況。

 まぁ、それだけ俺たちがセンカを大事に想っているという事……かな?


「こほん。少し脱線してしまったわね。ラース、私があなたに要求するのは……『私を理由にセンカの好意を拒まない事』よ」


「なぬ?」


 一瞬、ルゼルスが何を言っているのか分からなくて首をかしげる。

 だが、俺が内容を理解するよりも先にルゼルスが補足の説明をしてくれた。


「私はね、ラース。あなたの事で一つだけ気に食わないことがあるわ。それは、センカの想いを無下にしている事じゃない。この私――ルゼルス・オルフィカーナを理由にセンカの想いを無下にしている事。その事だけが少しだけ……そう、少しだけ腹立たしいの」


「そんな事――」



「『そんな事はない』だなんて言わせないわよ。センカがいくら迫ってもあなたときたらいつもいつも『俺にはルゼルスという愛する女性が居るから』と拒んでいるじゃない」


「それは――」


「事実だから仕方ない? ええ、それに関しては少し嬉しく思うしいいでしょう。けれど、センカの想いを拒むのならば自分の理由で拒みなさい。そもそも、私が『構わない』と言っているのだから私の名を理由にしないでほしいわ。私はハーレムがダメだとは思っていないし、あなただってハーレムが好きでしょう?


「いやまぁ……ハーレムは男の夢ではあると思うけどさすがに常識的に考えて――」


「ハッ――今更あなたが常識を持ち出すの? それこそ何かの冗談でしょう? 非常識なあなたにはハーレムが丁度いいわ。考えてもみなさい。ラスボスを統べる王が清く正しい交際をする……これをどう思う?」


「すげぇ。そう言われると滅茶苦茶違和感がある」


 好き放題やってるラスボスを統べる王様が一人だけ清く正しく生きてる姿をイメージしたが、滅茶苦茶違和感があった。不思議。


「くすくすくす。そうでなくちゃね。それじゃあ今度こそ私の名を出さずにセンカの想いに対し、答えを出しなさい。決して自己満足の為にセンカを利用しないように。もしそうなったら私は本気で怒るわ」


「自己満足?」


「ええ、そうよ。あなたはずっと私の名を出してセンカの想いを拒んでいた。そうする事であなたは私に対する愛を示していた。その為にセンカの好意を無下にして利用していた。そういう側面も少しはあったでしょう?」


「!?」


 確かに……言われてみれば思い当たる節があるような……。


 意図してそうしたつもりはないのだが、俺はルゼルスへの愛を示すためにセンカに対して少しつれない態度を取っていたかもしれない。


 それは……決して信頼している仲間への態度ではない。恥ずべき点だ。


「ふふっ、いいのよ。無意識下の事でしょうしね。怒らないわ。だけど、これで逃げ場は封じた。だからラース、ここでハッキリさせなさい。振るなら私の名前を一切出さずに振るの。………………でも、もしあなたが少しでもセンカを女として見ているのなら……センカの事も愛してほしいわ。これは要求じゃなくて私の願望だけれど」


「……あぁ、分かったよ」


 俺はルゼルスの想いに応えるようにして、センカと向かい合う。



 しかし……こうして改まって向かい合ってみると、やはりセンカは可愛いな。



 サラサラと流れる銀の長髪。

 白磁はくじのように白い肢体。

 それとは対照的に、無垢な人形のように整った顔立ち。

 その澄んだ翡翠の瞳の色。


 とても可愛らしく思える。

 夜の闇の中にあるからか、銀髪が輝いても見えてとでも綺麗だ。


「ラース様……」


 酒が回っているせいか、それとも別の理由からか、センカは顔を真っ赤にしている。

 センカは元々肌が白いから、光があまりないこの場においても赤くなっているのがすぐに分かるんだよなぁ。


 そんな状態で、彼女は瞳を潤ませながら――――――告げる。



「私は………………ラース様を愛しています」




「――っ」


何度かそれとなく聞いた告白。

だが、こうやって面と向かって真っ直ぐ気持ちを伝えられた事があっただろうか?

センカの気持ちは知っていたはずなのに、思わず後ろに下がりそうになる。

 もっとも、心情的な意味でだ。ベッドで横たわっている俺が後ろに下がるも糞もない。


「あの日、ラース様はセンカを助けてくれました。そして、センカの世界を変えてくれたんです」


 あの日。

 センカが言うあの日とは、俺がセンカの技能に釣られて強引に宿へと連れ込んだ日の事だろう。

 そうして影使いとしてのお前が欲しいと必死に口説いて――


「そして、ラース様は自分に自信がないセンカを必要だと……センカを俺の物にしてやると……熱烈に告白してくれました」



「ん?」


  いや、待て。

 そんな事を言った覚えは……ない?

 あれ? ないか?


 そんな事を言ったような気がしなくも……ない?


 過去を振り返る俺だが、なにせ三年前に発したセリフだ。そう簡単に思い出せるものじゃない。

 そんな俺の様子を見てセンカが「はぁ……」とため息をつく。


「残念ながら愛の告白じゃなかったみたいですけどね。センカの能力を見込んでの発言だったんだと後で分かりましたけど、誤解しか出来ない発言でしたよ?」


「あー」


 センカを仲間に引き入れた時、俺はそんな言葉選びをしていたのか。

 そう言われれば……うん。確かにそんな事を言っていたような気もする。


 あの時はただただ必死だっただけなんだが……だからこそ言葉選びを盛大に間違えてしまっていたようだ。

 それが愛の告白のようになってしまってセンカに勘違いさせてしまっていたと……。うん、これは完全に俺が悪いな。


 非を認めた俺は素直にセンカに謝る。


「マジか……。悪い。そんなつもりはなかったんだが……」


「いいですよ別に。鈍感系ハーレム主人公のラース様に恋愛方面で何かを期待するのは無駄だって嫌と言うほど分かってますし」


 あっさりと許してくれるセンカ。

 だけど、これは許してくれたというより、もともと諦められてただけのような?


 しかし……ちくしょう。何も言えねえ。

 非がこっちにあるから本当に何も言えねえ。



「勘違いだったとはいえ、あの時……センカはとっても嬉しかったんです。あの時のセンカは自分の事をごみ屑だと思ってました。生きる価値なんてない。ただ、息を吸って吐くだけの肉の塊。そんな自分に価値なんてあるわけがない。本気でそう思っていたんです。でも――」


 そう言って、センカが真っすぐ俺を見つめてくる。


「ラース様が、そんなセンカを必要だって言ってくれました。愛の告白じゃなかったのは残念ですけど、それでもセンカはあの時、救われました。センカは生きていいんだって。ラース様の傍で生きていいんだって。ラース様の為に生きていいんだって思えたんです。そして……センカ自身もラース様の為に生きたいって――そう思えたんです」


「――――――」


 今度こそ……何も……言えない。

 俺の言葉がそんなにもセンカ自身に影響を与えていただなんて思ってもみなかった。


「もしラース様に会えてなかったら……センカはどうなっていたか分かりません。もしかしたら理不尽に塗れたこの世界を呪ってこの世へと復讐を誓っていたかもしれません。それこそルゼルスさんのように――」


「ルゼルスが自分の過去を話したのか!?」


「はい」


「そう……か」


 意外だ。

 俺だってルゼルスの過去は知っている。ゲームの本編でも軽く触れられていたし、彼女の設定資料にも目を通した俺だ。知らないはずがない。

 しかし、あの凄惨な過去をあのルゼルスが誰かに話すとは……意外だ。


 それだけルゼルスはセンカに入れ込んでいるという事か。


「センカは今、とっても幸せです。でも、センカは少し欲張りになっちゃいました。自由に行動するラース様みたいに、センカも少し勇気を出してこれ以上を望みたいと思うんです。だから――」



 そう言ってセンカが俺の手を取る。


「だから――ラース様。お願いします。センカをずっとそばにおいてください。そして、叶うならば――あの日、センカを救ってくれた魔法の言葉をもう一度言って欲しいんです」


「魔法の……言葉?」


「はい。センカの事を必要だって……俺の物にしてやるって……あの日、センカを救ってくれた言葉をください。今度は勘違いなんかじゃなく、本当の意味でセンカを愛しているという意味で言って欲しいんです。それがセンカが望む……たった一つの宝物です」


 ああ――これはダメだ。


 俺にはルゼルスが居るから。


 そんな言い訳も今は使えないし、仮に使えたとしても使いたくないと俺は思ってしまった。


 俺はこの子に……センカのこの想いに応えたい。そう思ってしまったのだ。


 そもそも、俺は元からセンカの事が結構好きだった。


 人として、仲間として。

 だけど、もしかしたら異性としても好きだったのかもしれない。

 そんなセンカを今まで拒んでいたのは、それ以上に愛しているルゼルスが居るから。


 彼女への愛を示し続ける。一途であるべきだと俺が思ったから彼女の想いを拒んでいたにすぎない。

 だけど、その想い人であるルゼルス当人も一途である必要なんてないと言う。


 なら、センカを拒む意味なんてちっぽけなもので。

 それこそ、さっきルゼルスが言っていた俺の自己満足でしかなくて。


 なら――拒む意味なんてない……か。



「――センカ」


「はい」


 俺はセンカをまっすぐ見つめて、本心を吐露する。


「俺は誰よりも何よりも……そしてお前よりも……ルゼルスが好きだよ」


「はい、知ってます」


「この世界でルゼルスは俺を支えてくれたからっていうのもあるけどさ……多分、そんなの関係なしに俺はどうしようもなく彼女に惹かれてしまうんだ」


「はい、分かってます」


 そんな事は既に知っている。

 そんな事は既に分かっている。

 そう即答するセンカ。


 そして――


「そんな俺で……いいのか?」


「そんなラース様だからいいんです♪」


 こんな最低の質問にも彼女は笑顔で即答する。


「ラース様の一番になりたい気持ちがないと言ったら噓になります。けど、やっぱりセンカにはラース様以外の人なんて考えられないんです」


「そう……か」


 ちらりとルゼルスの方を見る。

 彼女はどこか眩しそうな表情を見せながら、それでもハッキリ頷いた。

 だから――


「センカ」


「はい」


 俺は――


「俺には……センカ、お前が必要だ」


「――」


 センカがその可愛らしい瞳を目いっぱい広げる。

 それでも、いや、だからこそ続ける。



 三年前のあの時、俺はセンカの技能だけを欲して彼女を口説いた。

 センカ曰く、とても情熱的な告白だったと言う。


 なら――今からする本物の告白がそれに劣るわけにはいかない。

 最初の勘違い告白の方が印象に残っているなんて事がないよう、思い出補正や初めて補正なんかを凌駕するくらいに熱烈に告白する。


 それが――俺の示せる精一杯の誠意。

 そう考え、俺は勢いよく立ち上がって再度、先ほどの言葉を繰り返す。


「センカぁ!! 俺にはお前が必要だぁぁぁ!!」


 繋がれたセンカと俺の手。

 センカから握られていたそれを、今度は俺からしっかり握る。

 強すぎるくらいに。痛すぎるくらいに。


「俺はお前の全てが欲しい! ずっと――ずっとずっとずっとずっとずっと傍に居ろ! 離さない、離してやるもんか! お前がなんて言ったって俺の物にしてやる! そういう覚悟だ」


 ああ、そうだ。

 彼女にとって俺がかけがえのない存在であるように。

 俺にとってもセンカはもうかけがえのない存在だ。


 センカ無しの生活なんて考えられないのだし、もう想像すらできない。

 ただ―― 


「ただ――何度も言った通り、俺の中の一番はルゼルスだ。その事でセンカは今まで傷ついてきただろうし、これからも傷つける事になるだろう。だから、そんな無理は言えない……よな。でも――」


 そう言って――俺は強く握っていた彼女の手を解放する。

 そして――そのまま手を彼女に向かって差し出して言うのだ。


「それでも良ければ……この手を取ってくれ」


 そう最期を締めくくる俺。


 ああ――しかし――情熱的に告白するって決めたのになんでルゼルスの事を挟んじまうかなぁ。

 でもまぁ……しょうがないだろ。情熱的に心の内をぶつけてたら勝手に漏れたんだから。


 内心、そう自嘲する俺。

 そして……センカは――


「はい」


 俺の手を取り、満面の笑顔を浮かべた。

 ポロポロと涙をこぼしながら、それでも彼女は笑っていたのだ。

 流れる涙を拭う事もせず、彼女は俺の手を取って応えた。


「不束者ですが……よろしくお願いします。ずっと……ずっと一緒ですよ?」


★ ★ ★


 かくして――俺とセンカの関係が『仲間』から『恋人』へと変化した。


 そして、ついでと言うか本命なのだが……俺とルゼルスの関係も『仲間』から『恋人』へと変化した事をここにお知らせしておく。


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