第60話『迫るセンカ』
謎の厨二少女との邂逅を終え、俺は宿の自室へと舞い戻った。
変わった少女だったが……おそらくもう会う事はないだろう。明日にはこの国から出るわけだし。
「でもまぁ……おかげで少し満足できたかな。ある意味良い思い出になりそうだ」
ある程度今まで抑えていた厨二魂を出し切ったおかげか、はたまた夜風に当たったおかげか。少しだけ落ち着けた……ような気がする。
「さて……それじゃあ寝るか」
俺は自室のベッドにて仰向けになって目を閉じる。
そうして明日に備えて睡眠をとり始め――
「そうですねラース様。そろそろ一緒に寝ましょう」
……………………………………ん?
なにか……とてもよく知っている子の声が……聞こえたよ?
それと同時に感じる柔らかな重み。
目を開けるとそこには――
「セ、センカ!?」
「はぁーい。センカでーす。――ひっく」
暗闇の中、どう見てもべろんべろんに酔っているセンカの姿があった。
「おまっ、どうして――」
どうして俺の部屋に居るのか。
どうして酔っているのか。
どうして寝ている俺の上に跨っているのか。
聞きたいことが溢れて口からも『どうして』という言葉しか出てこない。
センカは『え~~』と満面の笑顔でそれに答える。
「分からないんですかぁ~? ら・ぁ・す・さ・ま~♪ これは夜這いですよぅ。この国から出る最後の夜。ラース様の貞操を頂きにこのセンカ、ただいま参上です♪」
こいつ誰?
申し訳ないが、目の前のセンカを見て一瞬本気でそう思ってしまった。
あの常に冷静で的確な判断を心掛けているセンカらしくもない乱れっぷり。酔いとはここまで人を変えるのかと少し驚いてしまう。
「それじゃぁ失礼して~~」
あまりのセンカの猛攻に呆然としている俺だったが、彼女が俺の服に手をかけた所で正気に戻る。
「いやいやいやいやいや。なんだその怪盗じみた夜這い!? っていうかもう少し自分の体は大切にしろ? な? それに俺にはルゼルスという愛する人が居るからセンカの気持ちには答えられないと何度も――」
「そんなの知ったこっちゃないです」
「即答!?」
「センカは子供が十七人くらい欲しいです」
「果てしない未来を見据えてらしゃる!? っていうか多すぎるわ!! もう少し自重しろ! ってかさっきから思いっきり酔いやがって。いつの間に酒なんか飲んだんだよ!?」
「? 何を言ってるんですかラース様? ラース様だって既にお酒が入っているじゃないですか」
「俺? いや、俺は酒なんて今世に生まれて未だ一度も手をつけていないはずだが……」
「いえ、絶対にお酒は入っていますよ。なにせ、今日の夕食の至る所にお酒を混ぜ込みましたからね」
衝撃の事実である。
だが、おかげで得心がいった。
「道理で体が少し火照ってるなぁと思ったよ! これ、酒のせいか」
道理で夜風に当たりたくなったわけだ。
そしてテンションに任せて厨二ごっこまでして……あれは全部酒のせいだったんだな!
そう納得する俺に対し、センカは真面目な顔で告げてきた。
「いえ、それは多分……恋ですよ」
「いきなり真面目な顔して何言ってんの!?」
酒を仕込んだ加害者が妄言を仰られていた。
「くふふふふ、もう、ラース様ったらぁ。新しい女の子を次から次へと呼び込んで……。さっきの子も可愛かったですねぇ。それに、とっても楽しそうでした」
「見てたの!? いつから!?」
少し前の名も知らぬ美少女との厨二ごっこ。アレをセンカに見られていたらしい。
しかし、いつからだ? 周囲には十二分に気を配っていたはずだが。
「もちろんラース様がこの部屋の窓から出ていく時からですよ? そのまま寝ているか、扉から出るかしてくれれば今頃――じゅるり。とにかく、まさかの窓から出ていくんですもん。センカ、急いでラース様の影の中に隠れちゃいました♪」
どうやら最初から最後まで全部見られていたらしい。
だが、数時間前の俺よくやった。そのまま寝ていたら大変なことになっていたらしいぞ。いや、どっちにしろ今、大変なことになりつつあるから変わらないかもしれないが。
とにかく何か言い訳しなければ。
俺はあらぬ浮気をかけられた醜い中年男性の如く必死に弁解する。
「いや、あれは違うんだよ。あれは本当に知らない奴で――」
「? あぁ、大丈夫ですよラース様。センカは多分誤解なんてしてません」
しかし、俺が言い訳するまでもなく、センカは誤解なんてしていないと言う。
ラブコメの定番に習うならば、これは『誤解なんてしていない』と言っておきながら思いっきり誤解しているパターンだが――
「宿屋を出てお酒で火照った体を夜風に当たって冷ましながら格好つけてたら知らない女性が出てきちゃったんですよね? それでたまたま話が合って訳も分からないまま別れた……と。センカとしてはこういう解釈だったんですけど間違ってましたか?」
「うん、間違ってない。間違ってないけど超怖い」
かつて、これほどまでに夫の心を完全把握している妻が居ただろうか(いや、俺とセンカは夫婦でもなんでもないけど)。
正直、これなら普通に浮気を疑われて嫉妬の炎でも燃やしてくれていた方が良かったかもしれない……なんて思ったりもしてしまう。
「ラース様は素敵ですからぁ! いーっぱい女性が寄ってきてもいいかなぁと思ってましたよぉ。ルゼルスさん以外の女の人にも愛を向けてくれたらセンカにもワンチャンあるかなぁと思ってぇ!!」
「うん、センカ、落ち着け? 俺のせいかもしれないけど口調がらしくないぞ?」
酒が入っているせいかいつもより激しいセンカ。
彼女は酔いに任せて抱えていたらしいものをぶつけてくる。
「でも……同じくらい不安なんですよ。センカが沢山の女性の中の一人でしかなくなってしまうのが。いつかラース様に捨てられちゃうんじゃないかって……たまに不安になります」
「センカ……」
そんな事を思ってたのか。
正直、その不安は見当違いだ。
センカは既に俺の中で大事な子として外せない者になっている。それはセンカ自身にも伝えたはずだ。
だが、それでも自信がないのだとセンカは言う。それは、今まで役立たずと言われてきたがゆえか。どこまでも自分への評価が低すぎるのだ。
「センカ、俺は――」
「だから!!!!!」
俺が彼女をどれだけ大事にしているか伝えようと口を開くもそれ以上の声量のセンカの声に塗りつぶされる。
そうして彼女は――高らかに宣言した。
「だからラース様にとっての特別になるため……その貞操――貰い受けます!!」
「最高にカッコイイ名言をこんなところで使うな!!」
たまたまなのかもしれないが、色々と台無しである。
その時だった。
「くすくすくす。落ち着きなさいセンカ」
いつの間に現れたのか。暗闇の中にルゼルスの姿が浮かぶ。
彼女はセンカの頬へと触れ、落ち着くように宥める。ナイス!!
「えと……ルゼルスさん? で、でもでも、ルゼルスさんがセンカに――」
「ええ、確かに私はラースを襲うようにあなたを
「ルゼルスぅぅぅ!?」
センカの暴走を止めてくれたルゼルスだが、そもそもセンカの暴走を誘発したのはルゼルス本人だったらしい。
そうして二人は俺を置いてけぼりにして話を進めていく。
「それじゃあセンカはどうしたら……」
「はぁ。まったく……世話が焼けるわね。そんなの簡単よ。接吻の一つでもして舌を味わいつくした後に可愛らしい笑顔で『好き』と言えばいいだけじゃない。後はあなたがラースに抱いている恋心を包み隠さずに言う。それで拒まれなければ
なんて強引な迫り方だ。
だが、確かにそこまで押せ押せで来られたら俺とて流されてしまうかもしれない。
あぁ、そうか。それが狙いか。なるほどなぁ。
「分かりました!! では――」
「『では』じゃねぇよ!?」
ルゼルスの言った事を忠実に実行しようとするセンカを制する。
そんな強引な迫り方……確かに脅威だが、その話を俺の目の前でしたのは絶対に間違ってたと思う。
「ったくセンカは……ルゼルスもだ。前から言ってるだろ。俺は――」
「あぁ、そうだラース。後で私とも愛し合いましょう? なんなら三人一緒にヤるのもいいわね」
「俺はルゼルスだけを……ってんんんんんん!? ルゼルス今なんて?」
なんかとてつもなく魅力的な……じゃない。
男心を誘うような………………でもない。
えーーっと……あれだ。そう――とんでもない提案が為されたのが聞こえた気がするんだが?
全力全開でルゼルスの方を凝視する。
当のルゼルスはそんな俺の様子が面白かったのか。くすくすと笑いながら続きを語る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます