第59話『同族との邂逅』


「……ギラッギラに目が冴えてやがる」


 祝いの席が終焉を迎え、各々が宿屋の個室へと戻る。宿の部屋は人数分取ってあるのだ。

 一緒の部屋でも問題ないと女性陣は言うが、俺としてはそうもいかない。何より、俺だって少しは一人の時間が欲しい。何人もいるとゆっくり休みにくいしな。


 明日からは亜人国へ行くし、今日はゆっくり休みたい。

 そう思っているのだが……なぜか全く眠れない。目を閉じて寝ようとしても全く眠気がこない。その予兆すらもない。


「………………寝れん」




 これはアレか? 遠足前の子供が明日を楽しみにし過ぎて当日寝不足になるっていうアレか?

 確かに亜人国行きは楽しみだが……そこまで俺は子供だっただろうか?


「あぁー、くそ」


 ベッドから身を起こし、少し夜風に当たりに行く。

 少し昂っているみたいだ。ドアから外に出る気にもなれず、窓から外に出る。



 外に出る時、背後から物音が聞こえたような気がした――


★ ★ ★


「星が綺麗だな」


 アレイス王国で最後に見ることになるかもしれない夜空。

 そこに浮かぶ星空を見て柄にもない事を言う俺。

 いや、ある意味厨二の俺らしいセリフとも言える……か。



「(きょろきょろ)」


 周囲――人気ひとけはなし。


 ――よし。



「くくくっ、まるで俺の門出を祝うかのような星光せいこうだな。素晴らしい」


 特に意味もなく呟く俺。

 なんてことはない。やってみたかっただけだ。

 ほら、アレだよ。真夜中に一人佇み、何かを語る男って……なんか格好いいじゃん?



深淵ビュトスがこの世を包みし時。この世はすべてかくやあらん……か」


 当然、誰も俺の独り言に対して反応しない。だって、誰も居ないんだもの。

 だが、それでいい。

 むしろ、ここで誰かから返事が来たらかなり困ってしまう。



「全ては計画通り。黙示録の炎が全てを燃やし尽くすまで猶予はない。亜人の王……転生者……ダンジョン……全ては繋がった。全てはこの俺の手の中に――」


 片手を空へと掲げ、どこぞの魔王みたいな事を言ってみる俺。

 そして――


「さて――そろそろ出てきたらどうかね?」


 と、謎の強キャラ感を出しながら居もしない人に出てくるように声をかける。

 ここでのポイントは全てお見通しですよといった感じで語る事だ。


 当然、誰も出てこないだろうが、それでも大丈夫。それならそれで『ふっ、消えたか』とか言えば格好がつくからだ。


 ――だが、そこで予想外の事が起きてしまう。



「くっくっく、さすがは転生者よのぅ。よもや我がマギステル・ツェリンダーをこうも容易く見破るとは」



 なんか暗闇から女の人が出てきたんですけど!?

 右目に黒の眼帯を付け、この世界では珍しい部類に入るはずのゴスロリ服を身に纏うロリっ娘。

 銀の短髪が闇夜に煌めく中、彼女は包帯がグルグルと巻かれた右手で顔を隠すようなポーズを取りながら語り掛けてくる。


「見つかったのならば仕方あるまい。大人しく退こうではないか。しかし、転生者よ。我はお前に興味が湧いた。貴様は何を望む? この世の真理か。はたまたこの世界そのものか。それとも……破滅を望むか?」



 相手はこちらの事を知っている様子? ダメだ。雰囲気で言っているものなのかどうか判断がしにくい。

 だが、ここで取り乱してはならない。

 ここで弱気になって『えと……誰ですか?』なんて聞こうものならこの荘厳な場の空気が霧散してしまうし、何より俺も彼女も恥ずかしい。


 だってこのロリっ娘……見た目的にも言動的にも絶っっっっっっっ対に俺と同族だもん!!


 俺と同じく厨二病をこじらせているであろう彼女。そんな彼女に恥をかかせるなんて事は出来ないし、何よりこの荘厳な場の空気はそのままにしておきたい。


 なので俺は……厨二モード継続のまま彼女の問いに答えることにした。


「真理、世界、破滅……下らぬな。そんなもの、手に入れようと思えばすぐに手に入る。既に俺の手の上にあるといってもよい玩具がんぐだ」


「ほう――では何を望む?」


「その問いに答えるのは難しい。なにせ、俺には望むものなど何もないのだから。あるとすればそう――静寂。俺が望むのは何も変わることなき俺の静寂だ。それを乱す者あらば……深淵を見せてやろう」


「くっくっく、静寂か。なるほど。我らのような闇の者が望むに足る物よ。得心がいった。闇の中、貴様が静寂を見つけられるか……とても興味深いものよ」


 どうやら俺の答えはお気に召したようだ。

 彼女は現れた時と同じように、すっと闇の中に消える。


「今宵はこれまでにしておくとしよう。実に充実した夜であったぞ。いつか酒を交わしながら語り合いたいものよ」


「それは重畳。こちらもそう悪い夜ではなかった。互いの運命が交差する時あれば、付き合おう」


「案ずるな、転生者。我らの運命が交差する事はアカシックレコードにより定められている。近い内、また会う事もあるだろう。互いの運命が交差するその日……また会おう」


「ああ、また会お――」


 そうして格好よく締めくくるべき瞬間。


「ふぎゃっ!」


 ――ガラガラガッシャーン


 何かにつまづいたのか、先ほどまでとは違う可愛らしい悲鳴と共に、可愛くない倒壊音が遠くから響く。

 深夜で人通りも少ないから、遠くでもバッチリ聞こえてしまった。


「うぅ……き、聞こえてないよね? 初対面の人に対してくらい最後まで格好つけられたよね?」


 そして、さっきまでとは全然違う普通の女の子っぽい口調……うん。


 俺はそれらを全て聞かなかったことにして、足早にその場を去った――

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