第58話『絶品?』


「へぇ~。ラース様、新しい技能を手に入れたんですか。おめでとうございます! さすがラース様ですね」


「ああ、ありがとうセンカ」


 俺が鑑定技能を手に入れた後、しばらくしてセンカとルゼルスが買い出しから帰ってきた。

 そんなセンカに俺は鑑定技能を手に入れたことを報告。これをセンカは自分の事のように喜んでくれた。


「そうとなったら……今日は盛大にお祝いしないとですね!」


 果てはお祝いとまで言い出す始末だ。

 俺はさすがにそれは大げさすぎるだろと止めようとする。


「いや、わざわざそこまでしなくても……」


「気にしなくてもいいですよ。それに実を言うと、ラース様のお祝いとは別に今日は少し豪華な物を作ろうと思っていたんです。だって……えぇっと……ほら、これがアレイス王国で最後の食事になるかもしれないじゃないですか」


「あ、ああ。そうだな」


 明日、俺たちはこの国を出て亜人国『スプリングレギオン』へと旅立つ。

 更に、まだ確定してはいないが、その後は魔人国に行くことになるかもしれない。


 そうなればこのアレイス王国に再び戻るのはかなり先の話になるだろう。

 場合によってはセンカのいう通り、もうこの国に戻ってこないなんてこともあり得る。


 センカはしばらくの間、うつむき――ポツリポツリと言葉を零す。


「センカにとって、この国での出来事の大半は辛いものでした。さげすまされ、捨てられ、散々な目に遭ってきました。だから、この国に対して未練なんてそんなにないんです……ラース様と出会ってからのことを除けば」


「……そうか」


 なんと言えばいいか分からない。

 センカの引きずる重い過去。それは同じくさげすまされた俺以上に悲惨な過去だ。気休めの言葉すらも言ってはいけないように思える。


 そうして俺が何も言わないでいると、センカは満面の笑顔を俺に向けて願いを口にした。


「だからこそ、この国で最後となるかもしれない今日という日をラース様達と一緒に楽しく過ごしたいんです。しんみりして今日という日を過ごして後でそれを思い返すよりも、そっちの方がずっと素敵ですから。だから今日はパーッとお祝いしたいんですけど……ダメ……ですか?」


 上目遣いで懇願してくるセンカ。

 そんな顔をされれば当然、断れるわけがない。


 しかし……なぜだろう? 何か裏があるような気がしてならない。


 センカの態度だけなら気のせいと思う事も出来ただろう。

 だが、この場には何か裏があるんじゃないかと思える要素がもう一つ。それも決定的な物があった。

 それは――


「くすくす。くすくすくすくすくすくす」


 センカの後ろでいつも以上にくすくすと笑っているルゼルスの存在だ。

 これは……二人で出かけている間に何かあったな。


 嫌な予感が沸々と湧いてはくるものの、楽しく過ごしたいというセンカの願いを突っぱねる理由としては弱い。

 なので――


「あ、ああ。そうだな。それじゃあまぁ……今日はお祝いといくか」


「はい! 今日は腕によりをかけて作りますね!」


 その華奢な腕を振り上げ、やるぞという意気込みを見せるセンカ。

 そう、何を隠そうウチのパーティーの料理係はセンカなのだ。


 教会撲滅活動を始めた当初のルゼルスとセンカと俺……最初は誰も料理なんて出来なかったから外食が多かった。

 ただ、だからと言って三人が全く料理をしないでいいという話でもない。

 ダンジョンや魔物の討伐の際には野営する事もある。その時は誰かが飯を調達、料理しなければならないのだ。


 そこで手を上げたのが……センカだった。

 彼女は数多の失敗作を作り出しながらも、みるみる料理の腕を上げていった。


 しかも、どんな特殊能力を持っているのか、彼女は俺の食べる時の表情を見るだけで味はさらに濃い方が俺の好みかなど、瞬時に判別することが出来るらしい。正直、ちょっと怖い。


 そうしてトライ&エラーを繰り返していく内に……センカは俺の好みドストライクを抉る料理人へと進化してしまった。

 正直、もう外食なんかには戻れない。ある意味、胃袋を全力でキャッチされていると言っても過言ではないだろう。



 そうしてセンカが料理を作りに下の階に降りる。

 既に宿屋側とは話がついており、センカのみ厨房に立ち入る事を許可されている。その分、余計な出費も必要だったが外食で済ませるよりも安価で安全なのでプラスマイナスで考えれば完全にプラスだろう(金は有り余っているから安価にする必要もないけど)。



 ルゼルスとルールルと雑談を交わしながらセンカの料理が出来上がるのを待つ。

 そうしてどれくらいの時間が経った頃だったか、「出来ましたよ~」という声と共にセンカが部屋に料理を運び入れてくる。


 ルゼルスも料理を運ぶのを手伝い、次々と料理が部屋に入る。


 次々……次々……次々と……まだまだ……更に更に……うん。



「いや、いくらなんでも多すぎじゃないか!?」



 部屋を埋め尽くすのではないかと思える料理の山。

 更に、並べられている料理のラインナップも正直おかしい。

 肉、魚、野菜、肉、肉、卵、そして肉。


 お判りいただけるだろうか? そう――肉が滅茶苦茶多いのである。


 いや、確かに俺も肉は好きだよ? 好物の一つだ。

 でもなんていうかその……ええ? なんなの、この重くて重すぎる料理の数々。


 いつもセンカはバランスの良い食事を提供してくれていたというのに……これは一体どういうことなの?


 そうして恐るべきことに更に肉料理が数品運び込まれ――


「さぁ、腕によりをかけて全力で作らせていただきましたのでどうぞ!!」


 全て運び終えたセンカが満面の笑顔を向けてきた。


「あ、ああ……」


 そしてそんな顔を向けられると嫌とは言いずらい訳で。

 そして、重そうなのは重そうなんだけど、それでも美味しそうなのは確かで。



「ルゥ♪ とっても美味しそうです。頂きます」


「私は肉は食べられないから野菜だけ貰うわね」



 肉料理に突貫するルールル。

 そして、唯一重さとは対極にある野菜を独り占めするルゼルス。

 いや、ルゼルスは宗教上の理由から肉を食べられないというのは知ってるけどさ……知ってるんだけどさ。


「? どうしたんですかラース様? もしかして、お口に合わなかったですか?」


「いや……」


 お口に合わないも何もまだ何も食べていない。

 それに、美味しそうだとも思ってるからそこは問題ない。

 問題なのはこの偏り過ぎたバランスだ。


 だが……まぁ……たまにはこんな日があってもいいか。

 俺は意を決して肉料理の山に突っ込む。


 一口……味わうように食べる。

 結果――



「ゥンまああ〜いっ」


 驚くほどに美味かった。

 美味しすぎて涙が止まらないレベルだ。


「な、なんだぁぁこの肉はぁっ! 口に入れるだけで溶けていくぅぅぅぅ。肉の甘みと冷たい米が絶妙なハーモニーを奏でているぅぅぅ! そのあり得ない二つを成り立たせるこの海苔の存在感! 例えるなら絶世の雪女に優しく解放されているかのようなこの抱擁感っつーか――とにかくいくらでも食べれそうなすげぇ清涼感かつジューシィな味わいだよぉ!!」


 気づけばどこぞの食レポのように食べた肉料理の評価までする始末。

 意識しての事じゃない。無意識……否。魂の叫びだ!!



「ル……ル? そこまで……ですか? 確かに美味しいですけど言うほどでは――」


「気にしなくていいわルー。今日のセンカの料理は特にラースだけを狙い打ったものなのだから。ラースが絶品と感じても私たちがそう感じるとは限らない。ただ――ラースがここまで反応するなんてね。くすくす。これこそ愛の成せるわざというべきかしら」


「ルゥ。それは不平等で少し不快ですけど……まぁ愛なら仕方ありませんね」



 ルゼルスとルールルが何か言っているが今はそれどころじゃない。

 俺は意気揚々と肉の海へと再度突貫したのだった――


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