第53話『センカとルゼルス-2』


 ――センカ視点


 そうしてセンカ達は人気ひとけの少ない町の外れまでやってきていました。


「「ふぅ」」


 お互い、汗一つすらかいていないセンカとルゼルスさん。

 少し走った程度ではセンカもルゼルスさんも疲労なんてしないんです。

 でも……精神的な意味でセンカは少し疲れてしまいました。


「はぁ……ルゼルスさん。もう少しその……抑えて頂けませんか? さっきので五回目ですよ?」


 五回。

 そう――それはさっきのように半ば騒ぎになってセンカ達が注目されかけた回数だ。

 ちなみに、全部今日の出来事です。


 そんなセンカの非難に対し、ルゼルスさんはぷくっと頬を膨らませ、足を軽く蹴り上げて抗議してきた。


「いいじゃない。殺さないだけ感謝して欲しいわ。あの男……私はともかく、センカにまで手を出そうとしていたのよ? 前にも言ったと思うけど、私はあなたに過去の自分を重ねている。そんなあなたに危害を加えようとする害虫、思わず捻りつぶしたくもなるでしょう?」


 言ってる内容はこれっぽっちも可愛くないのに、仕草だけは外見通り、小さく可愛らしい女の子のルゼルスさん。


 その差異に、思わずセンカもドキッとしてしまいます。

 こういうのがラース様は好きなのかな? なんて思いつつもセンカは抗議を続けようとしますが……センカを想っての行動だと言われてしまうと強く言えません。


「センカの事を想ってくれるのは嬉しいですけど……」


 そう言ってそっぽを向く事しかセンカにはできませんでした。


「くすくす。なに? 照れているの?」


「なっ!? そ、そんなんじゃ――」


「くすくす。強がっちゃって。ラースと同じで本当に可愛らしいわね」


 そうしてセンカよりも背が低いルゼルスさんにセンカは頭を撫でられてしまいます。

 センカは頭を撫でられるのが嫌いではありません。だから心地よい感覚に身を任せますが……なんだか釈然としません。

 負けずにセンカは今日の事を強く反省するようにと抗議の声を上げようとします。

 ですが――


「ごめんなさいね。あなたとラースの事を思うとついやりすぎてしまうの。私の悪い所ね。反省しているわ」


 私が何かを言う前に謝罪してくるルゼルスさん。


 もう……そんな風に言われたら……何も言えないじゃないですか。


「……ルゼルスさんはずるいです」


「くすくす。そうね。でも、覚えておきなさいセンカ。女という生き物は総じてずるいものなのよ?」


 そうして今日もルゼルスさんに丸め込まれるセンカ。

 いつも今日のようなトラブルがあるわけではないですけど、ルゼルスさんとセンカで何かを争ったときは決まって最後はセンカが丸め込まれてしまいます。


 ルゼルスさんは今日のように色々な問題を起こすけれど、どこか憎めない女の人。

 そして、ラース様の想い人です。


 そんなルゼルスさんみたいな女の人にセンカはなりたいと思っていますけど……残念ながら道は険しそうです。


「はぁ……どうしたらセンカはルゼルスさんみたいになれるんですかね」


 何度も思った事。

 それがつい口から零れてしまいます。

 すると――


「センカ」


 ルゼルスさんがセンカの両頬に手を這わせ、まっすぐにセンカを見据えます。


「ふにゃ?」


 すると当然、センカもまっすぐにルゼルスさんを直視することになります。

 風になびく血よりも赤い深紅の髪。

 人ではないと思わせるほど美麗な金と銀の眼。


 いつも見ているルゼルスさんの顔ですが、ここまで間近で向かい合うのは初めての事だったので、無意識にセンカは息を飲みます。


 そうして数秒が経った頃……あるいは数分が経過した後だったでしょうか。

 ルゼルスさんのその唇が――言葉を紡ぎ始めます。 


「あなたは私のようになる事も出来るわ。だって、あなたは過去の私と本当にそっくりだもの」


 言葉の上では励ましのようにも聞こえるそれ。

 ですけど、ルゼルスさんの瞳がセンカにそう思わせてくれませんでした。


「でもね、センカ。私はそれを望まない。あなたには私のようになってほしくない」


 ルゼルスさんの瞳。

 とても……とても悲しげな瞳でルゼルスさんはセンカを見つめていました。


 愛しさすら感じさせる瞳。

 だけど、その目を見ていると……センカは無性に泣きたくなります。


「良い機会だから、昔話をしましょうか」


「昔話……ですか?」


「ええ。私にとってあまり愉快な話ではないのだけど……でも、あなたには聞いてほしいと思う。教会も滅ぼしたし、少しは気分も晴れた。今なら少しは前向きに語ることが出来るかもしれない」


「それって……」


 ルゼルスさんが教会に対して並々ならぬ想いを抱いていたことは知っています。

 過去に何かあったのだという事も、なんとなく察していました。

 そんなルゼルスさんが語る昔話。それはきっと――


「ええ。これは私の……ルゼルス・オルフィカーナの物語。一人の少女が魔女になるまでの物語よ――」


 そう言って……ルゼルスさんは自身の過去を語り始めました。


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