第52話『センカとルゼルス』


 ――センカ視点


 センカは今、ルゼルスさんと一緒に食材の買い出しに来ていました。


 いつもはセンカ一人で済ませる買い物なのですが、今日はルゼルスさんが「沢山買うから時間がかかるでしょう? 付き合うわ」と付いてきてくれました。


 それは嬉しいんですけど――


「おい、そこな女」


 センカ達に無遠慮な声がかけられます。

 センカが買い出しに行くと、たまにこうして呼び止められます。声をかけてくるのは決まって男の人です。

 どう考えても厄介ごとの種にしかならない案件です。

 いつものセンカなら答えることなく走って逃げるのですが――


「あら、私の事かしら?」


 一緒に居るルゼルスさんが応えるので、いつものように逃げるわけにはいかなくなります。


「そうだ。それと横に居る銀髪の女。ふむ……やはり美しいな」


 センカ達の体をジロジロと見る男の人。

 正直……かなり不快です。


「あら、ありがとう」


 ルゼルスさんはそうでもないのか、男の視線を気にする素振りすらなく、逆にお礼を言っていました。

 その後も二人の話はセンカを置いてけぼりにして続きます。


「よし……よし、決めたぞ。貴様ら二人に百万ゴールドやる」


「くすくす。いいのかしら? まぁ、くれるというなら貰ってあげるわ」


「ああ、私に二言はない。だが、代わりに明日の朝まで付き合え。私の言いたいこと……分かるな?」

 

 この人、どうもお金持ちの貴族とかそういう人みたいです。

 センカだってもう子供じゃありません。この人の意図は分かりました。

 お金をやるからその体を味合わせろと……そうこの人は言うのでしょう。


 正直、付き合いきれません。

 そのはずなのに……


「くすくす。ええ、もちろん。喜んでお相手させて貰うわ。――眠れない夜をあなたに過ごさせてあげる――」


「え゛!?」


「くくく。そうでなくては」


 どうしましょう。

 センカはまだ何も言っていないのに話がどんどん先に進んでいっちゃってます。


 それに今、センカはすっごく嫌な予感がしました。

 ルゼルスさんと長い間、一緒に居るからこそ感じ取れた悪寒と言うやつです。


「待っ――」


 センカは急いで声を上げましたが……完全に手遅れでした。


「ええ。光栄よ。光栄だから……お礼に悪夢をプレゼントしてあげる。きっと、眠れないほど病みつきになると思うわ」


 ルゼルスさんの指が、男の人の頬を撫でます。

 すると、男の人の体がびくっと震えました。

 そして――


「ひ、ひぃぃぃっ」


 先ほどまでこちらを蔑んでいた男の人が、一転して今は怯えたようにしてセンカ達を見るようになってしまいました。


「1、2、3……私とセンカで丁度二百万ゴールドね。確かに受け取ったわ」


 男の人になんらかの魔術をかけたであろうルゼルスさん。

 彼女は男に対して冷たい視線を送った後、いつの間に抜き取ったのか。男の人の財布からお金を取り出していました。

 宣言通り二百万ゴールド取り出したのでしょうか。ルゼルスさんはポイと財布を男の人に投げ渡します。

 男の人はセンカたちに対し怯えながら、それでも財布はきっちり受け取ります。


 ルゼルスさんはそれを見下しながら見つめ、くすくすと笑みを浮かべながら男の人に語り掛けました。


「さぁ……それで? 私たちをどうしたいんだったかしら? 抱きたい? 蹂躙じゅうりんしたい? 味わい尽くしたい? 私はいいわよ。あなたにそれが出来るのならね。くすくすくすくす」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!! ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そう叫び声を上げて男の人は……人の少ない方へと走り去っていきました。



「………………」


 一部始終を見ていたセンカは、完全に言葉を失ってしまいます。

 ついでに、周囲の視線もこちらを向いています。こちら……主にルゼルスさんをみなさん少し奇異なものを見るように見ています。

 まぁ、当然ですよね。いきなり身分の高そうな人があんなに取り乱して逃げ出したのですから。直近で会話していたルゼルスさんが何かしたのではと考えるのが普通です(実際、その通りですし)。


 そんな中、ルゼルスさんは――


「さて、追加の資金が手に入ったわね。センカ、追加で何か買う物はあるかしら?」


 まるで今までの出来事がなんでもなかったかのように会話を始めました!?

 私はそんなルゼルスさんの手をぎゅっと握って叫びます。


「も、もう買いたい物は殆ど買えましたから! ここを離れましょう!!」


「あら、これもダメなの? 傍目から見て私たちが何したかなんて分かるわけがないのだし、逃げる必要はないと思うのだけど」


「そういう問題じゃありませんよぉ! いいからほら! 逃げますよ!」


「ふぅ……。面倒ね」


 そう言ってセンカ達は人目のつきにくい場所を走って、人々の注目から逃れました。

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