第50話『別れ(シャルロットver)』
――国王の孫娘(シャルロット・アレイス)視点
行ってしまった。
私が知る限り最も強く、自由で、笑顔が眩しい彼が私の前から姿を消す。
彼が行くのは亜人国。つまりは遠い所に行ってしまう。
もしかしたら……もう会えないかもしれない。
「っ――」
彼に抱いた感情。
その始まりは興味だった。
お爺ちゃんが脅威と言う少年。
私と同じくらい小さい子供が、そんなすごい力を有しているのか。とても興味が湧いた。勇者とどっちが強いんだろうとワクワクしながら対峙した。
結果は――惨敗。
勝負にすらならず、私はいつの間にか彼が召喚したという女性に眠らされていた。
それから、私は彼にますます興味を抱いた。
その後、幾度か彼とパーティー同士で模擬戦をすることになる。
といっても、彼はその召喚術で何かを召喚するだけで、基本的には戦闘に参加することはなかった。
当然だ。召喚士なんだから。後衛で召喚した物を戦わせ、安全圏で指示を出すのは当然の事。こちらのパーティーで回復担当のミーネがいきなり前線に飛び出していったら困る。それと同じだ。
だというのに……彼はたまに召喚したものに戦わせるだけでなく、自らも戦闘に身を投じる事があった。
大抵は近くに居る女の子に止められてたけど、それでも何回かは直接勇者と拳を交えたりしていた。
召喚士としては絶対に間違っている。頭がおかしい。
だから私はある日……彼にどうして前に出て戦うのか聞いてみた。
「召喚士なのにどうしてときどき前で戦うの? そういう制約? それとも作戦?」
私の問いに、彼は首を振って答えた。
「ん? いや? そんな制約もなければ作戦でもないな。ただ勝つだけなら俺は後ろで守られてただけの方がいいだろうよ」
「それじゃあ……なんで?」
「なんで前に出て戦うんだってか? そんなの決まってるだろ」
そうして彼は――満面の笑顔でその理由を明かした。
「そっちの方が面白いからだよ」
「っ――」
面白い……から?
なんてどうでもいい理由。馬鹿にしているのかとも思った。
そう困惑する私に、彼は笑顔を絶やさずに続きを語る。
「せっかくの模擬戦なんだ。実戦じゃ出来ない事をやってなんぼだろ?」
それが当然だろと言わんばかりに私に同意を求めてくる彼。
もっとも、その後に彼の仲間が「ラース様は実戦でもよく馬鹿な事をしますけどね」と言われて返事はうやむやになってしまったけど。
「なに……このムカムカ……」
ムカムカ……そう、ムカムカだ。
私は相手を舐めている彼のその態度を、気に入らないと感じた。
でも――しばらくしてそれは違うと思った
彼の動きを注視していると分かる。
彼は――自由だ。既存の戦闘体系なんかには囚われず、ただ自分の成したいことを為す。
もちろん、考えなしの馬鹿ではない。馬鹿な目的の為にきちんと頭を使うという、そういう類の馬鹿だ。
彼らの普段の行動もそうだ。教会を潰すという目的があるとはいえ、各地で演劇を楽しみながら種を蒔いている。
王の孫娘として、少なからず縛られている私とは何もかもが違う。
「私は……」
私は、強い男に興味を持つ。
それは、お爺ちゃんがそうだったから。お爺ちゃんの強者を愛するという考えに影響を受けた。ただそれだけ。
だから言われるがままに勇者パーティーへと潜り込み、そこで一定の成果を出した。
そこに楽しいという感情は生まれない。ただただやるべきことを淡々とこなしただけだ。
そんな私にとって、自由過ぎる彼……ラースは――
「眩しい」
憧れだった。
「羨ましい」
「いつか――」
そうしていつかは……その隣に立ちたいと、そう願うようになっていた。
会話は極小。それでも、彼の輝くような生き方に私は恋焦がれた。
だけど――それは叶わない。
彼の傍には私なんかよりも遥かに強大な女性たちが居る。
彼らの隣に立つ? そんなのは無理だ。
少なくとも、今の私にはその資格がない。力の差がありすぎるのだ。
仮に、今の私が彼らの隣に立っても足手まといにしかならないだろう。
件の教会での戦い。強大な力を持つダンジョンの主が大量に出現するという悪夢のような一件。
そんな戦場に私が出向いても、何の力にもなれない。せいぜいダンジョンの主の一人を相手できるかどうかという所だ。まるでお話にならない。
私のこの想いは……彼らにとって重荷でしかない。
だから――私は彼にリンゴを渡した。
リンゴは私の好物だからだ。
でも、リンゴを渡した理由はそれだけじゃない。
それと同時に、リンゴはいくつかの意味を持つ。
その一つが……結び。
なんでも、この世界に生まれ落ちた初めての男女が食したのがリンゴだったのだとか。
そうしてその始まりの男女は、愛し合って子供を産み、幸せに最期を迎えたのだという。
そんな逸話がとある地方にはあって、そこから同じ木からなった
もっとも、その地方でも限られたお年寄りしか知らない廃れた伝統だけれど。
たまたま知る機会があったから私はそれを知ってるけど、殆どの人はそんな逸話なんて知りえていないだろう。
ほとんどの人が知らないそんな伝統。
私は願いを込め、そして決して悟られないように唇をきゅっと噛みしめ、俯いたまま彼にリンゴを渡したのだ。
想いを告げずには……いられないから。
でも、この想いを知られたくないから。
矛盾する想いをどちらも叶えるには、そんな伝統に頼るしかなかったのだ。
「ラース……」
彼が去った方をいつまでも……いつまでも見る。
私は、懐にしまっていたもう一つのリンゴを手に取り、小さく
「おい……しい……」
そのリンゴはとっても瑞々しくて、甘くて美味しかった。
でも……なんでかな?
同時に少し塩辛くて……しょっぱい味がした。
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