第49話『別れ』


 その後、チェシャから得られた新情報は殆どなかった。

 新たに分かった事は一つ。


 それは、チェシャが王様以外の何者かから命令を受けているという事だ。


 俺達が『お前が秘密を話せないのは王による指示か? それともお前の意思か?』と問うと彼女は『それとは別の者による命令。命令した者に関する情報は何も話せない』と答えたのだ。

 もちろん、この答え事態が彼女の嘘なのかもしれないが、嘘をつくつもりならばもっと早い段階でついているだろう。

 ゆえに、俺達はチェシャの言う事を信じる事にした。



 さて、そうしてチェシャを質問攻めにした後、宿屋でゆっくりと休んだ俺たちは話し合いの後、再び王城へと行くことにした。


 行く理由はもちろん話し合いの結果――亜人国行きを王様に伝えるためだ。



★ ★ ★


  ――アレイス王国。王の間。


 王様に亜人国行きを伝えるため、アポをきちんと取って王城へと入場する俺達『黒十字の使徒』。

 俺たちは黒十字の使徒として来ているのでもちろん仮面を装着した状態で来た(チェシャを除く)。

 前回とは異なり、歓迎されている感じの応対を受けながら王様の部屋へとたどり着く。


 今回はアポをきちんと取っていたからか、部屋の中には黒十字の使徒の正体について既に知っている王様と勇者君パーティーだけが居た。他の兵やらは誰も居ない。


 そうして仮面を外して軽い雑談の後、俺達は亜人国行きを王と勇者達に報告する。


 その報告を受け、王様はそれほど驚いてはいないようで――


「そうか……。すぐに出るのか?」


 と、いつ出発するのかと尋ねてきた。


「へ? ま、まぁ明日にでも出発しようかなと考えてましたけど……いいんですか?」



 亜人国行きがこんなにあっさりOKされるとは思ってなかった俺は逆に本当に行ってもいいのかと聞いていた。

 王様はそんな俺に対し、苦笑すると共に言い放った。


「カッカッカ。逆に問おうか。余が行くなと命令すればラースよ。貴様は素直に従うのか?」


「まさか。そんな訳ないじゃないですか。無理やりにでも出て行ってやりますよ」


「だろう? つまりはそう言う事だ。無理に拘束したところで要らぬ被害が出るだけであろうしな」


 なるほど。

 俺たちの強さや性格をある程度把握している王様が俺たちを引き留めようとするはずもないか。

 強く引き留められれば多分俺たちは反発して思いっきり暴れるだろうからな。考えてみれば妥当な判断だ。


「幸い、この国に存在していたダンジョンは貴様たちのおかげでほぼほぼ攻略済みだ。後はここに居る勇者と余でなんとかできるであろうよ」


 もうそういう算段もついているのか。

 確かに、地上を闊歩かっぽする魔物もかなり減ってきていると聞いている。

 これなら俺達『黒十字の使徒』抜きでもなんとかなるだろう。


「そうですか。それじゃあ俺たちはこれで――」


 揉めることなど一切なく、話はまとまったので俺たち『黒十字の使徒』は退散する事にしよう。

 みんな特に問題なさそうで、静かに王の間から退室を――


「待って――」


 しようとしたところで、待ったの声がかかる。

 待ったの声をかけたのは王の孫娘――黒魔法使いのシャルロット=アレイスだった。


「……何か?」


 口数の少ない女の子で、俺と話した回数は片手で数える程度だ。


「これ……」



 そう言ってシャルロット女子は自身の懐から赤いリンゴを取り出し、俺に向かって差し出してきた。


「もしかして……くれるのか?」


「(こくこく)」


 何の変哲もない。ただのリンゴ……のように見える。

 毒でも盛られているのでは? なんて一瞬思うが、王の孫娘である彼女が俺を害する利点はない……はずだ。

 それに、仮に何か盛られていたとしてもルゼルスに治癒か解毒してもらえば済む話。


 そこまで考え、俺は特に問題ないと判断して彼女が差しだしてきたリンゴを受け取った。


「ありがとな。後で美味しくいただくとするよ」


「……ん」


 さて、よく分からなかったが今度こそ退散するとしよう。


「ラースよ。何かあればいつでも来るといい。貴様には世話になりすぎた。大抵の事ならば力になろう。もっとも、貴様には余の力なんぞ必要ないだろうがな」


 王様が珍しく殊勝な事を言っている。

 あれか。別れの日となると少しは優しい言葉が出てくるって奴かな。

 続いて、勇者君が前に出てくる。


「ラース、お前との稽古……思えば地獄のような……いや、地獄そのものと言うか……。まぁいいか。とにかく、お前のおかげで俺たちは強くなれた。その事に関してだけは礼を言わせてもらう。お前との最初の出会いは酷いもんだったが、今思い返せば……あれ? ダメだ。魔王のような所業しか思い出せな――」


「よし!! 最期だし気合入れてお前の稽古に付き合ってやる。歯ぁ食いしばれ」


 別れの日だというのに、まったく優しい言葉が出てこない勇者。

 そんな奴に対し、俺は身体強化の魔術を使用しておもいっきり――


「いや、すっごいお世話になりました! 今までありがとうございましたラースさん! どうぞお達者で!!」




 思いっきり――ぶん殴ろうと思ったが、勇者君が素直になってくれたのでキャンセルする。

 そうそう、別れはやっぱりそうでなきゃならんよ。


 という訳で――


「それじゃあな、王様。またな、勇者。次に会う時までにはラスボス第一形態と互角程度には戦えるようになっとけよ?」


「無茶言うな!!」


「ははは」


 そんな軽口を最後に――俺は王様と勇者君達に別れを告げ、王城を発った――


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