第48話『お前は何者だ?』
俺はチェシャが何かを言い終えるよりも先に、その喉元に腰にあった剣の切っ先を突き付けていた。
「………………」
言葉を詰まらせるチェシャだが、その表情に動揺の色はない。
俺はそれを不気味に思いながらも、宣言通りに気になっていたことを彼女に質問する。
「どうしてお前がそんな事を知っている?」
そう、その事だけが腑に落ちない。
亜人国の王の名前や、魔人国への行き方に関しては今まで俺たちが気にもしてなかったから知らなかったと言われれば納得できる。
だが、『主人公召喚』の技能に関しては別だ。俺は王様に頼んでその情報を最優先で回してもらうようにしているし、それ以外でも独自に調べていた。
チェシャは元々王様に仕える隠密だ。
そのチェシャが持つ情報は王も持っていると考えるのが自然。
だが、あの王様が『主人公召喚』に関する情報を持ちながら俺たちに隠していたなんて事……あるか?
隠すメリットは確かにある。それは俺たちを人間の国であるアレイス王国に留まらせるというメリットだ。
だが、それ以上にデメリットが多すぎる。強大な力を持つ俺達に情報を隠していた事を勘づかれれば王からすれば何が起こるか分かったものじゃないだろう。
更に、先ほど挙げた『俺たちを国に留まらせる』というメリットだが、先ほどの王様達を見る限り、俺たちをこの国に留まらせるメリットはもう限りなく薄くなっている。ダンジョンもかなりの数を潰して魔物の数も減ってるしな。わざわざ特大のデメリットを抱えてまで情報を隠すなんて事は……普通はしない。
それに何より、あの王様とはもうそこそこの付き合いだ。そんな危険を冒してまで情報を隠蔽するような事はしないはず。
そうなると、どうしてこの『チェシャ・カッツェ』が主人公召喚についての手がかりを知りえているのか? という話になってくる。
その点だけが未だ謎に包まれたままだ。
王ですら知りえていないであろう情報を持つ女『チェシャ・カッツェ』。
お前は一体……何者だ?
俺がそのことを問いただす中、チェシャが静かに口を開く。
「答えられない」
喉元に迫る剣の切っ先を掴み、それを喉元に固定するチェシャ。
振り払う事も何もしない。俺が少し力を入れて押し出せば、チェシャは簡単に絶命するだろう。
それでも、彼女は答えない。
「……場合によってはお前の思考を読んでもいいんだぞ? 俺ならそれが出来る」
ボルスタインを召喚すれば、チェシャが何を考えているのか看破することが出来る。
そうやって軽い脅しをかけるが――
「それなら自害する。絶対に私は答えない。答えられない」
そう言って俺の剣を自らの喉元に押し込もうと力を入れるチェシャ。
演技でも強がりでもない。本気の目だ。
俺は彼女の喉元に突き付けていた剣を動かせないように力を込めて固定する。
そして彼女の本気の目を見ながら問いを投げた。
「分かった。なら悪いが、もう一つ質問させてくれ。お前は俺の……敵か? それとも味方か?」
嘘を言うようならば容赦しない。
怪しい挙動をするならば容赦しない。
そんな意図を込め、俺はチェシャを見つめる。
そんな中でもチェシャは表情一つ変えずに質問に答える。
「私はラースの味方。あなたが今の方針を変えない限りそれは変わらない。それだけは確約する」
視線を交わす俺とチェシャ。
そのまま数秒見つめ合い――先に折れたのは俺だった。
同時にチェシャが剣の切っ先から手を放す。
「はぁ……」
俺はチェシャの喉元へと当てていた剣を鞘へと戻し、宿屋のベッドの上に座り込んだ。
「分かった。そこまで言うなら詮索はしない。何かしら事情があるんだろ?」
こくりと頷くチェシャ。
そこまでの覚悟を持って秘密を守ろうとする姿は、正直少し格好よく見える。
逆に、そこまでして守ろうとしてる秘密を問答無用で暴くのは……格好悪いな。
「さて――それじゃあ今後の方針について改めて話し合うとするか」
そうして話題を元に戻そうとしたところで――
「疑問。なぜ、私を許す? 不可解。私はラース達にとって不確定要素の塊。味方と言ったのも嘘かもしれない。それを放置? 再度質問。なぜ?」
当の本人であるチェシャが変えようとした話題を再度引っ張ってきた。
俺はチェシャの質問に対し、呆れながら答える。
「なぜって……だってお前、答える気はないんだろ?」
「肯定」
「絶対の絶対の絶対に答えるつもりはないんだろ?」
「肯定」
「なら聞いても仕方ないだろ。気が向いたら秘密にしていることを教えてくれ」
「不可解。拷問してでも聞き出すのが定石」
「だろうなぁ。俺には無理やり聞き出す手段があるんだし、使わない手はないよな」
「重ねて質問。ならばなぜそうしない?」
「俺がそうしたくないからだ」
「なぜ?」
「格好悪いから。こういう時はほれ、お前が何を企んでいようが俺には関係ないって言っといた方が格好いいだろうが」
「………………」
俺のそんな答えに、茫然としているチェシャ。
なんだか馬鹿にされているような気がするが……まぁ無理もないだろう。第三者目線で考えればとても馬鹿なことを言っているなという自覚はある。
なので、俺は取り繕うように追加で格好悪い以外の理由をあげることにする。
「後はほら、文面にして考えてみろよ。俺がお前の秘密を暴こうとするってのは題して『美少女の秘密を力ずくで白日の下に晒そうとするクズ』ってやつだぞ? どう考えてもラスボスっぽくないだろ。そんな事をするのは物語のかませ役くらいのもんだ」
少なくとも俺が好きなラスボスはそんなクズい真似をしない。
俺の好きなラスボスは、相手がどんな秘密を抱えていようが『ま、どうでもいいですがね』と一蹴するものだ。
少なくとも、死ぬ覚悟を持った相手に対し無駄な拷問なんかはしない。
その覚悟を尊重し、敬意をもって対応する。それこそが俺の理想とするラスボス像だ。
「俺はかませ役なんかには絶対になりたくないし、そうでなくても気が乗らない。だから無理やりお前の秘密を暴こうとはしない。それだけだ――ってなんか自分で言っててよく分からなくなってきたな……」
うーむ。なんだかラスボスとはなんたるべきかと考えていたらだんだん何を言っているのか分からなくなってきた。
だが、選択自体は間違っていないだろう。ここで強引にチェシャの覚悟を踏みにじり、秘密を暴く。それは畜生にも劣る行為であると俺は断ずる。
そんな俺の主張に対し、チェシャは相変わらずの無表情で――
「理解不能」
――とだけ答えた。
まぁ、そうだよな。俺ですら自分が何を言ってるのかきちんと分かってないんだから。チェシャが俺のいう事を理解できないのも無理はない。
「ははっ。まぁ別に理解する必要はねぇよ。とにかくだ。俺はお前が答えたくない事については詮索しないって言ってるだけだ。気が変わらない限りはな」
「気が変わったら?」
「その時は……その時だろ。明日の事なんざラスボスだろうが勇者だろうが分からないからな。未来予知ができる存在なんて創作上じゃありふれてたが、大抵が『未来が……変わった』とか言って準かませ役として散るんだよ。つまりはどんな存在だろうが未来は見通せないって事だな」
「ラース様……話が凄い方向にずれてます」
確かに……まじめな話をしていたはずなのに、なぜか未来予知に関する話になってしまっていた。
俺はセンカに「悪い悪い」と軽く謝った後、話を軌道修正して続ける。
「まぁ、話を戻すとだ。気が変わったら俺がどうするかなんて、そんなもんその時の俺にしか分からないって話だよ。まぁ、気が変わる事なんてないと思うけどな」
よく言えば臨機応変。
悪く言えば無計画の無鉄砲。
そんな俺の主張に、チェシャはポツリと一言だけ呟いた。
「自由………………なんだ」
「ん? なんて?」
だが、その呟きは俺の耳には届かなかった。
なんだかチェシャにしては珍しく、感情が乗った色のようなものを感じたんだが……表情は相変わらず無表情をキープしているし、気のせいだったか?
「なんでもない。了解した。理解不能だけど、問題はない。色々話せない事はあるけど、以後よろしくお願いする」
どう見てもよろしくお願いするつもりがなさそうな愛想のかけらもない態度。
――うん、いつも通りのチェシャだ。さっきのは気のせいだったみたいだな。
「おう、よろしく。あぁ、そうだ。これからの方針について話そうと思ってたけど、先に応えられる範囲の事だけは聞いておこうか。お前自身の事について、答えられるところだけは答えて欲しい」
「了承した。答えられることにだけ答える。まずはスリーサイズ。上から―ー」
「うん。その情報は要ら…………ぅぅ……ない!! こっちから色々質問するから答えられるものにだけ答えてくれ。まずは――」
その後、しばらく俺たちはチェシャを質問攻めした。
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