第45話『苦労人×2』


 ――アレイス王国。巨大円形闘技場(試合後)

 ――王様(アレイス・ルーデンガルヴ)視点


 キンデルの息子、キルゲンは配下にすら逃げられ、無様な姿を晒した。

 更に、それを民に笑われたからと逆上し、魔法を場外へと放つ始末。

 最後はそれに呆れた貴族に対しても逆上して襲い掛かるも、ラース達によって阻まれ、殺された。


 ――正直、酷過ぎる展開に言葉も出ない。


 ラースには殺さないように頼んだが、アレは殺して正解の愚物だ。生かしておいても面倒にしかならん。そう判断したからこそ、ラースもアレを排除したのだろう。

 しかし――


「……まさかキンデルの息子があそこまで阿呆だったとはな。愚かだとは思っていたがここまでとは」


 一部の貴族が腐敗しきっているのは知っていた。

 本来ならばそのような貴族たちは切り捨て、新しい体制を整えるべきなのだが、各地で問題を起こす魔物の対処に追われて後回しにしてしまっていたのだ。


「だが、ラース達のおかげで魔物の数は目に見えて減ったはずだ。そろそろ貴族達に目を向けるべきなのかもしれん……な」


 徹底的に調査し、貴族足りえない者達を一気に切り捨てる。

 やるならば徹底的にだ。機も見なければならない。今がその時なの……か?


 そんな事を考えていた時だった――


「お、お、お、王様。ア、ア、ア、ア、アレ!!」


 傍らに居た勇者が酷く慌てた様子で声を上げる。

 それに対し、余は落ち着いて対応――


「どうし――」


 ――しようとして、言葉が詰まった。

 曇りゆえに暗かった闘技場全体が更に暗くなっているのに気づいたのだ。

 まるで突然夜が訪れたようだ。観客席に居る者達もその多くが慌てている。


 幾人かが危険を察し、逃げ出そうとしているようだが、なぜか出られずにいるようだ。

 これは一体……いや、そんな事決まっている。ラース達の仕業だろう。


 しかし一体なぜ?


「空を……王様、空を見てください!!」


「空……だと?」


 確かに、観客の幾人かも今は空を指さしていた。

 いったい何があるというのか?


 余は恐る恐る空を見上げた。

 そこには――


「ば!? 何をしているのだあいつらは!?」


 そこには――闇の中、月のような輝きを放つ円に浮かぶ巨大なラース達の姿があった。

 黒十字の使徒として、仮面は着けたままだ。


『静まりたまえ』


 ラースの声が闘技場全体に響く。

 どうやっているのかは不明だが、全体に響く重い声だ。

 それによって、ざわついていた観客が一斉に静まり返る。


『驚かせて申し訳ないと思っている。しかし、この場を借りて我々『黒十字の使徒』は人々に対し、改めて我々の教義を伝えたいのだ。それと、教義に新たなものも加わったのでそれの周知も兼ねて……な』


 それからラースこと黒十字の使徒は既存の教義を語り始めた。


 魔人種などの他種族を差別しないこと。

 滅んでしまった教会はやはり悪である。その根幹である偽神ヤルダバオートを滅ぼすため、人類は一致団結するよう努力すること。


 主にこの二点だ。

 そして――


『さて、新たに我々の教義に加わったものについてもそろそろ述べるとしよう。それは、国が定める禁止区域。その場所への立ち入りを我々『黒十字の使徒』も禁止する。あの場所は教会の悪しき聖地。浄化するまでの間、我々が認めた人間以外がそこへ立ち入ることを禁止する』


 その声明に対し、多くの民は「なんだそんな事か」と耳を傾けていた。

 しかし、貴族たちの一部は顔を強張らせていた。


「そうか……。そう言う事か。ラースめ。味な真似をしよる」


「ど、どういうことですか、王様?」


 と、余の独り言を耳ざとく聞いていた勇者が疑問をぶつけてきたので、答えてやることにする。


「簡単な事よ。今回の事でダンジョンの話が広まってしまった。それを抑止する為に奴はこの場を利用したのよ。あれだけ圧倒的な力を見せた黒十字の使徒だ。信徒でない者に対してもその教義は一定の効果を及ぼすだろうよ」


「なるほど」


「それに、奴が望んでいた他種族に対しての差別撤廃に関してもそうだ。教会が消えても差別意識というものがなくなるのには時間がかかる。だが、こうして圧倒的力を持つ強者に差別を無くせと言われれば多少は抑止力となるだろうよ」


「それは確かに……。ですけど、黒十字教の信徒でない人に対してそこまで影響を及ぼすでしょうか? というか……あのラースがそんな緩い方法で抑止力を振りまくとは思えないんですけど……。あいつなら――」


 勇者の言葉に冷や汗が流れるのを感じた。

 いや、まさかな。だがしかし……といった予感が余の脳裏をよぎる。

 そして、勇者が自身の意見を言い終わるよりも前に、それは来た――


『以上が我々の教義です。ああ、それと……この教義に背いた者は判明次第、黒十字教の信徒であるないに関わらず我らが徹底的に裁きます。なので、我らの裁きを恐れない者はどうぞこの教義に背いてください。我らが神より授かりし神器『アルヴェル』が教義に背きし者をどこまでも追い、必ず破滅を与えるでしょう……でしょう……でしょう――』


 その言葉を最後に、ラース達こと黒十字の使徒達の姿が空から掻き消える。

 そうして、闇に覆われていた空が元の曇天へと戻る。

 だが……それでも会場中に落ちた精神的な闇は拭えていなかった。


 会場の観客たちがざわめく。


「お、おいマジかよ……誰だよあれを神の使いとか言ってたの。あれこそ悪しき神の使いじゃねぇのか?」

「おま……滅多なことを言うな!! あんな化け物に狙われてみろ。ぜっっっっっったいに無事じゃ済まねえぞ」

「「………………く、黒十字教万歳!! 今日からおれたちゃ黒十字教の信徒だぜ!!」」


 黒十字教万歳と誰かが叫び、それに多くの民が答える。

 顔色をひどく悪くした一部の貴族もヤケになっているのか、黒十字教万歳と両手を上げていた。


 そんな中、余と勇者はというと――自らの額に手を当てていた。


「王様……」


「言うな。貴様が正しかった。そうよなぁ……あの考えなしの阿呆が直接的行動に出ないわけがない。こうして力を示し、従わねば始末すると宣言した方が……確かに効果的であろうなぁ」


「でも、それだと人民からの信頼を失いますよ」


「……それを気にするラース達だと思うか?」


「……思いませんね。敵対する教会がなくなって信頼を勝ち取る意味も薄れましたし。なにより、最低限の信頼はこの三年で勝ち得てますしね。こんな乱暴なやり方でも正義だと絶賛する者も居るでしょうよ」


「そうだな。だが……」


「ええ」


 余と勇者は揃って「はぁ……」と深いため息をついて、同時に呟く。


「「後処理をするこっちの身にもなって欲しい(もの)よ……」」


 余はこれから黒十字教の横暴な振る舞いについて、多くの陳情を受けることになるだろう。

 勇者も勇者で、あの横暴な振る舞いを許すのかと多くの貴族や民に詰め寄られるだろう。


 そのことを考えると……頭が痛くなってくるのだった――


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