第43話『アホ貴族は破滅への道を爆走する-5』


「通常召喚。対象は――クルベック・ザ・グロステリア」


『イメージクリア。召喚対象――クルベック・ザ・グロステリア。

 通常召喚を実行――――――成功。

 MPを1000消費し、秩序の支配者、クルベック・ザ・グロステリアを24時間召喚します』


 決闘が開始されると同時に、俺はクルベックを通常召喚した。


 ――と同時に、ルールルとルゼルスに指示を飛ばす。


「ルールルは空間に誰も傷つかない、もしくは誰も死なないルールを付与。ルゼルスは万が一に備えて待機しててくれ。戦闘になった時、流れ弾がルールルの支配空間外にまで広がったらやり直せないからな。それへの対処を頼むことになるかもしれない」


「分かったよ~。――ルール――この空間に存在する者は等しく傷つかない」


 俺の指示に従い、ルールルが空間内の人間は傷つかないというルールを付与する。

 そしてルゼルスは――


「クルベックは加減が難しいものね。いいわ。やってあげる。相手がそこまで愚かでない事を祈るわ」


 よし。

 これでクルベックが戦う事になったとしても対応できる……はずだ。



 そして、俺たちがそうやってあれこれしている中、クルベックは懐から小型のデバイスを取り出していた。

 そうしてそれを天に掲げ――叫んだ。


「起動しろ――アルヴェル!!」


 クルベックの意志に呼応し、掲げられたデバイスはその形を変えてゆく。

 それはクルベック自身をも飲み込み、巨大なものへとその姿を変えてゆく。


 そう……巨大なロボへと――



 人型自在戦闘装甲騎。

 通称エクス・マキナ。

 クルベックが登場するゲーム『機神戦暴きしんせんぼうポーテルレイ』の世界で限られた者だけが扱える人型のロボットだ。

 

 クルベックが操る機体の名は『アルヴェル』。

 全高55メートル強の鋼鉄の巨人だ。



「うぅむ……このローマのコロッセオを思わせる場所で見ると世界観ぶち壊しにも程があるけど……やっぱり迫力だけはあるな」



 もうこのコロッセオどころか、中世ヨーロッパ風のこの世界において異色でしかない巨大ロボ。

 機械技術に関する知識などない者が見ても圧倒的だと分かるそのサイズ。


 これを見ればいくらあのアホ貴族でも腰を抜かして降参してくれるだろう。


 そう思っていた俺だったのだが……



「ひ、ひ、ひ、怯むなぁ!! こんなもの、こけおどしに過ぎん。総員……突撃ぃぃ!!」



 まさかのアホ貴族が取った行動は突撃だった。



「マジかよ……」



 想定外過ぎて開いた口が塞がらない。

 アレを相手にしても実力差が分からないとかもう救いようがないだろう。

 そうして突撃の指示を受けた彼の部下はと言うと――




「じょ……冗談じゃない。誰があんなのに勝てるっていうんだよ!?」

「お、俺は降りるぞ!! 家で女房や娘が帰りを待ってるんだ!!」

「やってられるかぁぁ!!」


 アホ貴族の命令に反し、次々と離脱していく彼の配下達(当然である)。

 誰もアホ貴族の命令に従おうとしない。その場でアホ貴族を諫めようとしている者が少数。脇目もふらず逃走しようとする者が大多数だ。


 五百の隊は統率を完全になくし、その多くが我先にと闘技場から出ようとする。


 後ろの者に押され、倒れた兵士の上を他の兵士が踏んで先へと進む。

 本来ならばそうやって多くの兵士に踏まれれば絶命するが、この空間はルールルによって非殺傷空間となっている。

 よって――誰も傷つかない。


「なっ!? お前ら、何を勝手に逃げようとしている!? 誰が逃走を許可したかぁぁぁぁぁ!?」


 アホ貴族が逃走する部下を叱るが、誰もその言葉に耳を傾けない。当然だ。巨大ロボットに生身で立ち向かう馬鹿がそうそう居てたまるかという話だ。



『ふっ……思っていたよりも愚かだな。これは少し……見せつける必要があるか』


 

 クルベックが操る機体『アルヴェル』から少しくぐもったクルベックの声が響く。

 そして――



『アクセス――武装解放。コードガンマ』



 鋼鉄の巨人『アルヴェル』が動き出す。


 その指がアホ貴族へと向けられる。

 そして――そこから小型のミサイルが数発発射された。


「くっ……こんなものぉ!!」


 この世界にはミサイルどころか銃なんて代物もない。

 だからこのアホ貴族はミサイルを見ても怯まなかった。脅威と認識できなかったのだ。

 逃げ出さずに残った彼の配下は撤退をするべきだと静止の声を投げるが、アホ貴族はその静止を振り切って迫るミサイルへと突っ込む。


 そうして彼は……ミサイルに対して『殴りつける』というもっともしてはならない行動をとってしまった。

 


 ドガァッ――



 当然の如く響く爆発音。

 それが幾度か続く。

 アホ貴族の姿は爆発とそれによって生じた煙に隠れ、見えなくなってしまう。



「な……なんだあれは……」

「おい! 誰だよアレを田舎者を相手に粋がる馬鹿だって言ったのは!! あんなの神か悪魔かどっちかでしかないだろ!? 人間の世界にあっちゃいけない物だぞ!!」

「キルゲン様がそう仰ってたんだよ! いいから早く逃げるぞ!!」

「キルゲン様を助けなくてもいいのか!?」

「今の爆発を見ただろ! 肉片一つ残らず消え去ってるに決まってる。もうあの人は諦めよう。あの人は敵対する相手を間違えたんだ。人間が神に勝てる訳がない。いいから早く逃げるぞ。いつアレが俺たちに向けられてもおかしくないんだからな!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」



 アホ貴族に静止の声を投げた彼の配下達はその爆発を見て逃げることを選択。

 そうして――アホ貴族の配下五百の軍勢は全員撤退した。



 そうしてミサイルによる爆発が収まり――



「これは一体……私は生きている……のか?」



 五体満足……というべきだろうか。衣服を全て燃やし尽くされ、生まれたままの姿のアホ貴族が姿を現した。


 ああ、そうか。

 ルールルがこの空間に追加したルールはあくまで『誰も傷つかない』というもの。


 このルールによってアホ貴族本体は無傷で済んだが、彼の纏っていた衣服はルールの保護対象から外れていた為、燃え尽きてしまった……という所か。


 そうしてアホ貴族が茫然と立ち尽くす中、場が静寂で満たされる。

 クルベックこと機体『アルヴェル』もその動きを止めてその指先をアホ貴族へと向けたままだ。


「(というかもう早く降参してくれよ。もう見てていたたまれないんだけど)」


 実力差は歴然。それが相手にも伝わっただろう。

 だから早く降参してもらいたいんだが……


「ぷっ」


 そんな時、観客席あたりで誰かが笑った。


「おい、笑うなよ」

「だって……あんなに張り切ってた貴族様が部下に見捨てられて今やあんな情けない姿よ? こんなの笑わずにはいられないでしょ。アンタだって頬をひくひくさせてるじゃない」

「おまっ、言うなよ。ぷっくく……俺だって必死に耐えてるってのに」

「「「ぷふっ、あはははははははははははははは」」」



 一人の笑いが伝染し、多くの観客たちがアホ貴族を指さして笑い始める。

 そうして全ての観客というわけではないにしても、多くの観客たちがアホ貴族を馬鹿にして、笑っていた。



「き、貴様らぁ……この私を馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 そうしてアホ貴族は魔法を観客席へと放つ。怒りに任せて放たれた魔法で、威力はそこまでないように見えるが、普通の人間が受ければ大けがをするかもしれない。


 だが――


「ふん」


 機体『アルヴェル』が軽く腕を振り上げ、アホ貴族が放った魔法をその鋼鉄の腕で受け止める。

 着弾した魔法は『アルヴェル』の装甲に傷一つつけていない。完全にノーダメージだ。


「なっ!? そんな……私の一撃が……」


 自分の一撃が全く通じていない事に驚きを隠せないアホ貴族。というか、現在彼は何も隠せていない。その矮小さも器の小ささも、ナニの小ささも何も隠せていない。


 まぁ……その……なんだ。一言で表すと……哀れだ。


 そんな彼に対し、更なる追い打ちがかかる。


「守るべき民に向けて殺意を向けるとは……やれやれ。キンデル卿は立派な方だったというのにご子息はこれか。どうやらキンデル卿に子育ての才はなかったらしい」

「経験を積ませるためにご子息を送ったのでしょうが……こんな結果になるとはキンデル卿も予想していなかったに違いない。どちらにせよ、あのご子息はもうダメでしょうな。アレに民が付いていくはずがない」



 観客に混じっていた貴族たちの声が聞こえてくる。

 目の前のアホ貴族にもそれが聞こえていたのか、顔が青ざめていた。

 だが、それも一瞬のこと。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 次の瞬間、アホ貴族は怒りの形相で観客席に居た貴族に向かって突進していた。


 いや、ホントアレはもう……ダメだな。


「ルゼルス」


「ん?」


ってよし」


「あら? いいのかしら? 当初の予定では殺さずに生かすつもりだったでしょう?」


「……本当はそのつもりだったんだけどな。アレは生かしておいても害にしかならない愚物だ。幸い、アレには優秀な父親が居るみたいだし、殺してもあいつの領地がどうこうなる事はないだろ。今はアレの部下も逃げた後だし丁度いい」


「なるほどね。いいわ。やってあげる。ああいうクズは嫌いだもの。さっきから殺したくて殺したくてうずうずしていたの。ルー」


「はーい♪ ――ルール――この場に設定した全てのルールを破棄する」


 そうしてアホ貴族を守っていたルールルの掟が破棄される。


 それを確認したルゼルスは観客席へと爆走するアホ貴族に手を向ける。

 ゆっくりと五指を広げ、慈悲すら感じさせる手つきで彼女は魔術を行使する。


心臓圧壊ヘルズ・ゼルド・エンド


 ゆっくりと――ルゼルスは開いていた五指を閉じていく。

 優しく、優しく、しかし容赦なく彼女は手のひらにはないソレを握りつぶす。

 そして――


「がっあぁっ――」


 突如、口から血を吐いて倒れるアホ貴族。

 ルゼルスの魔術により、心臓が破壊されたのだ。


 再び、静まり返る闘技場。

 どこからか審判らしき男性が駆け付け、恐る恐るアホ貴族の体に触れる。

 そして――


「せ、戦闘不能! 勝者――黒十字の使徒です!!」


 高らかに『黒十字の使徒』の勝利を宣言したのだった。



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