第40話『決闘準備中』


 ――アレイス王国。巨大円形闘技場。選手控室


「なぁ、ラース。本当にやるのか?」


「決まっちゃったしなぁ。仕方ないだろ」


「でも――お前――」


「心配するなよ勇者様。俺だって今までそれなりの修羅場を潜ってきてるんだ」


「ラース……」


「だから大丈夫。きっと……あのアホ貴族の遺体が残る程度の手加減は出来るはずさ」


「そこは殺さないように手加減するって言えよ、この魔王――――――!!」


 現在、俺、センカ、ルゼルス、ルールルはあのアホ貴族とそれが率いる一団と決闘するため、選手控室にて待機中だ。


 闘技場はどれだけ派手な試合を想定していたのか、東京ドーム何個分という軍隊同士を戦わせてもお釣りが来る程度の大きさのものだ。天井はなく、吹き抜けとなっている。

 言うなればローマのコロッセオの何倍もでかいバージョンといったものだ。


 そんな場所でもうしばらくしたら俺たちは戦うのだが、その前にこうして勇者パーティー+王様+チェシャが俺たちの居る控室まで押しかけてきて――今に至る。


「殺さないように手加減……ねぇ。ルゼルス、ルールル。そういうのって出来そうか?」


「くすくす、それは無理ね。私、ああいう喧しい男って好きじゃないの。うっかり殺してしまってもそれは事故だわ」

「はいはいはーい! ルールルは殺すなんて物騒な事はしませんよ? ただ、その後にあの貴族さん? が勝手に死んでもそれはルールルのせいじゃないですよね?」


「――というわけだ」


「だろうな!! だから決闘は止めとけって言ったのにもう!!」


 貴族様に死んでほしくないらしい勇者君が頭を抱える。


 こいつ、三年前から比べて多少考え方が柔軟になってきたのはいいけど、その正義感だけは変わらないからなぁ。

 無駄に人が死ぬのを嫌う性格……実に勇者らしい奴だ。

 できればそのスペックも勇者らしく飛躍的に伸ばして欲しいが……まぁそれは無理な相談か。


「ラースよ……センカならばあの馬鹿を殺さずに捕らえられるのではないか?」


 王様がそんな提案をしてくる。

 うん。確かに悪くない提案だ。確かにセンカはこの中で一番手加減がうまく、そもそも人を殺すのを躊躇ためらうくらいには優しい。

 常人には見えない光速という速度で敵を絡めとる影。あれならばアホ貴族とその一団くらい簡単に生け捕りに出来るだろう。


 だが――残念なお知らせがある。


「今日が晴れならそれでも良かったんですけどね」


 そう――残念なことに今日は曇りだ。よって、影は出来ない。


 まぁ、この問題についてはセンカが火か光の魔法を使って無理やり影を生み出す事で解決出来るのだが……あまり手の内を晒したくないし、生け捕りするとなるとやはり今日は日が悪い。


 センカの影の速度は光速だ。

 鋼鉄すらも切り裂ける強烈な斬撃を影は繰り出すことが出来る。

 だが、その強度に関しては影の濃さに依存する。


 この前の教会での戦いのように、真っ暗闇の中で明かりを灯せば影は濃くなり、センカは最大出力の影を行使できる。拘束も斬撃も思うままだ。


 だが、今日のような曇りの日に明かりを灯しても、出来る影はうっすらとしたもの。

 それでは人体を切り裂くことは出来ても、拘束できるかは怪しい。


 この事はチェシャを除いた俺達『黒十字の使徒』しか知らない。手の内を晒し過ぎて攻略されるラスボスなんていくらでも居たしな。慢心はいかんよ慢心は。たまに俺もしちゃうけど。

 なので、王や勇者君には影が出来なければセンカは戦力にならないと認識してもらっている。


 俺はそうやって今日が曇りだからとセンカを戦力として考えない方がいいと王様や勇者君達に説明する。

 それに納得する面々。しかし、問題は未解決のままだ。このままでは確実にあのアホ貴族は死に絶える。


「そうか……ではラース。貴様が召喚できる者のなかで奴らを殺さず、且つ精神も病まさず穏便に済ませられる者は――」

「居ると思います?」


「……思わんな」


 がっくりと項垂れる王様。なぜだろう。いつも以上に年を取ったように見える。


「もうぶっ殺しちまっていいんじゃねえか?。決闘なんだから死んでも誰も文句言わねえだろ?」


 勇者パーティーの脳筋担当『タック』がそう言うが――


「ダメですよタックさん。ラースさんや私たちが多くのダンジョンを攻略したとはいえ、まだアレイス王国内には残ってるダンジョンが沢山あるはずです。それに、地上に蔓延はびこっていた魔物もかなり減ったとはいえ、やはり存在はしています。その魔物から民を守る盾が貴族なんです。もし、あの貴族さんとその軍団が死んでしまえば彼が治めていた領地の民が血を流すことになります」


 それを諭す勇者パーティーの癒しの存在『ミーネ』さん。

 問題児を多く抱える勇者パーティー知識面担当だが、頭が固いのが玉にきず

 まぁそれでも、三年前に比べれば勇者と同じく考え方が柔軟になってきてると思う。


 ちなみにこのミーネさんと勇者君。傍から見た感じ『正当ヒロイン』と『正当勇者』という感じに見える。

 今はまだそんな素振りを見せていないが、俺の中では確実にこの二人は出来てるという事になっている。


「ふーん。あのアホ貴族も少しは人の役に立ってるんだな」

「そうですよタックさん。馬鹿となんとかは使いようってやつです」

「なるほどなぁ」


 そんなミーネさんから説明される事でアホ貴族を殺すのはあまりよろしくないと納得するタック。


 俺だって正直、好んで相手を抹殺したいわけじゃない。

 だが、その手段が乏しいのだ。


 どのラスボスを召喚したとしても、相手を殺してしまったという結果にしかならない気がする。


 三年前、最近はほぼ会う事もなくなったテラークさんとの決闘。あの時、俺が憑依召喚したウルウェイは相手を殺さないよう加減したが、それはウルウェイがテラークさんに対し好感を抱いていたからというのもある。

 その点、あのアホ貴族はダメだ。あの手合いはウルウェイが毛嫌いする人種。害虫と言って消し飛ばす可能性大だ。


「それ以外であのアホ貴族を殺さずに無力化する方法ねぇ」


 あのアホ貴族が死ぬのは正直どうでもいい。

 ただ、俺が手を下すことで、間接的に無辜むこの民とやらに被害がいくのは少し気分が悪い。なので、少しだけ相手を殺さない方法を真剣に考えてみることにした。


「(いや、方法が無いわけじゃないんだよ。センカと同じように手加減できる俺がアホ貴族の相手をすればいいんだ。ただ、相手がいくら大したことない相手だとは言え、身体強化の魔術だけでなんとかなるとは思えない。他の魔術も使用すれば普通に相手できるだろうが、俺が身体強化以外の魔術を使えるというのはセンカにも半分秘密にしている言わばトップシークレット事項だ。召喚士である俺がそこそこ戦えるという情報を、こんな観衆の前で晒したくはない。なら他の方法を模索するべきなんだが――)」


 珍しくうんうん唸る俺。

 そんな中――


「……ねぇお爺ちゃん」


 王様の孫娘『シャルロット=アレイス』が口を挟む。


「シャル……人前ではそう呼ぶなと言っただろう。で? なんだ?」


「あのアホ貴族、本当に殺しちゃダメ? 確かにミーネの言う通り、馬鹿となんとかは使いよう。でも、どうしようもない馬鹿が面倒なのも事実。違う?」


「まぁ……その通りだが……」


「それなら見ている馬鹿にも分からせるためにラース達が圧倒的な存在だって見せつけた方が効率的。そして、ダンジョンを攻略するには最低限これくらいの強さが必要だと周囲に言って聞かせる。そうすればみんな、ダンジョンを攻略しようだなんて気も起こさなくなるはず」


「むぅ……それは確かにその通りだが……」





 頭を悩ませる王。

 そうか、穏便に済ませてもアホ貴族たちがダンジョンに突っ込んで帰らぬ人になる可能性があるのか。

 そうなればやはり領民に被害が及ぶ。あのアホ貴族だけで済まない分、そっちの方が被害がでかい……か。


「圧倒的な戦力……ねぇ」


 見ただけで圧倒的な相手だと知らしめる。それが一番効果的だ。

 そうすればあのアホ貴族も敵わないと知ってすぐに降参する可能性が――


「あ」


 それで思いついた。


 ――居たよ。

 どんな馬鹿が見ても圧倒的だと分かるラスボスが。

 性格的にも、すぐに相手を殺したりはしないラスボス。手加減は確実に不可能だが、あいつなら頭も切れるしこちらの意図をすぐに汲み取ってくれるだろう。


 そんな俺の様子に気付いたセンカが目を細めて尋ねてきた。


「どうしたんですかラース様? まさか……またセンカに内緒で危ないことをするつもりですか?」


「いや、そうじゃなくてきちんと名案を思い付いたんだが……」


「疑わしいです」


「俺への信頼低くない!? いや、アレだよ。見ただけで圧倒的だって分かるのを出したら相手も降伏してくれるかもって思ってさ。それで『クルベック』なら適任かな~って思ったんだよ」


「クルベック……さん?」


 首をかしげるセンカ。ああ、そうか。センカの前でクルベックを召喚したことはなかったか。なにせ、ダンジョン攻略には不向きすぎるやつだしな。


 それに対し、クルベックの事を知ってるルゼルスとルールルは――


「ああ、あの子ね。いいんじゃないかしら? 面白そうだし」

「ルゥ♪ お祭りの予感です♪」


 どちらも異論はないようだ。

 まぁ、そもそもよっぽどのラスボスを召喚しようとしない限り、二人は反対しないだろうけどな。


「「「何の話だ?」」」


 俺やセンカが内輪でそんな話をしていると、それを聞きつけた王様や勇者君がこちらに来た。

 俺は彼らにも簡単にこれからやろうとしていることを説明する。


「いや、見ただけで圧倒的だと分かる奴が居るんですよ。そいつを召喚しようかと。そうすれば相手の貴族も腰を抜かして降参してくれるかなって」


「ほぅ……見ただけで……か。そいつはその……なんだ。危険な存在ではないのか?」


 一番最初に王様がそんな質問をしてくる。まぁ、当然出てくるであろう疑問だ。ラスボスの中にはサーカシーみたいに危ない奴が居るしね。


「だいじょ――」


 その時だった――


「『黒十字の使徒』の方々いらっしゃいますか~? もう出場の時刻ですよ。出なければ自動的に敗北となりますが……」


 控室の外から『黒十字の使徒』を呼ぶ声が聞こえてきた。


「センカ、ルールル、ルゼルスっ!」


 俺は急いで三人に声をかけ、仮面を付けてもらう。もちろん、俺も同じように仮面を付ける。

 この場に居る者は俺たちが『黒十字の使徒』だと知っているが、それ以外の人たちには今も秘密にしている。余計なトラブルはまっぴらごめんなのだ。


「さて、王よ。先ほどの質問への回答だが、それは見てのお楽しみという事にさせてもらおう。時間も無いようなのでね」


 仮面を被ったので喋り方を『黒十字の使徒』モードへと移行する俺。

 闘技場に行くまでの間、限定召喚を使ってクルベックと事前に打ち合わせを行わなければならないし、本当に時間がないのだ。


「ちょっ、おい、待ってくれラース! せめて……せめて危険な存在を呼び出すかどうかだけでも答えて――」


 途中、背後から勇者君の声が聞こえたような気もしたが、気にせず俺を含む『黒十字の使徒』の四人は決闘に臨むべく闘技場へと歩を進めた。

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