第38話『アホ貴族は破滅への道を爆走する』


「沈まれ」 


 王の放つ一言。

 静かで、それでいて響き渡るような重い声が発せられる。


 すると、さっきまでの喧騒が嘘だったかのように場が静まり返った。

 さすが王様。威厳が凄い。


 隣のルールルとルゼルスは欠伸してるけど。


「ぬしらに情報を解禁しなかったのは、先ほども伝えたように被害を減らすためだ。そち達の力は十分に評価しておるし、頼りにもしている。だが、ダンジョンとは本当に危険な場所なのだ。魔物も地上を闊歩かっぽしているものより倍は強くなっておるし、その奥に住むダンジョンの主は別格だ。そんな場所に大切な臣下をむざむざ向かわせるような事……余にはできぬ」


 王様が悲痛そうな表情を浮かべているが……これは訳すと『てめぇら程度の実力でどうにかなるわけねえだろ馬鹿が。地上の魔物にすら手こずるのにどうやってダンジョン攻略するんだよ? 人類ピンチなんだから無駄死にすんなや』って所だな。


 王様とはもう三年くらいの付き合いだ。あの王様がバカな臣下を持って苦労してるのは聞いているし、あんな殊勝な事を考えているわけがない。


 そんな中――アホ貴族がりずに発言する。


「はっはっは。まったく、昔は勇敢だった王もやはり年を召されて衰えたようだ。規格外の強さを持ったダンジョンの主? 倍の強さの魔物? なるほどなるほど。確かにそれは手こずりそうですなぁ。しかし、そうなると一つ疑問があります。そう――」


 そうしてそのアホな貴族は俺をゆびさし――

 

「この『黒十字の使徒』とかいうたった四人組が教会に居た多くのダンジョンの主や魔物を倒した事への疑問ですよ。王の言う通り、ダンジョン内で魔物の強さが倍になったり、ダンジョンの主が規格外の強さを持っているのならばなぜこの者達はそれらを容易く滅ぼせたのですか?」


 アホな貴族様は誰に答えを求めるでもなく「答えは決まっている」と前置きし、確信に満ちた結論をその場で告げた。


「おそらくダンジョンの主とやらは大した存在ではなく、ダンジョン内の魔物もせいぜい多少強くなる程度なのだ。王は我々を委縮いしゅくさせるために敵の強さを偽った。これが答えだ。そうでしょう?」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、アホ貴族が王へと問う。

 そうして問われた王はと言うと――


「ち……ぐ……ぬぅ……」


 こめかみに怒りマークをつけ、怒りを必死に抑えていた!?

 まぁ、自分の臣下がアホな結論を出して、自分に食って掛かるなんて……呆れるか怒るかしかないよなぁ。

 しかも――


「おぉ……」

「なるほど……」

「さすがは知恵者で知られるキンデル卿のご子息。なるほど。それならば納得がいく」


 そんなアホ貴族のアホな結論に納得の意を示すアホ共まで居るし……。

 これ、ダンジョンがどうこうの問題関係なく、人類の未来は風前の灯だったんじゃね?

 いやまぁ、一部の貴族はアホ貴族の方を『何言ってんだこいつ?』っていう目で見てるから救いはあるか。


 そんな混乱の中、勇者君が一歩前に出て、知恵者で知られるキンデル卿のご子息とやらに諭すように告げる。


「お言葉ですがキルゲン卿。王の言葉は全て真実です。俺も幾度かダンジョンに潜り、魔物やダンジョンの主を倒してきましたが、あれは並大抵の戦力で打ち倒せるものではありません」


 それに対し、アホ貴族が「やれやれ」と呆れたように両手をあげる。


「勇者殿は勇猛であるが、いささか考えが足りないと見える」


「……と言いますと?」


「簡単な事ですよ。並大抵の戦力では打ち倒せない? ならば並大抵以上の戦力を用意すればよいだけではないですか」


「……どうやって?」


「知れた事。我らは数多の戦いを経験した猛将ですよ? 一人では確かに勇者殿には少しばかり及ばないかもしれない。しかし、軍を率いていれば勇者殿にも負けはしない自信があります。そう――我々貴族の率いる一団……それこそが『並大抵以上の戦力』なのですよ!!」


「(お前どの面下げて勇者に『考えが足りない』とか言ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)」


 思いっきり突っ込みたいのを我慢して心の内で絶叫する俺。


 そんな中、貴族のその啖呵たんかに触発された者達が喝采の声を上げる。

 対して、王様と勇者は顔を手で覆っていた。きっと心の内で俺と似たような絶叫を上げているのだろう。

 そして、それを見て論破したと言わんばかりに勝ち誇るアホ貴族。


「ふっ。どうやらご納得いただけたようですね。では、これからは各貴族がダンジョンを発見次第、攻めるという方針でよろしいですね? あぁ、それと……様々な場所にある『禁止区域』。そこに貴族も含めた何人も王の許可なく立ち入ってはならないという決まりも破棄でよろしいですよね? 先ほどの話から察するに、ダンジョンが見つかった地域を『禁止区域』としているのでしょう?」


「まぁ……そうだ」


「やはりそうでしたか。では早速――」


「だが、余の許可なく『禁止区域』に……いや、『ダンジョン』に踏み入ることは許可せぬ」


「な!?」


 何を言われているのか分からないとでも言いたげなアホ貴族。

 いや、王様の判断は妥当過ぎるだろ……。


「まず、お主の考えを正そうか。その……なんだ? キンデルの息子の――」

「キルゲン卿です(ボソッ)」

「――こほん。キルゲンよ。お主は色々と誤解している」


 勇者から小声で貴族の名前を聞いて、王がアホ貴族を諭しにかかる。


 だが、名前を忘れられていたキルゲン卿とやらは鋭い目で王を睨みつけていた。

 どうやら、名前を忘れられていたのが気に食わないらしい。まぁ見た感じあの人、プライド高そうに見えるからなぁ。


「私が……何を誤解していると?」


「まずはダンジョンの厄介さをだ。貴様はアレを舐め過ぎだ。この勇者は既に余の全盛期をも超えた存在。その勇者が万全のパーティーを組み、王家が全面的に支援してようやくダンジョンが一つ落とせるのだぞ? そんなダンジョンを貴族が、しかも他の者と連携もせずに攻略するだと? 不可能に決まっているであろうが」


「王は我々を甘く見過ぎています。勇者殿が強いのは認めましょう。しかし、我ら貴族が己の一団を率いれば勇者パーティーにもひけを取りませぬ。いや、勇者パーティーなどよりも我々が率いる一団の方が遥かに優れていると断言しましょう!!」


「……この勇者は人類で最強……いや、五本の指に入るほどの強者だ。それが率いるパーティーをお主たち貴族が率いる一団は上回ると?」


「無論です!」


「……根拠は?」


「我ら貴族は長年、多くの魔物をほふってきたのです。それこそが根拠です。それに――」


 そうしてアホ貴族がこちら『黒十字の使徒』の面々を見て――


「少なくとも教会で数多のダンジョンの主を倒したというこの『黒十字の使徒』などという者達より、私の率いる一団は優れている。なんなら試してみましょうか? 私の護衛の騎士と、率いてきた一団によってこの者達を完膚なきまでに倒せば王も我々の力を認めるしかないでしょう?」


 何の根拠もないはずなのに、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべるアホ貴族。

 それに対し、王は――


「おいマジか」


 先ほどまでの威厳が嘘だったかのように消え去り、茫然ぼうぜんとアホ貴族を見つめてそんな王様らしくない言葉を零していた。


 そんな王の様子に気付いているのかいないのか。アホ貴族は『黒十字の使徒』である俺たちの方まで歩いてきて、その手を覆っていた手袋を脱いで乱暴にこちらに向かって投げつけてきた。

 そして――


「今こそこの私――キルゲン・アークライトが『黒十字の使徒』に決闘を申し込む!!」


 アホ貴族が俺に対して決闘を申し込んできた。

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