第36話『交わされる約束』
二人の攻撃が――同時に繰り出される。
「――
「――ふんっ!!」
瞬間――空間が爆発した。
どちらの攻撃も、今の俺では全く視認できないレベルのものだった。
ゆえに、技が繰り出された瞬間に空間が爆発したようにしか俺には感じられなかったのだ。
今の爆発は二人の一撃が強すぎた為、その衝撃の余波で生まれたものだろう。
そう推測は出来るが、二人がどうなったかまでは分からない。なにせ、爆発によって俺の視界は
「どっちが……勝ったんだ?」
そう言いながら、俺は十中八九ココウの勝利だろうと思っている。
両者はお互いを認め合っていたが、その実力にはかなりの開きがあった。
いくら相手が奥の手の一撃を隠し持っていたとはいえ、それでラスボスであるココウを上回れるとは思えない。
――爆発によって生じていた煙が晴れていく。
晴れてゆく煙の中、一人の男の姿が見えてくる。
立っているのは一人のみ。勝敗は決したのだ。
そして……立っていたのは――
「……………………」
ココウだった。
ココウは五体満足の状態で、その場に立っていた。
彼は自分が攻撃を放った方向を見て、ぽつりと呟いた。
「まさか本当に己の肉体を斬る……とはな」
そう言って、ココウは自身の頬に付けられた裂傷から溢れた血を指で
裂傷――それはごく小さな傷だった。舐めれば治る程度の軽い怪我でしかない。
だが、そんな事は問題ではない。
あの鍛え抜かれ、その肉体自体が一種の鎧ともいえるココウの肉体が斬られた。
その事にココウも、そして傍から見ていた俺も衝撃を受けていた。
強大な敵に立ち向かい、傷一つ付けられないはずの相手に最後の力で一矢報いる。
それはまるで――
「主人公みたいだ」
「主人公のようではないか」
俺とココウの言葉が重なる。
俺の記憶を持っているからか、あいつも俺と同じものを感じたみたいだ。
そうして、俺たちにそんな感情を抱かせたガイ・トロイメアはと言うと――
「完敗……だな」
左半身が消滅した状態で、しかしそれでもまだ生きていた。
ダンジョンの主の特性ゆえか、その肉体は超速再生していく。
そうして完全回復を果たし、立ち上がったガイ・トロイメア。
だが、それでも奴は戦う意思を無くしたことを示すように刀を鞘へと納めた。
そうして彼は一言――
「殺せ」
――たった一言。『殺せ』とだけココウに告げた。
「この戦いの果てに成長し、己を超えるのではなかったのか?」
そんなココウの問いに対し、ガイ・トロイメアは悲し気に首を横に振る。
「そうしたいのは山々だがな……体に力が入らない。先ほどの一撃に全てを乗せた反動だな。こればかりはダンジョンの主の特性でも回復しない。私は完膚なきまでに敗北したという訳だ。敗者には死あるのみ。ゆえに……私を殺すがいい。私のコアは右の胸に埋まっている。貴公の一撃で消し飛べば楽だったのだがな。運の無い事だ」
そう言って苦笑するガイ・トロイメア。
そんなガイ・トロイメアにココウは――
「この世は弱肉強食。強いものが生き残り、弱い者はただ死にゆくのみ。勝者のみが全てを得る」
そう言って――しかし、ガイ・トロイメアに背を向けた。
「貴公……どういうつもりだ?」
自分を殺す意思を見せないココウに問いを投げるガイ・トロイメア。
その問いに、ココウは振り返りもせずに答え、二人の問答は続く。
「言ったとおりだ。勝者のみが全てを得る。此度の勝者は己だ。ゆえに、お前を殺すも生かすも己次第。そして己はお前を殺さない事を選択した。ただそれだけの事だ」
「馬鹿な……。今、私を殺さなかった所で意味はない。貴公達の抹殺に失敗した以上、私は近い内に処分されるだろう」
「それで死ぬならそれまでだ」
そこでココウは『だが――』と前置きをした上で初めてガイ・トロイメアの方へと振り返った。
「それでも己は
それは――激励だった。
それは――期待だった。
それは――ココウが対戦相手に贈る最大の敬意だった。
「仮に貴様が死んだ場合、己は貴様をその程度の奴だったのだなと思うだろう。己は剣士『ガイ・トロイメア』の名すら忘れるだろうな。ゆえに――己に貴様という剣士の名を忘れさせない為にも生き残れ。そうして再び、己を斬りに来い」
「ふっ――」
そんなココウの最大の敬意に剣士『ガイ・トロイメア』は薄く笑った。
そして――鞘に収まったままの刀の切っ先をココウへと向け、言い放つ。
「承知した。いつの日かまた斬り結ぼう。その時まで、私は生き残る事に尽力するとしよう。そうして再び相対した時……ココウ、私の剣が貴公を斬る」
力強く宣言するガイ・トロイメア。
ココウはそれを笑うことなく、突き出された刀に自身の拳を軽く合わせる。
「抜かせ。貴様に斬られる己ではないわ。だが――その啖呵、気に入った。再び相対した時こそ己は貴様を喰らおう。貴様にはそれだけの価値があると己は判断した」
ココウが喰らうのは強者のみ。
そんなココウが相手の肉を喰らうと決めた。
それは即ち、相手を強者と心の底から認めたという事だ。
「ふっ。理解できない理屈だが、私が貴公の血肉になれるのならば悪い話ではない……か」
再戦を誓う二人。
お互いが敵を認め、お互いが敵を殺す決断をしている。
それは、ある種の友情のようにも俺の目には映った。
そうして二人の戦いは終結し――決着は『いつの日か』に持ち越されることになった。
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