第35話『剣士と闘士』


 俺のご先祖様であり、悪意という形のないものも斬れるという元剣聖ガイ・トロイメアと最強の存在となるべく強者を喰らい続ける闘士ココウの戦いが始まってから既に数分が過ぎている。


 たった数分かと思う者も居るだろうが、戦いの中での数分はとてつもなく大きい。実力が伯仲しているか、何か特別な理由がない限りは勝負は基本的に短時間で終わる。


「どうした? この程度か?」


「ふっ……敵わないな。まさかここまで力の差があるとは」


 そう――それは眼前で行われている戦いでも同じこと。

 勝負はほぼほぼついていた。


 お互い、目立った外傷もなく、まだまだスタミナにも余裕があるだろう。

 それでも、ココウがその気にさえなればこの戦いは次の瞬間にでも終わる。

 なぜなら――


「まさか私の剣で斬れないとはな。鋼鉄すら切り裂けるこの剣が柔肌一つ傷つけられないとは……情けない限りだ」


「貴様が望むのなら武器を変えて仕切り直してもいいが?」


「いや、それには及ばない。別に武器自体を情けないと言った訳ではないからな。単に私の技量が今の段階では貴殿の足元にも及んでいないだけ。無抵抗な貴殿を斬ることすら出来ないのはそれだけ隔絶した差があるゆえだ。理解しているとも」


 そう――この戦い、現時点までココウは一度も攻勢に出ていない。

 まとっていた深紅の鎧も不要と言って脱ぎ捨て、両腕を組んで元剣聖のガイ・トロイメアの攻撃をただひたすら浴びるだけだった。


 悪意という質量のないものすら斬ることが出来るガイ・トロイメアの剣。

 しかし、その剣を受けるココウの肉体は傷一つ付いていない。完全に無傷だ。

 それだけで両者の力の差が隔絶しているのが分かる。


 剣道三倍段という言葉がある。

 剣を持った相手に無手で立ち向かうには、相手の三倍の実力がなければならないというものだ。


 ――とすれば、一体この両者には何十倍の差があるのだろう?


「ほぅ……潔いな。だが、その目……到底、諦めた者の目には見えんな。まだやる気のある者の目だ」


 それだけの差があると、見ている俺よりもハッキリわかっているはずのガイ・トロイメア。

 それでも彼は諦めない。その手に刀を強く握りしめる。


「当然。諦めるわけがないだろう? 斬れないものを斬るのは私にとっての全てだ。貴殿と私の間に隔絶した差があるのは痛いほどに理解できた。だが……それならその差を覆すほどに私が成長すれば良いだけだろう? 元々、私はそのためにダンジョンの主となって無限の時を生きようと決断したのだからな」


「そうか……貴様もこちら側の人間だったか。ならばとことん最後まで付き合ってやろう」


「感謝する。ココウ殿」


「礼は己を超えてから言うのだな。ガイ・トロイメア」



 そんなやりとりの後、ガイ・トロイメアは再び剣を振るう。

 正直、俺の目では光が走ったようにしか見えないほどの速さ。音速すら超え、光速までその昇華しているのではないかと思えるほどの剣速。


 だが――


「どうした? 威勢だけで剣力は先ほどとあまり変わらんぞ?」



 その全てを甘んじて受け入れても無傷でいるココウ。

 その姿を見たガイ・トロイメアは絶望するどころか、薄く微笑む。


「これは申し訳ない。ならば――」


 そう言ってガイ・トロイメアは腰のさやに刀を収める。

 それだけ見れば、戦闘を終えるようにも見えるが――そうではない。


 鞘に刀を収め、それでも構えを解かないガイ・トロイメア。

 これは――


「居合術か……」


 ぽつりと、そう言葉を零す俺。

 そうだ。これは居合術だ。剣速と威力を増す為の抜刀術。

 だが、その代償として繰り出すまでの間は攻撃が繰り出せない。ある意味諸刃の剣ともいえる技だ。

 これを相手にしたときは構えを解かせるために絶え間なく攻撃を仕掛けるのが正解だ。

 だが、ココウはおそらくそんな事はしない。

 あいつなら――


「それが貴様の最大の剣技か?」


「そうだ。貴殿ほどの者を斬るならばこれしかないと判断した。斬れないものを斬る為に私が考えた型だ。力を数分間溜めてからでないと最大威力は出せぬ欠陥品の型だがな。本来、実戦では使えぬものだよ」


「なるほどな」


 腕を組んだままずっと定位置から動いていないココウ。

 そのココウが……初めて組んでいだ腕を解く。

 そして――


「くくくくくくく。ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ」


 笑った。

 あまり笑わないココウが、大きく声を上げて笑い出したのだ。



「面白い!!!」


 そう言ってココウはガイ・トロイメアに対し、初めて構えた。

 その瞳は輝きに満ちていて、闘志がみなぎっている。

 それは、ココウが相手を強敵と認めた証だ。


 いつの日か、ココウがダンジョンの主をぼっこぼこにした時があった。

 だが、あの時のココウは終始、本気ではなかった。


 あの時のココウは前半は様子見に徹し、後半は相手への落胆と共に反射神経のみに任せて戦っていただけ。


 ココウが時を止める力をこの場で使わないのも相手を舐めているからではない。相手が剣技のみで挑んでいるからだ。

 剣技のみの相手に時を止める力など無粋。使った瞬間、ココウは誇りを失う。


 ゆえに、ココウはそんな物には頼らない。時を止める力よりも遥かに頼りになる自身の拳のみを使って勝利をもぎ取るのみ。

 そんな決意に満ちた『本気』がココウの瞳の内に宿っていた。

 


「いいぞ! いくらでも力を溜めるがいい。己はそれを真っ向から打ち破ってやろう。だが……心してかかれよ? 半端な一撃であれば返しの刀で貴様は肉片一つ残らず消滅するだろう」


 ガイ・トロイメアの攻撃に合わせて攻撃を繰り出す気満々のココウ。

 ここに至るまで一度も攻撃を仕掛けていないココウが本気の攻撃に転じれば、一瞬で決着がつく。

 特にココウは身体能力とは別に、その燃える闘志のいかんによって技の威力が桁違いに上がる。今のココウの一撃がまともに当たればルゼルスが張った障壁すら容易く打ち砕けるだろう。


 ゆえに、ガイ・トロイメアが生き延びるにはココウの本気の一撃と同等レベルの物を繰り出すしかない。


「ふっ。それは怖い。貴殿の認める一撃を放てるよう努力しよう」


 そうして……誰も動かなくなる。

 一秒、二秒と時間は過ぎていく。


「………………」

「………………」


 ガイ・トロイメアは必殺技の前のシーンでよくある雄たけびを上げるなんて事すらなく、瞳を閉じ、ただ鞘に収まった刀を手に構えているだけだ。


 だが、それでも分かる。

 先ほどまでとは比べ物にならない圧がガイ・トロイメアを包んでいく。

 その圧は時間の経過と共に増していき――


「お待たせした。そろそろ行かせて頂こう」


 数分間が経過し、ガイ・トロイメアの最高最強の剣技の準備が整う。


 それを前に、ココウは笑みを浮かべ「来い!!!」と一喝。


 そうして二人の攻撃が――同時に繰り出される。

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