第33話『ラスボスのお約束』


 ――ルールルの『死に戻り』が発動し、その場に居る者の意識は維持された状態で時が巻き戻る。



「さて、ラース。さっさと召喚するといい。それとも、そこの少女が戦う――む?」

「あれぇ?」

「あらら?」


 そうしてその場に居る全員の意識がルールルが死ぬ前の時間軸へと戻ってくる。

 これでルールルが死んだという事実はリセットされた。


 だが、それですべてがなかったことになるわけじゃない。

 ルールルは一度殺された。俺の目の前で。それが俺にとっての真実だ。


 つまりはそう――俺は……怒っていた。


「お前ぇぇぇぇ!!! 俺の目の前でよくもルールルに手を出したな。その罪……万死に値する!!」


 確実に目の前のこいつは殺す。

 結果的に死んでいなかろうと、目の前のこいつがルールルを殺したのは疑いようのない真実だ。

 よって――許さん。


「お前に召喚術なんぞはもったいないから使わん。幸いと言うべきか、センカもこの場には居ないからなぁっ! 多少HPを削ることになるが……いいだろう。お前はこの俺の手で殺さなきゃ気が済まん」


 そう宣言し、俺は自身の親指を歯で軽く切る。

 流れ出す血。それでもって、空中に術式を描く。


「何をする気かしらないけど……させるかよぉ!!!」


 再び暴風が吹き荒れる。

 この男……確か名前は……タレントだったか? まぁ、どうでもいいか。

 とにかく、こいつの取り柄はその速度らしい。

 風のように素早く駆け、敵に一撃を加えてはすぐ逃げるという戦法を先ほどからとっていた。つまり――


「もらったぁ!!」


 そう、つまり――その一撃は軽いという事だ。


 パキィン――


 間抜けな音と共に、男がこちらに突き出した短剣は砕けていた。


「………………は?」


 タレント? とか名乗っていたその男は即座に飛びのく。

 そうして後には俺を自動的に守ってくれた黒円陣だけが残った。


 黒円陣(シュヴァルツ・クレイス)――元々そんな名称など存在しないが、俺が名付けた盾。黒い魔術文字が描かれた半透明の盾だ。

 主に、ルゼルスが敵の攻撃を防ぐ時に使っていたものである。

 この盾は持ち主の意志に関わらず、自動で持ち主を危険から守ってくれる万能盾だ。


 もっとも、威力の高い攻撃には耐えられないし、この盾を展開するだけで俺は魔術行使によってHPが徐々に減っているのだが。

 それでも、こいつ程度の攻撃を防ぐには十分すぎるものだ。


「ルールル。ちょっと下がっててくれ。こいつらは俺だけで始末する。お前が死ぬ必要なんてない。後ろでゆっくりしててくれ」


 俺がそう頼むと、ルールルはとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「まぁ!! ラー君がルールルの心配をしてくれて、更にルールルの為に怒ってくれてます。ふふ、なんて嬉しい。――わっかりました~、ルールルは引っ込んでまーす。あっ! これって守られるヒロインさんってやつですかね? ル・ル・ル~♪」


 そう言い捨ててスキップしながら後ろへと下がっていくルールル。緊張感ないなぁ……。自分が死んだことに関しては全く気にしていないらしい。


 なんか……ルールルを殺されて怒っている俺が馬鹿みたいだ。


 しかし、ルールルが殺されたその瞬間の事を思い出すと不快になるのも確か。

 いくら真の意味でルールルを殺すのはほぼ不可能だと理解していても、目の前で好感を抱いている女の首ちょんぱシーンは見せられてムカつかない訳がない。


 ゆえに、こいつは殺す。

 俺がこの素早いだけの小僧を殺す理由はそれだけだ。




「なぁ……お前ら、ラスボスのお約束って知ってるか?」


 俺は自動で守ってくれる黒円陣の展開を維持し、新たな魔術の構築を練りながらそんな質問を奴らに投げかけた。


「はぁ? そんなもん知らないよバァァァカ!! 姉さん行くよ!!」

「うふふ。えぇ、えぇ、えぇ。そうね弟。どんな絡繰りかは分からないけど、あなた程度の能力値じゃ私たち姉弟きょうだいには勝てないわ。大人しく死神様の供物になりなさぁい」


 弟の方は砕けた短剣を新しいものに取り換え、姉の方は巨大な鎌を振るってきた。

 姉の方は特に何かしたわけでもないから手を出すべきか決めかねていたが……向かってくるのなら仕方ない。排除する。


 迫る姉弟の挟撃。


 俺はそれを視認し、しかし回避行動をとらない。

 結果――


 キィンッ――


「は?」

「うそ……」


 そう、結果は変わらず無意味。その程度ではこの防御を突破することは絶対に不可能だ。

 俺はその結果を一瞥しながら、話を続ける事にする。


「ラスボスには色々とお約束があるんだよ。強大な力を持つのは当然として、それとは別に奥の手をいくつか隠し持ってるんだ。倒したと思ったら復活して『第三形態まであります』とか言ってきたりな」


 俺の魔術構築はルゼルスにくらべてやはりまだ拙い。操れる術式がルゼルスよりも圧倒的に少ないのにこれだ。さすが長い時を生きた魔女様は違うなと思いながらも術式を練っていく。


「そういう展開、俺も好きなんだよ。だからさ――俺もそれに乗っかることにしたんだ」


 今まで戦闘時に俺は基本的な身体強化の魔術のみを使用していた。

 身体強化の魔術を使用した時の俺はA級冒険者をも超えた力を得る。

 とはいえ、その程度では魔物を操ることが出来て強化もされているダンジョンの主には敵わない。


 しかし、実はもっと強大な力を振るう事も出来るのだ。

 俺が操れる魔術は身体強化の魔術だけではない。そもそも、ルゼルスの10%の力をこの身は有しているのだ。その程度で終わるわけがない。


 今までその力を振るわなかった理由は二つある。


 一つは、強大な魔術を使用すれば大量のHPを消費するから。センカに心配されてしまうしな。


 二つ目は、こういう時の為の切り札として取っておくためだ。召喚士の弱点は自身が貧弱である事。この俺が召喚士であると看破している人間なら確実に俺を優先的に狙ってくると確信していた。そういう奴らに俺がそこそこ戦えると知られないように今まで隠していたのだ(切り札として、いざという時の為に隠しておいた方が格好いいかも? ……なんて理由もほんのちょっぴりくらいあったりする)。



 そうして魔術の構築をようやく詠唱の段階まで進められた。

 さぁ――俺が放つ初の極大魔術。そのお披露目だ。


 

 魔術文字を空中に固定――そして俺の手のひらから黒の闇がこぼれ始める。


「くそがぁ!! いい加減に死ねよぉ!!」

「死神様は飢えているわぁ。往生際の悪い。さっさと死になさぁい」




 こちらが防御だけだと思っているのか、攻撃の手を止めないバカ姉弟。

 それならそれでいい。二人一緒に消し飛ぶがいい。


「万物が生まれ出づる以前から存在せし闇よ――

 混沌たる海に沈みし闇よ――

 今、再び現世うつしよに顕現し我が敵を無へ帰せ」


 もはや制御が半ば出来ていない状態の闇が手からどぼどぼとあふれ出す。

 俺はそれの照準を目の前の二人に合わせ――放つ。


「さぁ――無へと帰れ。

 原初の闇(アンファング・ダーク)」


 そして――洪水の如く流れ出る闇の奔流。

 それは対象を無に帰すまで消えないブラックホールのようなもの。

 眼前の二人を無に帰すまでは消えることがない。

 よって――


「ハッ!! のろいんだよぉ!!」

「こんなもの……切り裂いてあげますわぁ」


 この二人程度の実力ではどう対処しようとも無駄。

 避けようとしても――


「なっ!? 追ってくる魔法……だと!?」


 当たるまで止まらない。

 切り裂こうとしても――


「なっ!? 私の死神様の鎌が――イヤァァァァァ!! お前……お前ぇぇぇぇぇぇぇ! よくも死神様から頂いた大事な鎌をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 万物を飲み込む闇なので、破壊しようとするものすら呑み込むので無駄。

 そうして姉の方は自らの思い入れのある鎌と共に、闇に呑まれて消えた。


「姉さん!! くそ、こうなったら……あの女を盾にして――」


 と、ずっと逃げ続けている弟の方が俺の後方に控えているルールルを一瞥する。






 こいつの足の速さなら遠くに離れているルールルの元まで数秒でたどり着くだろう。

 そうしてルールルを盾にされれば、俺の放ったこの魔術は進路上にあるものを全て無に帰すのでルールルも巻き込んでしまうことになる。


 そんなのは嫌だ。

 なので――ダメ押しでこれも使うとしよう。

 俺は指を鳴らし、魔術とは全く別の物を発動させる。


「――ルール――この空間からは何人たりとも出られない」


 ルールルを永続召喚した時に得た技能、ルール作成(微)を使用した。

 ルールルのように空間から出た存在を問答無用で殺すといった事はできないが、こうして相手を逃がさない空間なら俺にでも作れる。


 よって――


「がっ! なんだ、これ……見えない……壁?」


 俺が支配できる空間内に居る弟さんは、空間の外に居るルールルの元には決して辿り着けない。

 そして、弟さんは限られた空間内で俺の放った闇を躱し続けるしかない。

 だが、見えない壁の存在に困惑している弟は今、完全にその動きを止めている。


 そこに闇が――迫る。


「うあ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やめろ! やめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔の叫びと共に、弟さんの姿が跡形もなく消え去る。

 闇にその全てが呑み込まれたのだ。

 

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