第32話『風』


 ――教会本部(地下第18層、B区画)


「なんだこの成金空間……」


 目を開けたら、金に包まれた部屋の中に居た。

 さしづめ玉座の間といった所だろうか。床も、王様が座るっぽい椅子も、その全てが金でできている。

 どこを見ても金、金、金だ。

 この部屋の設計者……趣味が悪いんじゃないだろうか?


「ルル? ラー君、ここはどこですか?」


 傍には先ほどから引っ付いてきていたルールルが居た。

 だが、センカとルゼルスの姿は周囲にない。おそらく、転移か何かで俺達だけがどこかに飛ばされたのだろう。


「分かるわけないだろ。教皇と目が合ったと思ったらここに飛ばされてたんだよ。多分、敵の罠かなにかだとは思うが……」


 だが、敵の罠ならばボルスタインが看破できているはずだ。

 なにせ、あいつの持ってる『アカシックレコードの写本』には敵の考える事も含め、全てが詳細に書かれているという設定だし。

 だが、事実として俺たちは見知らぬ場所へと飛ばされている。そして、これはほぼ間違いなく敵の策略によるものだ。


 という事は――


「あいつ……面白い展開だからって黙ってやがったな?」


 順当に考えてそんな所だろう。

 ボルスタインは俺の事を『主』と呼ぶが、それは別に俺の言うことならなんでも聞くという訳ではない。

 あいつの行動基準はある意味一貫している。ボルスタインは面白い『物語』を作るためならばどんな犠牲もいとわない。


 俺たちに敵の罠について語らなかったのは、語らない方が面白い『物語』を紡げそうだと判断したからだろう。


 さて――


「それじゃあこの状況をどうにかしなくっちゃなぁ」

「ル? そんなの簡単じゃないですか。ラー君、ルールルを殺してください。そうしたら罠に嵌められる前まで戻れると思いますよ?」

「それは最終手段――」


 と、そこまで言いかけたその瞬間。

 風が……舞った。



「ちぃっ――身体強化付与――」

「ハッハハハァーーーーーー!!」



 咄嗟とっさに自身の肉体を強化し、風と一合交える。

 その風はあろうことか俺ではなく、ルールルを狙っていた。

 しかし、だからこそギリギリで弾けた。横から弾いただけなのに、えらく重い一撃だ。


 そうして風が止み……そいつはスタッと着地した。


「アハハハハハハハハハァッ。姉さん姉さん、こいつ僕が見えてるよ!! 面白い。アァ……面白いなぁ!!」


 そう言って隻眼の瞳をぎらつかせながらこちらを睨むのは長い長髪の青髪を振り回す少年。その両手には二振りの短剣が握られていた。


 そして――


「うっふふふふふふふ。ええ、そうね。そうね弟。なんて狩り甲斐のあるにえかしら。それでこそ私の死神様への贄に相応しい」


 そう言って金ぴかの部屋に入室してくるつややかな黒髪の女。

 その手には背丈よりも高い鎌が握られていた。まさしく死神の鎌というやつだ。

 そして最後に――


「私の部下が申し訳ない」


 更に、その女の後ろから男が現れる。

 銀の短髪を持つクールそうな男。

 腰には一振りの刀が帯刀されていた。


「奇襲などつまらぬ事をするつもりはなかった……と言っても信じてくれぬだろうな。さて、殺し合う前に自己紹介させて貰おう。私の名はガイ・トロイメア。教会の最高戦力であるラウンズを任されている。そしてそちらに居るのが――」


「タラリアでーす」

「タラリアの姉のクスリアよ。死神様に仕える唯一の信徒。短い間でしょうが覚えていってね?」


「――というわけだ。二人とも、私と同様ラウンズのメンバーだ。さて、貴公の名を聞かせてもらえるだろうか?」


 教会の最高戦力であるラウンズ……ねぇ。

 それを任されている男とそのメンバー二人。どうやら教会側はどうしても俺を潰したいらしい。


「ラスボス召喚士、ラース」


 なんて事を考えながら、俺も今まで被っていた仮面を外して名乗る。 

 なぜかって? それが戦いの美学ってものだからさ!!

 俺はルールルにも名乗るように目くばせするが……


「ル?」


 不思議そうに俺を見るだけで名乗ろうともしないルールル。うん、まぁお前に戦いの美学云々を分かれっていうのは無理な話だったよね。知ってた。



 ルールルに名乗る意思がないと悟ったのか、ガイ・トロイメアさんが口を開く。


「ラース殿……貴公の命、貰い受ける。存分にその召喚術を行使するがいい。我々はその全てを打ち倒し、貴公を打倒しよう」


「おいおい、ラース殿なんて呼んでくれるなよ。そんな風に呼ばれたら背中がむず痒くなる。普通にラースでいい」


 センカのような小さい子に『ラース様』と呼ばれるのは別にいいが、こんな俺よりも確実に長生きしてるイケメンさんに『ラース殿』なんて呼ばれるのは違和感しかない。

 そんな俺の物言いに軽く微笑むガイ・トロイメアさん。


「ふっ、そうか。では、こちらもガイと呼んでくれて構わない。――さて、ラース。さっさと召喚するといい。それとも、そこの少女が戦うのか? 見たところ、そこまで強そうではないが?」


 ラウンズである三人がルールルに注目する。

 だが――


「ふわぁぁぁぁ~。……ルル?」


 当のルールルにやる気はゼロだ。

 まぁ、俺が『やっちゃってください』とでも言えばやる気を出してくれるだろうが……まぁそんな事を命令する気はサラサラない。ルールルがか弱い女の子ってのはある意味正解だからな。

 それに、あのラウンズを相手させるとなると、軽く百回は繰り返してもらう事になるだろう。それはつまり、百回もルールルを死なせるという事だ。それはさすがに気が引け――


 その時だった。


「ながぁぁぁぁぁぁぁい!!!」


 再び、暴風が巻き起こった。


「ふふ」

「な!?」

「――――――」


 暴風はルールルを巻き込み、そして後に残ったのは――首と胴が離れたルールルの姿だった。


「お前――」


 その光景を見て、怒りを爆発させる俺。

 だが、それよりも早くルールルが死んだことでその能力――死に戻りが発動する。


 全員……意識が過去へと……戻る――戻る――戻る――

 

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