第30話『物語を追い求めし者』


 ラース視点へと戻ります。

 時はシュランゲ・ボルスタイン召喚時まで遡ります。


★ ★ ★


「通常召喚。対象は――シュランゲ・ボルスタイン」


『イメージクリア。召喚対象――シュランゲ・ボルスタイン。

 通常召喚を実行――――――成功。

 MPを1000消費し、悲劇の演出者、シュランゲ・ボルスタインを24時間召喚します』


 そうして俺はゲーム『トラゴディエ・ヴォン・ゲシスター』のラスボスであるシュランゲ・ボルスタインを召喚した。


 召喚されたボルスタインは指揮者の如く腕を振るい、その手に一冊の本を顕現させる。


「まぁ、良いでしょう。こうして呼び出して頂けたのだから文句を言っては罰が当たる。さて、主の役に立つべくやるとしましょうか。私も存分に楽しませて頂こう」


 そうしてボルスタインがその手に現れた一冊の本を――開き、


「さぁ――――――悲劇を彩ろう。まずは無粋な出演者にご退場願うとしよう」


 彼らにとっての悲劇が始まった。


 シュランゲ・ボルスタインはルールルほどではないが、ラスボス単体として見た場合、弱い部類に入る。魔術の使い手で、その腕前はルゼルスより何段か劣るくらいだろう。

 だが、彼には物語創造系の能力がある。


 彼が手に持つ本の名は『アカシックレコードの写本』。その本には過去・現在の全てが収められているという。

 『アカシックレコードの写本』はとても凶悪なアイテムで、その本に書かれた内容はたとえ後付けで加えられたものだったとしても、現実に影響を与える。


 ボルスタインはそうやって本に描かれた内容を自分の望む物へと書き換え、現実世界を改変しているのだ。


 もっとも、矛盾を多く孕んだ事象に物事を変えることは不可能という事になっている。

 矛盾を多く孕んだ事象を書き込み過ぎると、『アカシックレコードの写本』その物が崩壊するとゲーム内でボルスタインは語っていた。


 少なくとも、意志のある人間の記憶や感情を強制的に変化させる事は不可能らしい。



 そんなボルスタインの物語創造系の能力が――今、解放される





 まずは彼が嫌う意思なき者。つまりは不死の狂信者達とやらがその能力の対象となった。


 意思なき者に悲劇など与えても、悲しむ心もないために悲劇足りえない。だからボルスタインは意思あるものを好み、それ以外を取るに足らない愚物と断ずる。


 加えて、彼の物語創造系の能力に出来ない事は『意志のある人間の記憶や感情を強制的に変化させる事』だ。

 それはつまり『意志のない人間の記憶や感情を強制的に変化させる事』は可能と言う事に他ならない。


 これは、意志ある人間が思っていることと違う事をするのは矛盾を孕むが、意志を持たない人間は何をやってもおかしくないので矛盾を孕まない――という判定らしい(基準はボルスタインとゲーム制作者のみぞ知る)。


 ボルスタインの改変により、不死の狂信者達とやらはその矛先を敵の魔物に向ける。

 これで相手の物量に惑わされることはなくなった。


「……は?」


 敵の教皇様とやらは茫然と目の前で広がる狂信者VS魔物の図を眺めていた。

 まぁ、何も知らないあっちからしたら『なんじゃこれ!?』って感じなんだろう。

 自軍が何の脈絡もなく突然反旗を翻したら誰だって動揺する。


 その後、不死の狂信者達とやらに命令を飛ばす教皇。

 しかし、狂信者達はその命令に従わない。

 ボルスタインが狂信者達にどんな設定を施したのかは俺も知らないが……おそらく『魔物を黒十字の使徒』と認識する。という感じの設定を加えたんだろう。


 そうした場合、狂信者は誰が何と言おうとも魔物を黒十字の使徒としか見れなくなる。意思もない存在ではそれが間違っていると認識する事もできない。

 ゆえに、狂信者達は教皇が何度間違いを指摘しようとも、魔物への攻撃を止めないのだ。



「さて、無粋な出演者には消えていただいた。さぁ、定命ていめいなき意志ある者よ。私にドラマを見せてくれ」


 そう言ってボルスタインはその場に居た教会の者たちを睥睨へいげいする。

 

 そして――


「とてもそうは思えない。教皇よ、あなたの思う通りだ」

「な!?」


 いきなり教皇に向けて何かを語りかけていた。

 傍から見ていればまったくもって意味不明な会話。だが、ボルスタインの力を知っている俺には分かる。

 今、ボルスタインは教皇の考えを『アカシックレコードの写本』にて読み取り、それに対して返答したのだ。


 もっとも、教皇が何を考えていたのか分からない俺では二人の間でどういったやり取りが交わされたのかやはり分かりにくいが。


「さて、理性ある出演者である君らには私の力を明かそう。私の力はこの本を媒介に現実世界を私がつづる物語世界とするものだ。現在、この空間の支配権は私にある。例えば、私が場面を山に変更したいと願えばこれこの通り――」


 パチンッ――とボルスタインが指を鳴らす。

 瞬間――教会の大部屋から一転して俺たちの周りを囲む光景が山へと切り替わった。


「なっ!?」


 ボルスタインが『アカシックレコードの写本』の内容を改変し、周囲を山へと切り替えた。

 周囲の光景がいきなり切り替わったことで慌てふためく教会の人たち。

 まぁ……そりゃ驚くよな。


 そして、ボルスタインによる自身の能力についての説明が続く。彼は物語を愛するゆえか、演出を重要視するのだ。

 そして、彼はこの世界の全てを自分がつづる物語の舞台装置、そこに出演している人々を役者、または出演者と定義している。

 彼のつづる物語に端役はやくなどありえない。だから、物語としての美しさを追求するためにボルスタインは敵にわざわざ自身の能力を語る。


 なぜか?

 解=そちらの方が物語として盛り上がる。そうボルスタインが考えているからだ。


「――ご覧の通り、場面を切り替えた。ああ、現存するこの世界のどこかに転移したわけではないよ? 真実、先ほどの空間が概念を超越して私の望む光景へと書き換わったのだ。もちろん、こうした物は物語として矛盾を孕むし、好ましくない。すぐに戻すとしよう」


 ボルスタインが再びパチンッ――と指を鳴らす。

 そうすると、周囲の景色は元に戻った。


 ――少し補足すると、ボルスタインが周囲の景色を元に戻したのは彼の好みに反するから、という理由だけではない。

 というのも、『アカシックレコードの写本』は矛盾を内包させすぎても崩壊してしまうのだ。


 だから、ボルスタインはこれ以上の矛盾を写本に認識させないように周囲の光景を戻したのだろう。


 もちろん、物語的に彼の好みではないから戻したというのも本当の事だろうけど。


「さて、私は物語が好きでね。特に悲劇的な物を好むのだよ。悲劇は良い。そして、悲劇を乗り越えんとする人間はとても美しい。人間の可能性を感じさせられるたび、私は感動に身を震わせられるのだ」


 シュランゲ・ボルスタイン。


 元々は空虚な人生を歩む読書家だったが、ある日彼は偶然火災現場に立ち会う。

 そこで火の手に包まれた家に取り残された恋人を助け出そうとする男の姿を彼は見た。

 結局、男は恋人を助け出すことはできず、家の前で泣き崩れることになる。


 悲しい結末だが、取り立てて特別でもない物語。

 だが、その光景はボルスタインに感動と言う感情を与えてしまった。


 それ以降、彼は感動を……悲哀を……追い求めるようになる。

 彼はゲーム内でこう語る。


『ああ、この世には悲しき悲劇が満ち溢れている。それを乗り越えようとする人間は素晴らしい。胸を打つよ。悲劇を乗り越えた者を見ると美しいと私は感じられる。乗り越えられなかった者を見ると悲しいと私は感じられる。ああ、なんと美しき物語がこの世には溢れているのだろう。だから、さぁ、もっと……私にドラマを見せてくれ。人の持つ可能性と言う輝きを見る為ならば……私はいくらでも悲劇を彩ろう』


 こうして、無害な読書家であったボルスタインは人類の可能性という輝きを見るという目的だけを掲げて世界に悲劇をき散らすようになったのだ。

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