第29話『教皇は破滅の階段を登る-3』


 ――教皇視点、霧の中


 訪れる白の世界。

 何も見えない。何も聞こえない。

 だが、何も起きない訳がない。


 私は全神経を張り巡らせ、危機がどの方向から来ても対処できるように四肢の力を抜く。

 そして――それは来た。


 白い霧がゴゴゴと蠢き、質量を持ち始める。

 やがてそれは肌色となり、手足が具現し、人間サイズのものとなる。

 そうして現れたのは――


「……あり得ない」


 現れたのは……七百年前に死んだ我が兄だった。


『おいこの屑弟ぉ!! よくも……よくも俺を殺してくれたこのドグサレがぁ!!』

「ひぃっ! ご、ごめんな――――――いや、違う。あなたは……あなたは私の兄ではない!! ただの幻影。そのはずだ!!」


 反射的に謝ってしまいそうだった自分を律し、冷静に目の前の存在は偽物だと判断する。


 ――いや、仮にだ。

 仮に、目の前のこやつが兄だったのだとしても、恐れることなどないはずだろうが。

 私は過去に兄を惨殺している。泣いて、許しを請う姿を散々楽しんだ後に殺しているのだ。

 あの時、私が抱いていた親や兄への恐怖心とは決別した。

 ゆえに――


「そう――あなたがもし本当に私の兄だったのだとしても……恐れる必要などないのですよ!!」

『このクズの役立たずがぁ!! また俺を殺すつもりかぁ?』



 全力で、目の前の偽物を殴りつける。

 目の前の兄はそれを避けるそぶりすら見せない。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 殴る――蹴る――抉る――刺し貫く。


「今度こそ永久に眠りなさい――アイス・コフィン!!」


 兄の体を機能不全に至るまで破壊し尽くし、その肉体を私の得意魔法である氷属性の魔法で作り出した氷の棺に閉じ込める。

 


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 偽物の兄が死に、再び白の世界に静寂が訪れる。

 これで――







『で? これで終わりか? 無能で無価値なクズ弟よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』」


 バキッ――という音と共に私が作り出した氷の棺に亀裂が走る。


「な!?」


 それを驚きの目で見つめる私。

 そうしている間にも、氷の棺にどんどん亀裂が走ってゆく。


 バキッ――バキッ――バキッ――


『やっぱりクズは何をやってもクズだなぁ弟よぉぉぉ! そんなお前がよくも価値ある人間である俺を殺してくれたなぁ。こんのビチグソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 パリィンッ――


 そうして――棺は完全に破壊され、兄は壊され尽くした肉体を引きずりながらこちらに寄って来ていた。


「そんな……ありえ……ない……」


 ただの人間である兄が……私の魔法に対抗できるはずがない。

 だというのに、私の魔法は他愛もなく崩れ去った。


『何を呆けてるんだよ弟よぉ!!』


「げぼぁぁぁっ!!」


 目の前の現実が受け入れられず、呆けていた私を兄の拳が打つ。


『このっ……クズが……クズ弟が……どうだ! 思い知ったか! どうだ! どうだぁぁ!?』


 繰り返し振るわれる兄の拳。

 ただの人間である兄がいくら全力で拳を振るおうが、人間を超越した私には効かない。


 そのはず……なのに――


「げぼえぁぁぁ! そんな、バカな……事がぁ!!」


 痛い。

 下手をすれば私の拳よりも鋭いのではないかと思うほど、その拳は重く、鋭い。


『聞いたぞ弟ぉぉぉぉぉ。お前、人間を辞めたんだってなぁぁ。ホンットバカだよなぁお前ぇぇぇ。クズはどうなろうとも、結局はクズにしかなれねぇってのによぉぉぉぉぉ。それが粋がるから最終的にこうなるんだよ。身の程をしれクズがぁ!!』


「いたっ、痛い!! やめ……やめて……やめてください、兄さん!!!」


 耐えきれず、ついにそんな情けない言葉が口から出てしまう。

 意識しての事ではなかった。ただ、もう耐えられないと思ったら無意識にそんな事を口走っていたのだ。

 そもそも、目の前の兄にそんな懇願をしたところで、振るわれる拳が止まることなどあるわけがない。

 だが――


『………………………………』

「え?」


 兄は、拳を引いていた。

 そして、暗く……冷たい視線で私を見つめる。

 そうして兄が……口を開いた。


『分かった。もうやめよう』



 そう言って、兄は後ろを向く。

 そして――


『クズな弟に復讐したがってるのは……俺だけじゃねぇからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 ォォォォォォォォォォッォォオォォォン――


 それは、怨霊の叫びだった。

 兄の後ろから、数多の人々の姿が現れ出づる。


 それは、私の親であり、初めに殺した村の人々であり、因縁のある者達だった。


「ケッハハ――」


 ああ、ようやくわかった。

 これは夢だ。

 現実離れした出来事の連続。そうだ、そうなんだ。これは……夢だ!!


『『『死ね、許さん。滅殺。殺す。クズめ。クズ、死ね、クズ、死ね』』』


 どこから具現したのか、十字の剣を手に私の身を刺し貫く人々。


「イ、イ、イ、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ。なんともまぁリアルな夢ですねえええええええ。ヒャハハハハハハハハァァッ」


 そうして私の肉体にあったダンジョンコアは壊され、この夢は永遠に幕を閉じた――













「やれやれ。やはり第一劇すらも乗り越えられなんだか。だが、まぁ、とても人間らしい終わりだったと思うよ、教皇。くくくくくくく。ははははははははは」


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