第15話『教皇様は作戦を練る-3』


 ラウンズにおける参謀役。先ほども軽く名前が挙がった『ルナ・アウスブレンデン』がガイに代わって前に出る。


「さて、口下手な彼に代わり、私が説明を引き継ぐわ」


 緑の短髪の知的そうな女。

 ルナ・アウスブレンデン――彼女は人間であった頃、たった一人で冒険者稼業に身をやつしながらこの世の真理を探究していた。生粋の研究者だ。

 それでも足りない。まだ足りない。定められた命がある人間ではこの知識欲は満たせない。

 そう考えた彼女は単独でどこぞのダンジョンの主を屠ってコアを入手し――今に至る。



「打開策はあるわ。この黒十字の使徒の最大の強みは、このラースという少年の召喚技能。守りを常に召喚している『ルゼルス・オルフィカーナ』に任せ、いざとなったら攻めは他の者を召喚してそいつにやらせる。単純だけど隙のない作戦だわ」


 鉄壁の守りと、最強の矛。

 召喚される者が強大であるからこそ取れる戦法だ。

 たしかに単純極まりない戦法。だが、それだけに破るのは困難だ。




「つまり、この黒十字の使徒を屠る為にまず肝心なのはこのラースの抹殺よ。他の二人は一旦無視して鎌わないわ。そう考えれば自ずと対策は生まれてくる。幸い、このラース本人はそこまで強くないわ。私たちラウンズの魔法使い以外のメンバーであれば簡単に殺せるはず。この子、魔法耐性はかなりあるみたいだけどそれだけみたいだからね」


 そう聞くと、確かになんとかなりそうな気はしてくる。

 だが、問題がいくつかある。

 私と同じことを考えたのか、恐る恐るといった様子で手を上げる幹部が一人。


「質問……よろしいでしょうか?」


 先ほどのガイの行いの効果なのか。その幹部は『ルナ・アウスブレンデン』の顔色を窺いながら言葉を紡ぐ。


「どうぞ」


 それに対し、柔和な笑顔を浮かべて質問を受け付けるルナ。

 笑いかけられた幹部は「うっ」と言葉を詰まらせながらも声を出す。


「で、では失礼して……。このラースという少年が重要人物であるというのは理解できました。確かに放っておけば強力な召喚を幾度もされるかもしれませんし、仮に我々がこの者の召喚した物を倒しても再召喚されたらたまったものではありません。なので、最初にこの少年を狙う事には賛成です」


 ラウンズであるルナの作戦を肯定する幹部。だが、そこで「しかし」と続ける。


「しかし、他の二人が厄介なのは依然変わらないのではないですか? 光の速さで動く鋭い斬撃を放つセンカ、そして強大過ぎる力を持つルゼルス・オルフィカーナ。仮にこのラース少年を倒せたとしてもこの二人をどうにかできなければ意味がないのではないですか?」


 この幹部の言う通りだ。

 仮にラースを撃破したとしても、残った二人が手ごわい事には変わらない。

 それに、そう。それにだ。


「それに、我々がこのラース少年を狙えば確実に他の二人が邪魔してくるでしょう。そう簡単にこの者の首を取れるとは到底思えないのですが……」


 そう、それが最大の問題点だ。

 黒十字の使徒も召喚士であるラース少年が一番の重要人物だという事を理解しているだろう。

 ならばこそ、このラース少年を一番に守ろうとするはず。

 そんな万全の守りを敷かれている中、この者の首を取るなど至難の業だと思える。


 そんな幹部の疑問の声を全て聞いた『ルナ・アウスブレンデン』は薄く微笑み、その疑問に答えた。



「仰りたいことは分かりました。ですがご安心を。その点についても考えています。まず、第一の疑問点であったラース以外の二人の対処法ですね。これについては簡単です。特に『ルゼルス・オルフィカーナ』の対処はね。皆さま、お忘れかもしれませんがこの『ルゼルス・オルフィカーナ』なる人物は召喚士ラースによってこの世に生まれた疑似生命体のようなものです。召喚士が死んだ場合、その召喚士に召喚された物はどうなるか……ご存知の方も居るでしょう?」


「「「………………あっ」」」


 私を含めた幾人かが声を上げる。

 それは納得という色を含んだ声。


 そうだ。召喚士などマイナーな存在だから忘れていたが、召喚された物は召喚士の力がなければこの世にその姿を保てないのでした。

 ゆえに、召喚士が先に死んだ場合、その召喚士に召喚された物は数分も経たずに消滅する。


「この『ルゼルス・オルフィカーナ』という超常の存在を屠る為にも我々は召喚士ラースを先に始末しなければならないのです。私が見た彼女の能力値が真実であった場合、まともに相対しても勝てません。ならばどうするか? 答えは簡単です。まともに相対しなければいい」


 彼女ルナの言う通りだ。なぜ正面から戦うという事ばかり考えていたのでしょう。


 敵が強大? 戦っても勝てるわけがない?

 ならば戦わなければいいだけでしょう。当然すぎる選択です。


 多くの物が納得するのを確認し、ルナは説明を続ける。


「しかし、このセンカという影使いの少女は違います。彼女は召喚された物ではない。先ほどの『ルゼルス・オルフィカーナ』と違い、相対する事は避けられません。彼女は魔人と人間のハーフという珍しい存在です。叶うならば研究素材として解剖したいものですが……こほん。失礼」


 一瞬、研究者としての顔を覗かせるルナ。だが、今はその時でないとすぐに黒十字の使徒への対抗策、その続きを語る。


「彼女への対策ですが、これについても問題はありません。彼女の武器は影です。どういう原理なのかは不明ですが、彼女は近くにある影を自在に操りそれで攻撃や防御をします。ならば話は簡単です。彼女の近くから影をなくしてしまえばいい。影さえも生まれぬダンジョンの中。あるいは影が生まれぬほどの光で彼女の周囲を照らしてしまえばいい。そうすれば彼女などそこそこ優れた冒険者に過ぎません。これもラウンズであれば容易に倒せるでしょう」


 光の速さで動く影による攻撃。

 その攻撃に対処することなど不可能。

 ならば、そもそもの話、影を作らせなければ良いというわけですか。

 なるほど、相手が影を利用して攻撃してくるのならば非常に有用な手段ですね。

 影を生ませないほどの光を常に浴びせるのは難しそうですが、影すら生まれぬ闇を作り出すのは容易ですし。


「さて、二人に対する対策はこんなところで良いでしょう。次に、この二人に守られているであろう召喚士ラースをどう抹殺するかについてです。確かに、この点については我々も頭を悩ませました。いくら召喚士を消せば消えるといってもこの『ルゼルス・オルフィカーナ』は正真正銘の化け物です。この壁を正面から突破するのは至難の業。しかし、いかに強いとはいえ、その身は一つです。それならば多少強引な手段ではありますが、光すら生まれぬ闇を作りだし、その中で全方位から大量の魔物をぶつけて隙を作ればいい。その隙を突き、召喚士ラースを――抹殺する。これしかないと私たちは考えています」


 その後、補足説明で黒十字の使徒の攻撃手段が幾つか明かされる。


 『ルゼルス・オルフィカーナ』は魔法のようなものを用い、それで大量の魔物を屠れるようだが、それには幾ばくかの溜めを必要とするらしい。それが放たれればいかな魔物の軍勢も消え去るだろうが、溜めの間に召喚士ラースを抹殺することは十分可能であるとの事だ。

 魔人と人間のハーフである『センカ』も影で大勢を相手取ることが可能だそうだが、それも影も生まれぬ場所に落としてしまえば問題ない。


「以上が我々ラウンズが提唱する彼らへの対策です。他に何かご質問などはありますか?」


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