第12話『教皇様は苦悩する-3』

 ――教会本部。教皇視点



 そう言って男が懐から拳大の袋を取り出し、投げ渡してくる。


「おっと」


 その袋を見たとき、大きさから定期的に指令書と共に我が神から支給されていたダンジョンコアかと思ったが、受け取ってみて違うと悟る。


 中を見ると、何やら粉末状の黒い粉が入っていた。


「これは?」


 初めて見るそれに関して、私は目の前の男に尋ねた。

 男は『クックック』と笑いながら黒い粉について話し出す。


「そいつはな。なんでもダンジョンコアを作ろうとして出来た失敗作らしイゼ。飲んだ奴は不死にナルどころか、次の日には死に絶える。だが、ダンジョンコア以上に悪意を伝染さセ、飲んだ者を中途半端な不死者とするのサ。自然と死に絶える次の日マデっつぅ期間限定の不死者だな。我らが神サマが言うには黒い粉が完全に消化されるからそんな事になるんダトヨ。ああ、もちろん力を倍増させる効果もアル」


「は、はぁ」


 そんなものをどう使えと?


 私の困惑した様子を見て取ったのか。男はため息をつき、続きを話す。


「教皇サマよぉ。信者の数が減っちまったって聞いタガ、それでもまだ残ってんダロ? 熱狂的な信者だってまだ幾人かは残ってるんじゃねぇのか?」


「ええ。そりゃまぁ居るには居ますが……まさか――」


 そこまで男が言ってようやく、私はこの黒い粉の使い道に思い至った。


「まさか……その熱狂的な信者たちにこの黒い粉を飲ませろと? そうして使い捨ての尖兵にしろと……そう言う事なのですか?」


「使い方は任せるとの事ダゼ? だがなぁ、教皇サマ。アンタはもう手段を選んでる場合じゃネェと思うゾ?」


「それはどういう――」


「我らが神サマからの言伝はもう一つあってなぁ。黒十字の使徒の抹殺に失敗したその時はオメーラ全員廃棄処分だってヨ。教皇サマご自慢のこいつらラウンズも含めてな。こいつらも確かに少しは使えたが、正直これを最高戦力って言うんじゃあナァ」


「「なっ!?」」


 あまりに酷い内容に私と部下は驚く。


 廃棄……処分?

 それはつまり、我々が黒十字の使徒の抹殺に失敗したとき――我々から恩寵を取り上げ、死を与えると。そう言う事なのか?


 ラウンズの皆を見る。幾人か悔しげに強く拳を握りしめていたりと何か思うところがあるようだが、驚いている様子はない。


「教皇様、申し訳ありません。我々も精一杯努力したのですが、亜人国……特に魔人国ではこれといった活躍ができませんでした。いやはや……世界は広い。向こうには我らラウンズ級の強者が幾人もおりました。特に私が見た中で亜人の王とこの方は別格。私も挑みましたが、生き残るのがやっとの相手でした。あれは……別物ですね」


 ラウンズの『ガイ・トロイメア』が謝罪してくる。

 ラウンズの中でも特に秀でた『ガイ・トロイメア』がそうまで言うとは……。


「カッカッカッカッカ。人間ってのは貧弱ダよなぁ。ダンジョンコアで進化しても根っこが変わらねえんだから救えネエ。まぁ、元々のステータスを倍増させるのがダンジョンコアなんだから、そりゃあ元々のステータスが重要になってくるっつう話だよナァ」


 先ほど『ガイ・トロイメア』が別格と評した男が楽し気に笑う。


 ――そうか。


 私と同じように、我が神も人間に愛想を尽かしつつあったのか。


 しかし、私と違って神はダンジョンコアで進化した我々の事も人間として見ていた。

 ただ、それだけの話。そういう事ですか。


 ゆえに、これが最後のチャンス。

 黒十字の使徒の抹殺に失敗すれば、元人間の我々は神から見捨てられる。


 ああ、やはり黒十字の使徒たちの言い分は正しかった。


 確かに、我が神は邪神か悪魔なのだろう。そうでなければ敬虔な信者である我々をこうもあっさり切り捨てようとするものか。

 いや、彼らの言い分は偽神との事だったか。


 まぁ、あまり変わらない。


 どちらにせよ、我らはもう後戻りできない所まで来てしまったのだ。

 ならば、進むしかあるまい。

 我らが救われる道はたった一つ。黒十字の使徒を抹殺し、神から与えられた最後のチャンスを掴むのだ。


 なるほどなるほど。

 確かに目の前の男の言う通り、手段を選んでいる場合ではないようですね。


 私は神から遣わされた男を前に膝を折った。


「拝命しました。必ずや……必ずや黒十字の使徒を抹殺して見せましょう」


「オウ。期待してるぜ」


「ありがたき幸せ……。それと、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「アァ、なんだ?」


「私は神からの信頼を勝ち取りたい。人間だからと見捨てられたくないのです。神の使者殿。あなたはどのようにして神からの信頼を得たのですか?」


 私以上に神から信頼されているであろうこの男。

 正直に言おう。私は名も知らぬこの男が羨ましかった。

 この男のように、私も神からの信頼を得たい。そう強く思ったのだ。


 私の問いに対し、使者が面倒くさげに答える。


「信頼……信頼ねぇ。そんなもん簡単だロ。ただ、強くあればいい。そうすリャ勝手にま……我らが神サマからお声がかかるはずだぜ? 少なくとも俺のバアイはそうだった。戦果を上げまくってたらアレヨアレヨと昇進、昇進、昇進よ。まぁ、戦場に回される機会が減っちまったのだけが不満だがナ」


「戦果? 失礼ですが、どのような? それに昇進ですと? あなたは一体?」


「オット。そういや自己紹介をしてなかったな」


 男が白いローブを脱ぎ棄てる。


「亜人国制圧部隊・大隊長『ニヴルカムイ』」


 漆黒の髪をたなびかせ、精悍な顔つきの男。

 外見の年齢は二十代といったところ。肉体が最も生気に満ち溢れている年代。

 なるほど、とても強そうな人間……いや、違う。


 人間だと? いな、否、否。男は人間ではなかった。

 人間と似ている外見だったが、人間にないものが男の身を守っていたのだ。


 それは……鱗。

 男の皮膚は、固そうな肌色の鱗で覆われていた。


「最強の亜人、竜人がダンジョンコアの力で更に進化したのが俺さ。まぁ、種族の力だけと言われると悲しいガナ。お前ら人間の中から俺を超える存在が現れることを心の底から祈ってるゼ。まぁ、そう簡単に超えさせねえケドな。ハハハハハハハ」


 

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