第11話『教皇様は苦悩する-2』

 ――教会本部。教皇視点


「やれやれ、教皇サマともあろう方が我らが神を疑うなど……嘆かわしいねぇ」


 見知らぬ者の声が聞こえてきた。


「「誰です!?」」


 周囲を見渡す。


 すると――いつの間にか教会の白いローブを纏った者が十三人も扉の前にいた。


 しかし……どうやってこの部屋へと入ってきたというのか。

 この部屋は完全に密閉されていて、ダンジョンコアの波長を持つ者でないと入れない。

 しかも、その出入口は両開きの大きな扉のみ。

 この人数が入ってくれば嫌でも気づけるはず。それなのに、こうして声をかけられるまで私も部下も彼らの存在を察知できなかった。


 教会の白いローブを纏う者たち。

 この部屋に入れたからには彼らも裏の事情を知る我らの仲間だと思われるが……。


「おおっと。そう警戒すんなよ教皇サマ。薄々分かってるとは思うが俺たちはアンタの味方さ。こうして助っ人も用意したんだぜ。あんたらが育て、神の導きとやらで更に研ぎ澄まされた自慢の尖兵をよぉ」


 バサッ――


 白いローブを脱ぎ棄て、その姿を露わにする十二人。


「「おおっ!!」」


 その姿を見て、私と部下は戦慄した。

 そう、彼らは、否、彼らこそ教会が保有する最高戦力――ラウンズ。


「お久しぶりです。教皇猊下。数十年ぶりですが、お変わりないようで。……いや、少しやつれましたか?」


 ラウンズの一人。十七代前の剣聖、『ガイ・トロイメア』。

 私もそうだが、彼も変わらない。


 いや、そんなことはないですね。

 確かに外見に変わりはない。だが、身に纏う圧が以前よりも増している。

 この数十年でそれだけの修羅場を潜ったという事でしょうか? まったく、頼りになりますね。


「あ、ああ。最近はあまりよく眠れていないのですよ」


「それはいけない。いかに不死である我らとて疲労はたまる。人間族の支配の要であるあなたに倒れられてはかなわない。休息をとることをお勧めします」


「そうですね……。しかし、黒十字の使徒。奴らを始末するまではゆっくり寝ても居られないのですよ。奴らは強い。こうしている間にも人間族を支配するために用意していたダンジョンが攻略されているかもしれません。それに、奴らはなぜか絶対に知りえないはずの教会の秘密を握っていました。もう、こちらの秘密ごとは全て知られていると考えてよいでしょう。ならば、いつこの教会本部に攻め込んできてもおかしくないのです。私のダンジョンとして設定したこの教会本部に……ね」


 そう、この教会本部こそ私の砦。私のダンジョン。

 魔物の発生は教会本部が建っている場所の地下深くのみとなるように設定してある。

普通のダンジョンコアから生まれたダンジョンではそんな設定は出来ないのだが、私が神から与えられた特別なコアはまた別。そういった設定も自由自在なのだ。


 だからこそ、この教会本部はダンジョンでありながら表に出せるのだ。

 むしろ、この周辺には魔物が全く現れない事から聖地と呼ぶものまで居る。

 実際は地下で幾匹もの魔物が生まれていて、その全てが教会から遠く離れたところに出荷されているとも知らずにだ。


 だから、この教会本部がダンジョンであると露見することはない。


 ――はずなのだが、相手が黒十字の使徒では不安が残る。先ほど言ったように、奴らは絶対に知りえない我々の秘密を知っていた。


 ならばこそ思うのだ。奴らは既にこの教会本部の実態すらも知っているのではないか……と。


 そう考えたら、おちおち寝ても居られない。


「なら、待ち構えて返り討ちにすればイイじゃねぇか。俺たちの真骨頂は防衛戦でこそ発揮されルンだからよぉ。ダンジョンの主らしく、どっしり構えていようや」


 ラウンズでない最後の一人。白いローブを未だ被り続ける男がそう言い放った。


「それに、こうして教皇サマ自慢の精鋭部隊が整ったんだ。万全の状態で待ち構えて返り討ちにしてやレバいい。ああ、それとだ。ま……我らが神からの言伝だ。絶対の絶対のゼーーーーーーッタイにその黒十字の使徒……だったか? そいつらは殺せとヨ。手段は問わねえっつう話だ。人間族を支配するために温存していただろう戦力を全て投入しようが何しようが構わねえ。とにかく、そいつさえ消せば後はどうでもいい。他の事はいったん忘れても構わねえとまで言ってたゼ」


「なんと!?」


 我が神がそんなことを?

 それだけ我が神は黒十字の使徒を警戒しているのか。


 ――となると、やはり黒十字の使徒の教義が真実味を帯びてきますね。


 黒十字の使徒は真なる神から力を授かりし使徒だという話。


 真なる神とやらに敵対している我が神……黒十字の使徒は偽神ヤルダバオートとか呼んでいましたね。偽神ヤルダバオートがそんな黒十字の使徒たちを最大限に警戒するのは当たり前の話だ。


 奴らの強力過ぎる力も、神の恩寵だと考えれば納得できる。


 考えれば考えるほど、符合する点が多すぎる。

 やはり、奴らの言い分は全て真実だと考えてもよさそうですね……。


「おい、教皇サマよぉ。どうした?」





 目の前の未だ正体を現さない白ローブの男が声をかけてくる。

 この男は引き抜かれていたラウンズをこうして引き連れ、神の言葉を伝えに来た。

 という事は少なくとも私より神からの信頼を得ているのでしょう。


 私が直接神に謁見したのは一度のみ。神々しくも禍々しいそのお姿にただ跪く事しかできなかったのを覚えている。

 その姿を見てこの方こそがこの世界を創造せし神だと確信し、私は膝を折ったのだ。

 だが、悲しいことにそれ以降は神は姿を現してくださらなかった。神からは簡単な指令書が届くのみだったのだ。


 だから、私は我が神について何も知らない。


 だが、目の前のこの男ならば神について私よりも多くの事を知っている可能性がある。


 ならば、神の正体について尋ねてみましょうか?


 黒十字の使徒の言い分がすべて真実なのか、確かめてみたいという思いもある。


 私は少しだけ思考し……やめた。


「あ、ああ。すみません。我が神の指令をどうこなすべきか考えていました。それにしてもいやはや、我が神も容赦がない。精強たるラウンズに加え、全ての戦力を黒十字の使徒に投入してよいと言うのなら我らに敗北はあり得ません」


 そうだ。何を勘違いしているのだ私は。


 我が神が偽神かどうか。敵の後ろに居るのが真なる神なのかどうか。そんなことはどうでも良いではないか。


 私の信ずる神は我が神のみ。


 そもそも、忠誠を誓った我が神に対して『あなたは偽物ですか?』と聞くなんて不敬にも程があるだろう。


 敬虔な神の信徒である私はただ言われた通り、我が神の指令を遂行する事だけを考えていればよいのだ。


「おぉっと。作戦を練るにはまだ早いぜ。まだ手札はある。なにせ、我らが神サマはとっても用心深い。これも使いな」


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