第8話『約束された災厄と救世主』


 ――辺境の村『ヘタルト』にて。


「グォォォォォガァァァァァァッ!」

「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 猛牛系の魔物。ミノタウロスの群れが村を襲っていた。

 人家は壊され、村が荒らされる。

 村人は突然の事態に慌てふためくだけで、中には腰を抜かして動けなくなったものまで居る。


「フゥーッフゥーッフゥーッフゥーッフゥーッ」

「ひっ――」


 そうして逃げ遅れた者にはもれなくミノタウロスの持つ大斧が迫る。

 ――と、ここで俺たちは動いた。


「行くわよ、ラース、センカ」

「OK」

「ラース様はあまり無茶をしないでくださいね」



 ルゼルスの魔術でこっそりと上空からミノタウロスが村を襲う様子を眺めていた俺たち。かけてもらっていた隠蔽魔術を解除してもらって地上へと降り立つ。

 全員、仮面を被るのを忘れない。

 そして――散る。


「――身体強化付与――」


 俺は自身に魔術を使用して身体能力を向上させる。

 こうすることで、俺はA級冒険者をも超えた力を得ることが出来るのだ。

 ミノタウロスはBランクの魔物。余裕で相手できる。


「ブモォォォォォォォォォッ!」


 ミノタウロスが斧を逃げ遅れた村人へと振り下ろす。

 だが――


「グゥゥゥゥゥ?」


 振り下ろされた斧は村人の頭をかち割るはずだったが、実際には地面に深い傷を残すのみだった。

 そして逃げ遅れた村人はというと――


「大丈夫ですか?」

「えと……は、はい……」


 ミノタウロスがノロノロと斧を振り下ろす前に俺が救出していた。

 俺はいつも通り、少し気取った態度で村人に接する。



「もう大丈夫。後はわたくし達にお任せください。あなたに我らが真なる神の祝福があらん事を」


 ノリノリでクソ痛いセリフを口にする俺。

 いつもなら少しだけ気恥ずかしくなるそれだが、相手は初対面で見知らぬ相手。しかも、これ以降は合わない可能性大。さらに今の俺は素顔を晒しておらず仮面を着用。


 ここまで予防線? を張っていれば恥ずかしくなんてない。いつものように、せいぜい劇の役者になったような気分で楽しませてもらうとしよう。



「あ、貴方様はもしや……使徒様!?」



 俺が助けた村人が歓喜に満ちた表情で俺を見つめる。

 うんうん。三年前からこつこつやってた布教活動のおがけか、俺たちも随分と有名になったもんだね。

 しかし、今でもたまに思うが人々から『使徒様』なんて呼ばれる時が来るとは思わなかったよなぁ。それも、茶化したりなんかじゃなく、ガチで呼んでもらえるんだもん。否応なしにテンションあがってしまうね。

 自然と顔がにやけてしまう。仮面を被ってなかったら神聖さ的な物が消し飛んでしまっていたかもしれない。



 今、口を開いたら仮面越しでも浮ついた自分の考えが見透かされそうで怖いので、俺は村人の問いに答えずミノタウロスと対峙することにした。


「グゴガァァァァッ」


 獲物を取られてイラついているのか。

 はたまた、俺の姿を見て怒っているのか。

 どちらにせよ、目の前にいるミノタウロスさんはご立腹のようだ。

 真っすぐに俺へと向かって突進してくる。


「ブロァァァッ」

「シッ――」


 交錯する俺の剣とミノタウロスの斧。

 そしてその数秒後……ミノタウロスは胴体から血を流し、地に伏した。


「安らかなる眠りのあらん事を……」


 全くぜんぜんこれっぽっちも心にもない事を意味深に呟いて刀を仕舞う。そして周囲の確認だ。

 周囲では当初の予定通り、センカやルゼルスもミノタウロスに襲われそうになっていた村人を助けていた。


「今、楽にしてあげます。――影縛り……からの……影斬かげきまい!」

「グオァッ!?」


「くすくすくす。正義の味方参上……なんてね。さぁ、派手に息絶えなさい」

「ギャゴアァァァァ」



 センカはミノタウロスの影を操ってミノタウロス本体を縛り、動けなくなった所を影を操って首チョンパ。


 一方、ルゼルスは派手な炎の魔術でミノタウロスを焼却していた。

 ルゼルスは様々な魔術に精通しているが、その中でも特に闇と炎の魔術を得意としているからな。


 二人は俺なんかより遥かに強い。

 よって、俺でも倒せるミノタウロスなんぞに後れを取るわけがない。


 

 そうして俺たちは村を襲っていたミノタウロス達を一掃する。

 


「ありがとうございます使徒様方。おかげで村は救われました」

「本当に……なんとお礼をいっていいか……」


 口々に感謝の言葉をかけてくる村人達。

 後始末を終えたルゼルスが一歩前に出てそんな村人達へと声をかける。


「残念な事にまだ終わってはいません。忌まわしき偽の神……偽神ヤルダバオートにより、地上は魔物の楽園となり果てようとしています。奴の力の源はと種族間の憎しみそのもの。この憎しみの連鎖を終わらせない限り、魔物による脅威は取り除けないのです……」


 ルゼルスは「自身に力がないことが悔しい」なーんて事を言いながら村人達に涙を見せる。もっとも、仮面をつけているから仮面の下から零れ落ちた涙しか見せられない訳だが。


「ですが、諦めてはなりません! 真なる神はまだこの地を見捨ててはいません。その証拠に真なる神は我ら使徒に力をお与えになられました。真なる神の望みはただ一つ。種族間で争うこともなく、魔物という脅威がない――平和で優しき世界。その為の世界を我らを目指します」


 拳を天に掲げ、力説するルゼルス。



「ですが、やはり力が足りません。先ほど、偽神ヤルダバオートの力の源が種族間の憎しみと言いましたが、実はもう一つあります。それは、奴への信仰心です。奴は自身が力を得るため、太古の昔に自らの使徒を用いて自身を神となぞらえし悪しき教えを作りました。そう――それこそが人族の間で広まっている教会の教えです!」


 そうして、ルゼルスの教会批判が始まる。


「教会の教えは尊きものとされていますが、それは大きな間違いです。かの教義では魔物だけでなく、魔人族まで悪しき物として扱っています。魔人族は善良で、何の罪もない民草に過ぎないのに……です」


 痛ましげにルゼルスが瞳を伏せる。


「教会のこの教義は、すなわち悪しき神が生み出せし悪しき教え。それを人々が信じる限り、真なる神である我らが父も偽神ヤルダバオートには打ち勝てないのです。人族が偽神ヤルダバオートへの信仰を捨て、その教えを破棄しない限り我らが真なる神に勝ち目はない――――――ですが!!」


 教会の教えを悪神が作った邪悪なものと断じたルゼルスはそこで声を張り上げ、空中へと浮かぶ。俺とセンカも彼女の魔術によってそれに追従する形で空中へと浮かぶ。

 村の人々はそんな俺たちを……主にルゼルスを目で追う。


「逆をいえば奴への信仰を捨て、かの教えを破棄すれば必ずや我らが真なる神は偽神ヤルダバオートへと打ち勝つことが出来るという事です。それが叶いし時、我らが真なる神はこの世界を魔物の存在しない理想郷へと作り変えてくれるでしょう。そう――このように」


 そこでパッとルゼルスの姿がかき消えた。

 空間転移の魔術だ。予定通り、例の場所へと転移したのだろう。

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