第7話『悪だくみ』


「後ははかりごとのみだろう? ならば己をさっさと消すがいい」


 ダンジョンの主を倒し、屈服させたココウが『戦いがないなら召喚を解け』と催促してくる。本当に戦いにしか興味ないんだな。


「わかったわかった。そんなに急かすなって。通常召喚……解除」


『通常召喚を解除します』


 そうして消えていくココウ。

 去り際に、ココウは俺に指を突きつけ、宣言する。


「この通り、今は貴様の便利な駒として使われてやろう。ゆえに、貴様もあの時の約定を違えるな。貴様が数多の世界の支配者ラスボスを使役できるようになったその時……この俺と勝負しろ。数多の世界を支配した最強たる存在を全て打ち倒し、それらを統べる貴様を倒し、喰らって我が糧とする。それを為した時こそ、俺は真に唯一無二の存在となるのだ。……また会おう。我が宿敵よ――」


 そう一方的に告げた後、ココウは消え去った――

 俺は消えたココウに対し、


「分かってるよ。この戦闘狂め。俺が勝ったら少しは他の娯楽を覚えてもらうからな? ――ったく、本当にどうしようもないラスボスだよ」


 消えた相手に対し、そんな苦言を口に出すのだった。



 ココウを最初に召喚する際、あいつと交わした約束事。

 俺が全てのラスボスを従えたその時、俺がココウと全力をもって戦う。これを約束するならばそれまで戦闘時のみ、ココウは俺の力となってくれるという約束だ。

 


 無力であった子供の頃、ココウは全てを奪われた。


『力があれば……。もっと僕に皆を守れるだけの圧倒的な力があれば……』


 ゆえに、ココウは力を求めたのだ。もう何も奪われないように。

 すべてを失ったココウは強さ以外の物は無駄と切り捨て、ひたすら強さだけを求めた。善も悪もない。ただ強者だけを滅ぼす災厄となり果てた。

 そうして最後は孤高を貫いたまま、主人公とその仲間によって打ち倒されたのだ。


 彼のように孤高を貫き、ひたすら強さを求める姿には畏敬の念を覚える。

 覚えるのだが――


「それで終わっちゃあまりに報われないだろ……馬鹿が」


 召喚したココウに対し、ひどい言い草だと思うが訂正する気は起きない。

 俺はココウを含め、ラスボス達の事が大好きだ(サーカシーは除く)。

 ゆえに、彼らにも救いがあったっていいじゃないかと。そう願ってしまうのだ。






 ――――――っと。感傷に浸るのはここまでだ。

 この後の仕事のこともある。気を取り直して準備を進めるとするか。



「ルゼルス、ダンジョンの主さんの状態は?」

「既に拘束して眠らせているわ。魔術抵抗力も低そうだし、このまま放っておけば丸一日は眠ったままでしょうね」

「ふむ……ダンジョン内に隠れ潜んでいる魔物、もしくは新たに生まれた魔物がダンジョンの主を起こしに来た場合は?」

「それも大丈夫よ。拘束した彼を魔術結界内に閉じ込めているから。中級の結界だけれど、ここに居る程度の低い魔物からの攻撃であれば十二分に耐えられるわ。ああ、それと手頃な魔物を既に数十匹捕らえて眠らせているの。有名な魔物であるミノタウロスの捕獲にも成功したわ」

「くくく、それは重畳ちょうじょう



 こうして悪だくみする瞬間というのは楽しいもんだね。興が乗って思わず笑いが漏れてしまった。

 ルゼルスが三年前に発案した教会を潰すための作戦。最初はどうかと思ったが、やってみると意外とはまるし、何よりやっている側の俺は楽しい。


「くすくす。ノリノリね。ラース。楽しんでくれているようで何よりだわ」

「ええ、本当に……。ふふっ、悪だくみしているラース様も可愛いです」



 なぜだかお母さんのような眼差しで俺を見つめてくるセンカとルゼルス。


 ――しまった。気分が盛り上がって少し痛い感じになってたかもしれん。

 パンッと俺は自分の両頬を叩き、仕切り直しといわんばかりに声を張り上げる。



「こほん。さて――それじゃあ準備ができ次第、このダンジョン付近にある村『ヘタルト』を襲撃し、それを俺たちの手で救う。準備はいいか?」



「ええ」

「はいっ」


 威勢の良い返事をくれる二人。

 だが、その直後にセンカが少し暗い顔をする。


「――ただ、村の人たちに怖い思いをさせてしまうのはやっぱり少々心苦しいですね……」


 心根が優しすぎるセンカはこれから怖い思いをするであろう村人たちに申し訳ないと顔をうつむかせる。

 それをルゼルスが慰める。


「もう……本当にセンカは優しいわね。大丈夫よ。村人に被害が出ないよう私もラースも最善を尽くすわ」

「ルゼルスさん……」


 センカの心を軽くするためにルゼルスが言葉を尽くす。

 それでもセンカの不安……というべきか。これから行う行為に対しての躊躇ためらいは拭えない。

 この三年間、既に似たようなことを何度もしているというのに、センカは他人に優しすぎる為か、どうしてもこういう時迷いをを見せる。

 だけど、それがセンカの魅力だ。


 センカは魔人族と人間のハーフということで、人間から蔑まれ続けてきた。

 そんなセンカだが、誰かに憎しみをぶつけるわけでもなく、ただただ『役立たず』という評価を受け入れ、自分を責め続けた。


 そんなセンカだからこそ、『痛み』を知っている。


 殴られる『痛み』、心無い言葉を言われて傷つく『痛み』、それらをセンカは身をもって体験しているのだ。

 だからこそ、センカは他者に優しくできる。

 俺はそんなセンカの在り方を好ましく思っている。



「センカ……」

「あ……」


 俺は何の気なしにセンカの頬に触れる。


「センカのその優しさは本当に貴重なものだと思うよ。正直、すごく魅力的だし、正しいとも思う」

「ッ――――――」

「でもな。俺は優しさっていう甘さだけに浸っていたら人間ダメになったりすると思うんだ。センカは怖い思いを村人たちにさせてしまうのが気がかりなんだよな? なら、こう考えたらどうだ? 俺たちが村人に与えるのは恐怖は恐怖だけど、危険という濃度がかなり薄くなった優しい恐怖だ。俺たちはそれを村人に与えることで村人たちに危機意識を持たせるんだって、そう考えてみよう。危機意識を持っていない人間より、持ってる人間のほうがこんな魔物だらけの世の中を生きやすいだろう。だから俺たちは――」

「……ねぇ、ラース」


 必死に頭を捻らせ、センカに対して慰めとなる言葉を紡いでいる最中、ルゼルスの横やりが入る。

 ――今、自分でも結構良い事言ってたんじゃないかなぁと思ってたのに……。

 俺は少し非難めいた眼差しでルゼルスをみやる。


 しかし、ルゼルスはそんな俺に対し笑みを浮かべ、次にセンカの方へと視線を移す。

 つられて俺もセンカの方を見てみると――


「そんな……ラース様。すごく魅力的だなんて……。優しくて可憐でかわいいなんて……ラース様はセンカを一体どうするつもりなんですか。もう……(ポッ)」

「どうもしねぇよ!?」


 俺の突っ込みにも無反応のセンカ。

 彼女は顔を真っ赤にして、完全に自分の世界へと旅立ってしまっていた。



「…………………………」

「くすくす。言うまでもないと思うけど、さっきあなたがとても良い顔をして語っていたあれこれを聞く前からセンカはこの調子よ。おそらく……いえ、確実にさっき貴方が語ったありがたーい話は耳に入っていないでしょうね。くすくすくすくす」


 面白くて仕方ないと言わんばかりに笑い続けるルゼルス。

 対する俺は……あらやだ。恥ずかしい!!


 俺、必死に語りかけてたのに全スルーじゃん。

 傍から見ると痛いやつじゃないですか。やだーもう。うふふ。死にたい。誰か殺してくれてもいいんでございますことよ?


「うがぁぁぁぁぁ(床をごろごろのたうち回るラース)」

「センカは多くは望みませんけどラース様が望むなら子供は何十人でも――。あれ? ラース様。床をごろごろ転がってどうかしたんですか?」


「くすくす、おめでとうセンカ。あなたの勝ちよ」

「へ?」


 その後、紆余曲折がありまくりながらも、センカの同意を得た俺たちは村を襲撃する準備を整える。

 全ては魔人族を排斥する動きを見せる教会。これを潰すための行動だ。




 さぁ――予定調和の奇跡の始まりだ。


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