第9話『約束された災厄と救世主-2』


 ルゼルスの姿がかき消えた。

 空間転移の魔術だ。予定通り、例の場所へと転移したのだろう。


「使徒様は……どこへ?」

「さぁ? ……ってあら? 何か聞こえない?」


 空中で演説していたルゼルスが消え、戸惑う村人達だったが鳴り響く音に息を潜める。

 木々が倒れる音。多くの生物の足音。異形の物のうめき声。



 ――そして、新たな魔物が街の外から何匹も現れた。

 空を舞う鳥獣型の魔物、虎型の魔物などが村を囲む。

 村人たちは逃げようとするが、多くの魔物が村を取り囲んでいる為、逃げられない。


「きゃぁぁっ」

「助け……助け……て……使徒様ぁ……」


 その場に残った使徒である俺とセンカへと助けを求める村人達。


 ――よし、ここだな。


 俺とセンカは打ち合わせ通り、懐から黒い十字架を取り出して祈りのポーズを取る。

 そして祈りを捧げながら(正確には祈りを捧げているフリをしているだけだけど)村人達へと優しく語り掛ける。


「恐れる事はありません。真なる神の奇跡があの魔物達を消滅させるでしょう。しかし、それには祈りが必要です。偽神ヤルダバオートの力が信仰であるように、我らが真なる神の力もまた信仰。さぁ! みな、悪しき純白の十字架など捨て、この黒十字へと祈りを捧げるのです」


 悪しき純白の十字架ってなんだよ……なんて事を考えながら、俺は祈り(の振り)を続行。

 そんな中、薄目で村人達の様子を見てみた。

 退路が失われた村人たちはというと――




「真なる神様……どうか……どうか……」

「もう悪い事なんてしません。だからお慈悲を……」

「俺の人生もこれまでか……」


 最後の人のはなんか祈りじゃなくて諦めだったような気もするが……それでも多くの人が半信半疑ではある物の祈りを捧げてくれていた。

 そして――予定調和の奇跡が発動する。



「グボァァァッ――」

「ギィヤァァァ――」



 村を取り囲んでいた魔物達が息絶えていく。

 ルゼルスがさっき攻略したダンジョンのコアを破壊したのだ。

 ダンジョンのコアが破壊されれば、そこから生み出された魔物は息絶える。

 その法則に従い、この村を襲ってきていたあのダンジョン産の魔物は息絶えたのだ。

 俺やセンカからすればもはや見慣れた光景。しかし――


「これは一体……」

「まさか本当に……神様、いや、真なる神様が?」


 何も知らない村人たちからすれば奇跡が起こったようにしか見えないだろう。

 彼らは外傷もなく息絶えた魔物達を見て口々に何かをささやき合う。様々な憶測が飛び交っているようだが、総じてそれは奇跡に類するものだった。中でもやはり真なる神による奇跡という説が多そうだ。


 さて、このタイミングかね。


 俺は喉の調子を整え、両手を天に掲げる。


「――これが真なる神の奇跡です!!」


 俺の声に反応し、村人たちが畏敬に満ちた眼差しを送ってくる。

 少しだけ圧を受けながらも、俺は続ける。


「今のような少人数の祈りではこの村周辺の浄化程度しか出来ません。しかし、もっと多くの人民が我らが真なる神への祈りを捧げ、偽神ヤルダバオートへの信仰と教えを捨てれば……真なる神は永久とわの平和を我らにお与えになるでしょう」


 その後も俺は数分間近く真なる神の教えを布教した。

 逆に教会の教えや存在そのものは悪だと流布し、罵倒した。


 そう――すべては教会の権威を落とすためだ。

 そして、地道に真なる神の教え(世間では黒十字教と呼ばれるようになったらしい)を広め、教会が担っていた人民の精神的支柱という役割を横取りするのだ。


 死の危機に見舞われた村人たちは余すことなく俺のデタラメだらけの話を真剣に聞いている。

 人間はショッキングな出来事のあとだとどうしても考えや行動が鈍り、あらゆるものを享受しやすくなる。それを利用しての宗教勧誘。単純だが、それだけに効くものなのだとこの三年で実感した。


「――ふぅ」


 やがて、俺の傍らにルゼルスが帰還した。仮面越しだからわかりにくいが、疲れているのが分かる。

 彼女が帰ってきたならばもう終局だ。話を切り上げることにする。


「真なる我らが神は言いました。魔人族も、亜人族も、人族も手を取り合うべきだと。そうして手を取り合った先にこそ、我の求める平和……理想郷があるのだと。悪いのは偽神ヤルダバオート。悪いのは悪しき純白の十字架。ゆえにみな――真なる神を象徴する黒き十字架へと祈る対象を変えるのです――変えるのです――変えるのです――」





 魔術の応用で俺の声にエコーをかけてくれるルゼルス。

 その間、センカは空中から黒い十字架をばらまいていた。先日、入荷したばかりの出来立てほやほやの黒十字だ。

 そうして持って来ていた黒い十字架をセンカが全ていた後、俺たちはルゼルスの転移魔術でその場を離れたのだった――


★ ★ ★


 そうしてラースたちが消えた後。


「あれが……真なる神の使徒」

「噂には聞いてたが……凄まじかったな」

「今の教会がまつる神が偽物って……本当なの?」


 突然現れ、村の危機を救ったと思ったら即座に消える使徒たち。

 そんな使徒たちの残した教えと、黒い十字架を前に村人たちは戸惑っていた。

 そんな中――


「お、おい、村の様子を見ろよ!!」 


 一人の青年が叫ぶ。


「なんだ、騒々しい。……別に何も変わった様子は……んん!?」


 村人……白いひげを伸ばした老人が、辺りを見てぎょっと目を見開く。

 そこにあったのはいつもの村の風景。

 そう――ミノタウロスが破壊を行う前の、破壊の痕跡すらない村の姿だった。


「なんと……これは――」

「すごい……」


 まさに、奇跡だ。

 まぁ、実際はラースの長ったらしい演説の間にルゼルスが魔術で必死に修復していただけなのだが、そんな事は村人達には分からない。

 奇跡だと口にした村人を皮切りに、周囲にこれは神の奇跡なんだという認識が広まっていく。


「俺は……使徒様を信じる!!」


 そうして遂に、一人の若者が『たまたま?』持っていた純白の十字架を放り投げ、黒い十字架へと手を出す。

 ちなみにこの若者。ラースや王が黒十字の教えを広めるために派遣した所謂いわゆるサクラである。この村の住人でもなんでもない。


 一人が手を出せば、他の者も追従する。

 ――とは言っても、村人の全員が十字架を持っている訳ではなかったので、多くの者が黒い十字架に手を伸ばすだけだったが。


 だが、彼らの心の中では同じように純白の十字架は価値のない物へとなり下がった。

 奇跡も何も起こさない。ただ、すがる対象だった純白の十字架。

 だが、黒の十字架は違う。実際に目の前で奇跡を起こして見せたのだ。


 彼らの心に真なる神への信仰――黒き十字架への祈りが芽生えた――







★ ★ ★








 ――さて、今回の出来事について少し補足しよう。


 俺達は今回、王様からダンジョンについての情報を聞き、すぐにそのダンジョンへと駆け付けた。

 そうして駆け付けた俺たちは――有無を言わさずダンジョンの主をしばき回した。


 そうしてダンジョンの主を打ちのめし、コアを確保。

 抵抗する気も無くさせた上でルゼルスの魔術によりダンジョンの主を眠らせ、このダンジョンから魔物を十数匹ばかりさらった。これもルゼルスが魔術で眠らせた上でだ。


 そうして攫った魔物をこのダンジョンからそこそこ近い村へと配置し、俺達は上空にスタンバイ。魔術で眠らせた魔物は放っておいてもいつか目を覚ますが、魔術をかけた本人が任意で起こす事も可能。ルゼルスは手始めに見た目からして狂暴そうなミノタウロスの目を覚まさせた。


 目が覚めたミノタウロスの眼前には人間の居る村。それはいうなれば馬の目の前にニンジンを置くが如き行為だ。

 当然、ミノタウロスは眼前の村を襲う。


 それを眺めつつ、俺達はタイミングの良いところで『たった今かけつけましたよ〜』というていでミノタウロスを討伐し、黒十字の教えを広めた。

 その後、残りの魔物をルゼルスが起こして、村を襲わせる。

 その魔物たちをルゼルスがコアを破壊することで無力化し、村を救う。


 これを奇跡だと村人たちに思わせ、黒十字の教え……もとい、真なる神に救われたのだと思い込ませる。

 そうして彼らの信仰の対象を教会の白い十字架から、俺達がばらまいた黒い十字架へと塗り替えたのだ。

 これが今回の一連の流れだ。


 更に付け加えるならば、王様に頼んで黒十字の教えを広めるためのサクラを呼んだり、万が一のことがあった場合に村人たちを守れる冒険者などを呼んだりもした。

 他にも色々とあるが……この場では割愛しよう。



 まぁ……つまりだ。



 俺たちは教会の権威を落とすため、マッチポンプ方式で奴らの崇める神を偽物だと酷評し、ルゼルスがでっち上げた真なる神という偶像を民衆に信じ込ませたのだ。

 ちなみに、俺たちはこれと似たような事を何回も繰り返し行っている。三年前からずーっとだ。


 そうして三年間、こんな感じでマッチポンプ活動をした甲斐もあり、俺たちの噂は結構広まっている。


 その結果、現在この国の宗教は二分化されるまでになった。

 俺たちが名付けた訳ではないが、元々この世界で広まっていた教会の教えが白十字教と呼ばれ、俺たちが広めたエセ宗教が黒十字教と呼ばれるようになった。


 こうしてこの国の宗教は黒十字教と白十字教で二分されたのだ。



 余談だが、俺たちのことは『黒十字の使徒』という名で世間に広まっている。

 悪しき魔物が現れる所に『黒十字の使徒』あり。

 人類に平和をもたらそうとする正義の使者。

 それが世間における俺たちの評価だ。



★ ★ ★


「しかし……教会には悪いことをしちゃってるなぁ」


 一人、こっそりとつぶやく俺。


 教会を悪だ悪だと叫んでいる俺達だが、その殆どは俺とルゼルスが適当にでっちあげた設定。つまり、嘘である。

 真実なのは教会が魔人を排斥してるって事くらいだが、逆に言えば真実なんてそれくらいだ。他はぜーんぶ尾ひれを付けまくった嘘だ。


 それなのに、俺たちはそんな教会を無理やり悪役にして、糾弾しまくっているのだ。

 当然、教会側から黒十字の教会経由でクレームを頂いている。

 しかし、その多くは信者達からのクレームで、教会上層部からのクレームはなんとゼロ件だ。だからあまり大事にはなっていない。




 教会の上層部の人たち……いったい何を考えてるんだろうなぁ? 俺があっちの立場なら怒り狂ってるな、絶対。


 そんな事を考えながら、俺は空を見上げるのだった――

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