第4話『統治者(ダンジョンの主)は困惑する』


 ――ダンジョンの主視点


 私の名はクリストファー・マッカレイ。


 数十年前までマッカレイ領を治めていた領主であり、貴族だった男だ。

 だが、そんな私の治世の何が不満だったのか、民が、王が、その他諸々の有象無象が私から何もかもすべて奪い去った。


 許せぬ。何が王だ。何が民だ。私が最も優れているのだと理解できないゴミムシが。皆もろともに滅べば良いのに。

 そもそも、奴らの言い分は理解できん。重税を課し、民を奴隷のように扱って何が悪い。

 私は彼らを治める者。つまりは主だぞ。主として、私は民の安全だけは保障出来ていたはずだ。領地を襲う魔物も幾度か撃退してきた。

 ならば、その対価として奴らの命以外の物は私に還元されるべきではないか。

 命を何度も救われたというのにその恩を忘れ、人でなしだと囀るゴミ共め。恥を知るがいい。


「クククククククククク」


 だが、今となってはそんなこと……もはやどうでもよい。

 私は力を手に入れた。

 領地から追放された後、怒りに身を燃やす私の前に現れた白いローブを羽織った者。

 名も名乗らなかったのは気に食わないが、あいつは見所があった。


 奴は私を最も優れたものだと正しく認識し、この私に力を献上した。

 その力こそが――ダンジョン作成能力。

 私は人という脆弱な殻を脱ぎ捨て、魔物の主――魔王となったのだ。

 この力があれば……数多の魔物の軍勢でもって愚かな者どもを駆逐することも可能。

 さらに、私には多くの同志が居る。

 他のダンジョン作成能力を持った同志たちだ。

 私たちはダンジョンのコアがある限り不滅。ゆえに、友好的な関係を築けたのは幸いだった。


 私が出会ったダンジョン作成能力を持つ者は、私を含め全て元は人間だと語った。

 しかも、私のように不当な扱いを受けていることまで一緒だった。

 ゆえに、私たちは誓った。


 必ず人類に復讐を。優れた我らを認められぬ人類種など滅ぼし、我らが魔王としてこの世に君臨するのだ!!

 人類種を滅ぼした後は亜人種、そのあとは魔人種だ。

 そうしてこの世を我らの命令を忠実に聞く魔物の楽園へと染め上げるのだ!!


 そんな近い未来を夢見ているときだった。


「ア、アルジィッ」

「む?」

 

 私の配下である魔物の一匹がダンジョンの最下層である第五層。魔王の間(私が命名した)へと転がり込んできた。

 転がり込んできた魔物を見れば、なぜか傷だらけだ。何かあったのだろうか?


「どうした?」

「ドウシタモコウシタモ……シンニュウシャデス!」

「侵入者? なら駆逐しろ。生きて帰すな。今はまだ潜むべき時なのだ」


 そうするようにと白いローブの者が言っていたからな。

 魔物を増やし続け、溢れた魔物をダンジョンの外へと輩出して人類という種を徐々に弱らせる。

 そうして機が来たらダンジョンの主達の力を結集し、人類史に終止符を打つ。そういう筋書きになっている。

 少し迂遠なやり方だとは思ったが、奴には力を貰った恩もある。伏して請われたというのもあり、言う通りにしてやっている。


「ムリデス!」

「なに? まさか……逃走を許したのか?」


 それならばあの白ローブに相談しなくてはならない。ダンジョンの場所が割れた気配があればすぐに報告するようにと言われているのだ。

 今までは侵入者が居てもその全てを駆逐していたから報告なんぞしていなかったが、逃げられたのならば話は別だ。魔物たちに侵入者を逃がした罰を与えた後、奴に報告を――


「チガイマス!! ヤツラハスグソコマデ――」


 それがその魔物の最後だった。

 この魔王の間の入り口近くで報告していた魔物が、入り口ごと爆発したのだ。


 なんだ?

 何が起きている?


「くすくすくす。ここが最下層みたいね。浅いダンジョンで歯ごたえのないこと」

「この後の予定もありますし、楽に済むならそれに越したことはないと思います。ですよねラース様?」

「俺はここの魔物とダンジョンの主に同情の念しか覚えないよ……。まぁ、普通に滅ぼすんだけどさ」


 魔王の間へと入ってくる人間三匹。

 それが我が物顔で私の聖域へと土足で入ってくる。

 なるほどなるほど。これが先ほどの魔物が言っていた侵入者というやつか。


 どうやらよほど死にたいらしい。


「――超上級魔法、ファイアー・スフィア・トリプル」


 下級魔法であるファイアーボールの上位互換の魔法。ファイアースフィア。

 数万度の炎は何者であろうと焼き尽くす。

 私はそれを同時に三つ展開した。


「名乗るまでもない。愚かな侵入者よ。己の軽率な行いを悔いて死ね」


 そうして私はファイアー・スフィアを侵入者達へと投じた。


「あ、炎系の魔法を得意とするダンジョンの主さんですか……。センカとは相性が悪いですね……」

「それじゃあ私が相手をしようかしら。でも、この狭い空間内で二人を守りながらだと少し厳しいかもしれないわね」



 ファイアー・スフィアという数万度の炎を前にしても焦った様子一つ見せない侵入者達。こやつら、絶望を前にして頭がおかしくなったのか?


 そうして次の瞬間――私の放ったファイアー・スフィアが三つとも、音もなくかき消えた。


「なっ!?」


 その光景を前にして、私は驚愕の声をあげてしまう。

 ――あり得ない。


 数万度の炎が音もなく消滅するなど、どう考えてもおかしい。

 こいつらがそれをやったのか? それとも偶然? たまたま?

 どにらにせよ、あり得ていいはずがない。


 一度発生させた数万度の炎の塊×3を同時に消滅させるなど……そんなこと、術者である私にも不可能なのだから。

 

 

「ルゼルスさんなら私たちを守りながらでも戦えるんじゃないですか? 炎の扱いには慣れているでしょう?」

「そうね、センカ。さっきみたいな程度の低い火球。構えていれば何千発打たれようとその全てを無効化できるわ。でも、コアを壊さない限り不死であるダンジョンの主を相手に、戦いながら自分に向けられていないものまで無効化できるかといわれると少し疑問ね。そもそも私、誰かをかばいながら戦うというのが得意ではないもの」

「むぅ……」


 高貴な私を目の前にして、なおも雑談する侵入者達。

 ――屈辱である。


「貴様らぁぁぁ!!」


 怒りが私を支配する。

 数万度の炎の塊がなぜ消えたのか。理由については一切不明だが、問題ない。

 仮に……あり得ないと思うが、仮にこいつらが私の炎を無効化したのだとしても、それならそれで攻撃手段を変えればいいだけだ。

 簡単な話だ。三つで無理なら……千だ。

 圧倒的な物量で確実に消し炭にしてくれるっ!


「――超上級魔法、ファイアー・ランス・サウザンド」


 先ほど作り出したファイアー・スフィアよりも劣る炎の槍。だが、それでも数千度の炎だ。当たれば容易く人体を灰に出来る。

 それを私は千本近く作り出した。

 人間であった頃であれば、こんな真似は絶対に不可能だった。

 こんな大量の物を制御など、人間には不可能なことであったからな。


 だが、ダンジョンの主としての――否。魔王としての力を手に入れた私ならばこの数でもなんとか制御できる。

 この数多の槍を消し去る。あるいはよけきることなど、人間に出来るはずもない。


「今度こそ燃え尽きるが――」

「――あら? さっきのに増してやけに低温の炎ね。……ふぅー」


 侵入者のうちの一人。黒い服に身を包む女がこちらに向かって息を吹きかける。

 それだけ。


 そう、たったそれだけで――私の周りに出現させていた炎の槍がすべて消え去った。


「馬鹿な!? あり得ん!!」


 蝋燭ろうそくの火でも消すかのように女は私が作り出した炎を消し去った。

 なんだそれは。あり得ん。いや、あり得ていいはずがないだろうが。

 誰よりも優れた私が全力を出して作り出した炎を容易く消せる存在などあってはならない。

 そんな物を認めてしまえばそれはつまり、その者は私よりも優れたものということになってしまう。

 認められん認められるか認められるわけがないだろう!

 そんな事……認められるわけがない!!


「こうして防御に徹するだけならいくらでも守ってあげるけど、攻めながらだと自信がないわ。センカの影もそれを消し去る火を使うアレとは相性が悪いでしょう? さぁ、どうする?」

「よし、俺の出番だな」

「はぅ、ラース様……そんな餌を前にした犬のような顔……可愛い。――ってそうじゃないです。そうじゃないですけど……むむむぅ………………仕方ありません。いいですよ、ラース様。通常召喚なら許可します。言っときますけど、サーカシーさんみたいな暴走する人は呼ばないでくださいね!」

「さすがに俺もそんな危ない橋は渡らないっての」

「「どうだか」」

「信用ないなぁ俺!?」


 そして、なにより腹立たしいのが偉大なる私を相手にしながらその存在をまるっきり無視しているという事実。

 私の全力の攻撃をついでのようにはじき返すその態度。気に食わない。


「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 全力中の全力の炎を私は噴出させる。

 通用するかは不明だが、せめてこちらを向かせてやる。


「――超上級魔法! インフィニティ・ウェポン・ダンス」


 思いつくままに数多の武具を炎として具現化させる。

 千では足りない。数多の武具を生成。

 無論、これらに実体はない。ただの炎だ。

 だが、ただの炎と侮るなかれ。差異はあれど、その熱は数千から数万度。全力中の全力を出した甲斐もあり、若干コントロールは効かないが漏れなく生成に成功した。

 これを放てば、さしもの侵入者もひとたまりもないだろう。そう信じ、滞空する武具の熱を上げるため、意識を更に集中させる。


「通常召喚。対象は――ココウ」


 ずっと後ろに居た男が前に出たかと思えば、何やらぶつぶつと呟く。

 それと同時に、何者かが男の眼前に現れる。


 青髪青眼の青年だ。鍛え抜かれた肉体が青年を只者でないと感じさせる。

 そして、その身は赤の鎧に包まれていた。


 あれは――召喚術か。人の形をした物を召喚する術者を見るのは初めてだな。

 なるほどなるほど。読めたぞ。召喚した物を盾とし、私の攻撃を耐える気か。


 召喚物は召喚者より劣る。それが召喚術における絶対のルール。

 そんな物で私の攻撃を防げると本気で思っているのなら……滑稽だ。

 先ほどまでのようにはいかん。これは私の全力中の全力。もうまぐれなど起きん。

 侵入者どもは私を舐めているのか、動く気配すらない。おかげで私も十二分に生成した武具を象った炎に熱を伝えることができた。


 部屋の酸素が薄くなってきたのがわかる。この熱を開放すれば、焼け死なないにしても酸欠で普通の人間は死に絶えるだろう。それに対し、偉大な私はコアを破壊されない限り滅びることはない。

 

「喰ら――」


 そうして、炎を放つ刹那。

 私の頬に衝撃が走る。



「ふん!!」

「おぼえぁぁ!?」


 突然のことについ、私は炎の制御を手放してしまう。

 なんだ? 今、私は何をされた? 殴られたのか?


「おっと危ない。あの程度で炎の制御を手放すなんて情けないわねぇ。ふぅー」


 私が手放した炎の制御を黒服の女がなんなく引き継ぎ、またしても容易く消し去る。

 だが、それにショックを受ける暇などなかった。


「せいっ。はぁっ。ふんっ! ………どうした? お前の力はその程度か? 人をやめてまで手に入れた力はその程度なのか?」

「あぶ、べっ、ぐぬぉっ」


 私へと連打を浴びせる青髪青眼の男。

 そう――私に対し、一方的に殴り掛かってきていたのは先ほど召喚された男だった。

 男は好き放題殴っては消え、私の背後からまた拳の連打を叩き込んでくる。

 反撃をしようとしても、その瞬間に私は男の姿を見失い、気づいたら死角から殴られているのだ。


 なんだこれは?

 一体……何が起きているというのだ!!



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