第60話『無礼者』
仮面の男が仮面を――外した。
男は老人だった。
だが、ただの老人ではない。
仮面を取る前のやり取りや、その体つきをみてもかなり強そうだというのが分かる。
少なくとも弱弱しいといった印象は全く受けない。
「配下が失礼をした……しました。我が名はアレイス・ルーデンガルヴ……と申します。このアレイス国を治める王だ……です。昨日の魔物討伐、及びアイファズ・トロイメアの討伐、礼を言わせてもら……ありがとうございました」
思いっきり言いなれていないだろう丁寧な言葉と共に、王を名乗るその男はなんとこの俺に向かって頭を下げてきた。
俺はこの国の王に会ったことはない。
ゆえにこの老人が本当に王なのか分からない。
だが……それでも一国の王を名乗る者が自身に頭を下げているという事実に激しく驚いた。
「え、ええっと……王様? 頭を上げてください。後、平民の俺なんかに敬語なんてやめてください」
俺がそう諭すと王を名乗るその老人は、
「うむ、そうか。いや、助かるぞ。余は上品な言葉遣いとやらが苦手だ。余は王である前に武人であるつもりだからな。カッカッカッカッカ」
音速で言葉遣いを尊大な物へと変えた。
このジジイ……王様らしくないなぁ。
いや、でもアレイス国の王様は一流の武人だという話は俺も耳にしたことがあるくらい有名だ。
それに、王様はもう結構な年だという話もどこかで聞いたような……。
「さて、改めて礼を言わせて貰おう。昨日の働き、見事であった。余の与えられる物ならなんでもやろう。さぁ、何を望む? 貴族位だってなんだってくれてやる。なんなら王位継承権でも良いぞ。余の孫娘は強者を愛する
過大すぎる報酬をちらつかせてくる王様。
だけど、王様といえどそんな簡単に貴族位やら王位継承権なんて渡せるんだろうか?
「貴族位はともかく、王位継承権なんてそんなポンポン渡せるんですか?」
疑問に思った俺はまずそれを聞いてみた。
「無論、王位継承権などそう簡単に渡せるものではないな。だが、貴様にはそれだけの価値がある。もし、貴様が王になりたいというのならば余は協力を惜しまんぞ?」
「いや、そういうのは遠慮しときます」
別に俺は王位になんて興味ないからな。
むしろ、王様になんてなりたくない。王様にはドロドロした権力争いやらが付き纏ってるんだろうし。面倒にしか思わない。
同様の理由で貴族位もいらない。領地? そんなもん欲しいと思ったことすらないね。
そもそも、俺は貴族であった頃よりも今のほうが自由で気楽、幸せだと感じている。それがどうしてわざわざ以前の窮屈な状態に戻らねばならんのかという話だ。
「そうか……。貴族位はどうだ? 今なら豊かな領地も付けるぞ?」
「いや、そんなセットでお得みたいに言われても……。どっちも要らないです」
「むぅ……。そうか。では……我が国の最強の戦士の称号でも作って勲章を――」
「要らないです。というか、なんでそんな必死に地位を与えようとするんですか?」
なぜか俺に地位を与えようと食い下がってくる王様。
さっきから俺に王位を渡すだのわざわざ新しい勲章やら称号やらを作って渡すだのと……提案するものが派手すぎるでしょうが。
そういうのって王様の方も手間がかかるだろうし、無理して渡しても向こう側にメリットなんてないと思うのだが……。
「……むぅ。ダメだったか。いやなに、この際だから言ってしまうが、余は貴様を我が国に縛り付けたいのよ。貴様ほどの力の持ち主に国を出られてはかなりの損失になるのでな。それならいっそ絶対に国から出れないように義務のある地位やらで縛ってしまおうかと……」
「ぜっっっっっっっったいにお断りします!!」
このジジイ! とうとうぶっちゃけやがった!?
義務やらで縛られたくないなと思って断ったのだが大正解だったようだ。
ただ、こうも全力で縛りにかかってくるとは思ってもみなかったけど。
「カッカッカッカッカ。分かっとる分かっとる。もう無理に地位を与えようなどとはせんから心配するな。――さて、では何も望まぬという事でよいのか? 余は貴様とそこの女だけは絶対に敵に回したくないからな。その為ならば大抵の事はしてやるぞ?」
随分と俺達を評価してるなぁ、この王様。
もしかしたらルゼルスのステータスを鑑定技能とかで見破って警戒しているのかもな。
それならこの評価も理解できる。
なにせ、完全なる現界を果たした彼女はおそらくこの世界で一番の強者だろうからな。世界を滅ぼしかけた魔女だし。
ルゼルスを敵に回したら相手が大国だって滅びかねない(というか多分滅ぶ)。
なんて思っていたら――
「あの……ルーデンガルヴ様。先程からお戯れが過ぎますよ? いくら相手が強者だからってそんなに下手に出るなんて……。相手は強者である前に子供ですよ?」
そうやって口を挟んできたのは従者の一人である女だった。
「ミーネ……貴様までそれを言うか……」
「途中までは黙ってみていましたけど、さすがに度が過ぎています。そもそも、そんな子供に貴族位を渡すというのすら異常だというのに王位を渡す? 少しは治められる側の民の気持ちを考えていただけませんか?」
「ふん、そうだな。ミーネ、貴様の言う通りだ。ラースをいきなり王にしたのでは反発する貴族や諸侯が現れ、民にも不満は広がるだろう。多くの血が流れるのは間違いないな」
「なら――」
「……それがどうした?」
「っ――」
王様の爺さんがミーネさんという従者を睨みつける。
それだけでまるで金縛りにでもあったかのようにミーネさんは動きを止める。
「毎年、毎月、いや、毎日多くの民が魔物によって命を落としている。先月、辺境の村であるコリーネが滅びた事は貴様も知っているだろう? このままではゆっくりと、真綿で首を締められるようにして我が国は……いや、人類は滅びる」
王様は目を閉じる。
「今のままではダメなのだ。いくつかダンジョンを破壊してもまた新たなダンジョンが形成される。かといって魔物が発生するダンジョンの存在を大衆に知らせる訳にもいかん。ゆえに……我が国が滅びの道から逃れるためには圧倒的な強者による救済しかありえんのだ。それだけの力がこやつら……ラースにはある」
「お、俺ぇ?」
目を開け、まっすぐに俺を見つめる王様。
対する俺はてっきりルゼルスの力を当てにしているとばかり思っていた所に名指しで呼ばれたから少し驚いてしまった。
そっか。俺……かぁ。……なんで俺?
というか、魔物が発生するダンジョンってなんぞ? ダンジョンって冒険者学校とかにあったダンジョンの事か?
え? なに? 魔物ってあそこから湧いてるの?
「ギルドから既に話を聞いている。そこの女は召喚された物なのだろう? これほどの強さの物を作れる貴様の力。その力こそ今の我が国を救う――」
「――物扱いすんの、辞めてもらっていいですか?」
気づけば俺は王様の話を遮って、そんな事を口走っていた。
ルゼルスをまるで物であるかのように言われ、少し苛ついたのだ。
「ルゼルスは確かに俺の召喚した存在ですけど、物じゃないんですよ。一人のれっきとした人間です。少なくとも俺はそう認識してます」
「ラース……もう、私は別に気にしないのに」
「ルゼルスが良くても、俺が嫌なんだよ」
王様に向かってついつい無礼を働いてしまう程度にはムカついた。
たとえ本人であるルゼルスが気にしなくても、俺が気にする。
「クッカッカッカッカ。ハッキリ物を言うのう。だが、確かに今のは余が悪いな。従来の召喚物と同様に考えていなかったと言えば嘘になる。謝罪させてもら――」
「「「「もう我慢ならない(なりません)!!」」」」
王様がルゼルスを物扱いした事を謝罪しようとした瞬間、後ろに控えていた従者四人が一斉に前に出た。
それぞれが武器を構え、その矛先は俺へと向けられている。
……あれ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます