第57話『微笑ましい二人』


 ――ルゼルス・オルフィカーナ視点


「健気な物ね」


 センカがラースを寝かしつけたのを、私はそっと見守っていた。

 センカ……あの子は昔の私に少しだけ似ている。

 だからこそ……かしら。あの子には幸せになって欲しいと思う。


「まぁ、うまい具合にラースのストッパー役にもなっているみたいだし、良い関係と言えるのではないかしら?」


 さて――それじゃあそろそろ周囲に張っていた認識阻害の結界を解きましょうか。

 結界の外に居た冒険者や兵士達はどうしているかしら?


 結界の外に居た彼らには結界の中が全く見えないようになっている。それと同じで、こちらからも外の様子は分からない。


 私は外の様子を確認する為にも、結界を解き――


「あら?」





 結界を解く前に……誰か……侵入してきた?

 結界の外から入ってきた五個の異物。いや、五人と言うべきか。

 中に入ってきたから、肉眼でもその姿を捉えられる。


 若い男が二人、若い女が二人、そしてそれらに守られるようにして囲まれている老人が一人。

 全員、それなりに鍛えられているように見える。冒険者パーティーか何かかしら?


「止まりなさい」


 結界に立ち入ってきた五人に対し、静止の声をかける。


「誰だっ!?」


 若い男の片割れが声を上げる。

 威嚇するような声に私は不快感を露わにする。


「いきなり誰だとは失礼ね。人に名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るべきではないの?」

「お前……俺に向かってその態度っ――」


 若い男の片割れが持っている剣に手をかける。周囲の仲間たちも杖を構えたりと戦闘する構えへと入り始めた。

 私はそれを確認すると魔術を発動させ――


「――――――待てっ!!」


 ――中心人物だと思われる老人が仲間たちに静止の声をあげた。


「全員、武器を収めよ。貴様らが敵う相手ではないわ、たわけ。彼我ひがの戦力差くらいいい加減読み取れるようになれ」

「なっ、お、王様。それは俺たちを舐めすぎじゃないですか?」


 王様。

 若い男の片割れが老人をそう呼ぶ。

 言葉通りに取るのならばあの老人がこの国の王なのかしら?


「舐められたくなくば老骨の我をそろそろ超えて見せろ。あの女……いや、お方というべきか。彼奴きゃつは我よりも遥かに強いぞ? そんな相手に貴様たちがどうこう出来るはずがなかろう」

「なっ――」

「おいおい、マジかよ」

「ちょっ、嘘……でしょ?」

「冗談じゃ……ないみたいですね」


 老人の言葉に従い、武器を収める冒険者風の者達。

 それを見て私も魔術の発動をキャンセルする。


 そうして王と呼ばれた老人が一歩前に出た。


「お初にお目にかかる。余の名はアレイス・ルーデンガルヴ。このアレイス国を預かる王だ」

「これはこれはご丁寧にどうも。私の名はルゼルス・オルフィカーナ。かつては厄災の魔女と呼ばれた存在だけれど……この世界ではまだ何も為していないのよね。まぁ、ただの小娘だと思ってくれていいわ」

「クッカッカッカッカ。それは無理な相談よのう。貴様……こほん、失礼。貴殿をただの小娘などとどうして思えましょうか」

「くすくすくす。あなた、王様なのでしょう? なら私の事なんて『貴様』でいいわよ。私は自身がどう呼ばれようとも気にしないわ。多くの忌み名をつけられてきたしね」

「ほぅ。そうか。ではお言葉に甘えるとしよう。あまり上品な言葉遣いは慣れんのでな。余は王である前に武人であるつもりだからな。カッカッカッカッカ」 


 とても王らしくない振る舞いをするアレイス・ルーデンガルヴ。

 そもそもの話、今は私やラースが魔物を掃討した後だからいいものの、少し前までここは戦場だった。

 しかも、認識阻害の結界の外からでは中の様子など分からなかったはずだ。

 そんな中にたった四人の護衛を付けて王が乗り込んできた?


 にわかには信じられない話だ。


「それで王様。この場に一体何の用かしら? 魔物の大軍ならあそこに居るラースがほぼ全て片づけたわよ?」


 王の後ろで若い男が「なんだと!?」と叫ぶ。

 その仲間たちも魔物の大軍が片付いたというのが意外だったのか、驚いているようだ。


「ほぅ。それはコアを破壊したという事か?」

「……コア?」


 いきなり何の話かしら?


「この場所はあの剣聖の小僧が暴走してダンジョンとなっていたはずだが……そやつはどうなった?」

「ああ、それならそこに居るラースが処分したわよ。死体も残らない方法でね」

「ふむ……処分したというのは殺したと受け取って良いのか? ダンジョンの主を殺すためにはコアを破壊する以外にないはずなのだが……」


 ………………ああ。

 そういえばアイファズが最後にそんな事を叫んでいたわね。

 核を破壊すれば自分は殺せるとかなんとか。

 アイファズが言っていた核。それが王の言うコアという所かしら。


「まぁ……殺さずに無力化したとだけ言っておくわ。コアはそこの穴の中にあるらしいわよ」


 そう言って私はアイファズ言っていた核の隠し場所を指さす。


「殺さずに無力化……か。いや、何も言うまい。貴様なら何をやってのけても不思議はなさそうだからな。――おい、貴様ら、探してこい」


 王が後ろに居る冒険者風の者達に命を下す。


「えぇ!? 俺たちは王の護衛として常に傍にいるべきなんじゃ……その女がかなり強いっていうのが本当なら尚更――」

たわけ。貴様ら程度、こやつの前では壁にもならぬわ。こやつが我らをる気であれば数秒で灰塵と化しておるわ。だろう?」


 王が私に同意を求めてくる。


 しかし……この王様は妙に私の事を評価するわね。

 ギルド職員のレイナが鑑定という相手の力を測る技能を持っていたけど……それに類する力でも持っているのかしら?


「くすくす。さぁ、どうかしら? あなたは私を評価してくれているようだけど、いざ戦ってみたら弱かった……なんて事もあるかもしれないわよ?」

「くく。カーッカッカッカ。全く、食えん女だのう。――ほれ、さっさと行って破壊してこい。コアを放置したままだと魔物が湧いてくるかもしれんからな」


 王の命令を受けた冒険者たちが不満げに顔を歪ませながらも私が指さした穴の中へと入っていく。


「さて……ねぇ王様? いくつか聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「良かろう。何でも答えよう。ただ……先にそこの娘と小僧を教会へと連れていくべきではないか? かなり傷ついているしのう。貴様にとって大事な二人なのだろう?」




 私の後ろに居るラースとセンカを見て告げる王。


 私が……二人の事を大事だと思っている?

 告げられたその言葉に一瞬、言葉を失う。


「む? 違ったか? 貴様は我らからあの二人を守るような位置取りをしていたからそう推測したのだが……」


 ラースの事はずっと見ていたからか、自分の息子に対する情のようなものが湧いている。それは否定しない。

 センカはまるでかつての自分を見ているようで、やはりある程度の思い入れがある事は否定できないだろう。


 でも――――――それだけかしら?

 トクン――トクンと心臓が少しだけ早いリズムを奏でる。

 形はどうあれ、私の為に怒りを露わにしたラース。


 その姿を見て私は――


「――え、ええ。そうね。あの二人は私にとって大事な二人。手を出したら許さないわ」

「ふむ……承知した」

「ああ、それと色々と聞きたいことがあったけれど……それはあの二人が目を覚ましてから改めて聞いてもいいかしら? そっちの方が手間が省けるでしょう?」

「それも承知した。こちらが答えられることならばなんでも答えよう。余も貴様らから色々と聞きたいことがあるしのぅ。ただ……」


 王は言葉を濁して周囲を見る。


「この空間は一体……なんなのだ?」

「ああ、忘れてたわ」


 ――パチンッ


 私は指を鳴らすと共に周囲に張った認識阻害の結界を解く。


「……今のも貴様の力という訳、か。魔法とは違うようだが……まぁ良い。それではその二人を教会へ――」

「いえ、二人を教会へは連れて行かないわ。宿屋に連れて行って私が傷を癒す。私、教会が嫌いなの。特に理由はないのだけどね」

 



 私の居た世界の教会とこの世界の教会は違う。

 頭では理解できているのだけど、どうしてもあの忌々しい十字架を見ていると憎き十字軍を思い出してしまう。


「そう……か。分かった。こちらも色々とやるべきことがあるからな。後日、改めて今回の礼と共に伺わせてもらおう。それでよいか?」

「ええ、構わないわ」


 私は王を名乗る老人に宿の場所を伝え、二人を宿へ連れ帰る。

 センカはラースが眠っているのをしばらく見届けた後、疲れていたのか自身も眠ってしまっていた。なので、二人を起こさないよう魔術でゆっくりと運び、宿に寝かせた。

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