第55話『戻ってきて』


 ――センカ視点


「ケケケケケケケケケケケケケケ」


 ラース様が笑っている。

 とっても楽しそうに……だけど、見ていてとても不安になる。そんな笑い方。

 白目を剥いて、体をくねらせながらも笑い続けるラース様。


 そんなラース様を見ている内に、センカは先日のラース様の言葉を思い出します。



『もし俺の言動とか様子がおかしくなったらセンカは一人で逃げろよ?』



 ラース様はコレの事を言っていたんだ……。

 センカは納得します。 

 

 ラース様の技能、ラスボス召喚。

 今、ラース様がおかしくなっているのはきっとその力のせい。

 すっごい強い力を持つ『らすぼす』さんの意識と力をその身に宿す降霊術のようなもの。


 さっきまでのラース様は危ういながらもきちんと自分の意志を保てていました。

 だけど、今は違う。

 多分だけど、ラース様の意識は現在『らすぼす』さんの意識に上書きされちゃってるんだ。



 このまま上書きされたままだと……どうなるんだろう?


 ラース様の意識が死に、このまま狂ったままになる。

 そんな最悪な展開を想像する私。


 

「いや……です」



 そんなの……センカには耐えられません。

 ラース様の居ない世界なんて、もうセンカには考えられないんです。


  


 ラース様はセンカを助けてくれた。

 お腹をすかせるセンカに優しくしてくれた。

 孤独に身を震わせるセンカの事を激しく求めてくれた。

 


 ……もっとも、センカの事を激しく求めていたのはセンカが影使いだったからみたいですけど。


「ケッキャケッキャケッキャッキャー。さぁ、僕ちんどうしよっかなぁ? よぅし。街の人間をサクッと地獄へ叩き落しましょー。今も遠巻きに見てる人たちに僕ちんのショーを堪能……おやややーん?」


 ラース様(偽)が周囲を見渡して首をかしげる。

 センカもつられて周囲を見渡しますが……何もありませんでした。

 遠巻きにこちらの様子を見ていたスタンビークの街の人たちの姿もなかったのです。


「認識阻害の結界を張らせてもらったわ」


 綺麗な女の子……確かルゼルス……さんが空から降りてくる。

 途中から姿を見なかったけど、空に飛んでたみたいです。

 ルゼルスさん――確かラース様が想いを寄せている女の人だ。


「ケッカイィィィィィィ? そんな物を張って僕ちんの動きを封じられるとでも思ってるんでちゅか~~? ぶひゃひゃひゃひゃひゃ。滑稽滑稽コケコッコー♪ 僕ちんからすればお前はゴミ! 生ごみ! 粗大ゴミぃ! 俺はルゼルスを愛している!!」


 ずびしっとルゼルスさんを指さして宣言するラース様。


「……おや?」


 首をかしげるラース様(偽)。

 今の……最後だけラース様っぽかった。


 自分の言動に対して首をかしげるラース様(偽)。

 その顔は一気に真っ赤になり、



「黙りやがれですよラースゥゥゥゥゥ。ぐびぇ!?」



 ラース様(偽)は容赦のない一撃を自分の頭にくわえました。

 ラース様(偽)は自分の頭を殴り続けます。

 ポカポカなんて生易しい殴り方じゃありません。どすっがんっどんって感じで力いっぱい殴っているのが見ていて分かります。


「……ラース、聞こえてる? 憑依召喚の解除を――」

「うっせぇんですよこのアマァァァ。――対人間用拷問器具、第十番機構、ギロ―

させるかぁっ! 逃げろルゼルゥゥゥゥス」


 ラース様が自分の右腕を左手で必死に押さえます。

 まるで、勝手に暴れる右腕を押さえつけているようでした。


「……完全に精神が反発しあっているわね。まぁ、無理もない事だけれど。ラースにとって、サーカシーの精神は毒にしかならないものね」


 ラース様は「おぇぇ」とその場で吐き、息を荒くしながらルゼルスさんへと向き直ります。


「うっとぉぉぉしぃぃぃ。あぁぁぁぁぁ、キモチワリィィィィ。オンナァ、お前は後回しです。お前の相手をしてると頭がおかしくなっちゃいそうですからねぇ。このいらいらムカムカを街の人間を地獄に落とすことで解消するとしましょう。まさか、この僕ちんを止められるとは思ってないでしょう? どんな戒めも、僕ちんを縛る事は無駄無駄無駄ぁ!」


「えぇ、そうでしょうね。私ではあなたを止められない。力を制限されていてもあなたは規格外すぎるもの。あなた相手では逃げるのが精いっぱいという所かしら」


「あひゃひゃひゃひゃ。そりゃもう僕ちんは最強無敵パーフェクツな存在ですからねー。さぁて、そうと決まればさくっと――」


「私ではサーカシー、あなたを止められない。あなたを止められる存在はこの世にただ一人。ラースだけよ。だから……さっさと目を覚ましなさいっ!」


「くきぃっ!?」



 痙攣けいれんでもしたかのように体を躍らせるラース様。

 その姿を見てセンカは確信します。

 ラース様は今……必死に戦ってるんだっ!


 ラース様の体を支配している存在――ルゼルスさんの言葉から察するに、サーカシーという人らしい。

 サーカシーはラース様の体を好き勝手に操り、自身の首を締め始めた。



「うっげげっげぇ。出てくるなぁぁ。下賤げせんなクズが僕ちんの覇道を阻もうなど不敬罪不敬罪フーケーイーザーイー! 一日くらい好き勝手にこの体使わせてくれてもいいじゃないですかぁぁぁ。僕ちんの力だけ使ってポイ捨てなんてあり得ない認められないシンジラレナーーーーイ」


 必死になってラース様を表に出すまいともがいているサーカシー。

 それは、自分ごとラース様を絞め殺そうとしているようにも見えました。

 それを見てセンカは――


「ラース様!!」


 いつの間にか、ラース様の影から飛び出していました。

 自身の首を締めるラース様の体にセンカは飛びつきます。


「センカ!?」

「ぐっぎぎぃっ!?」


 いきなりのセンカの登場に驚くルゼルスさんとサーカシー。

 そんな事おかまいなしに、センカはラース様に向かって必死に呼びかけながら、これ以上ラース様の首を締めさせないようサーカシーの邪魔をします。


「ラース様ぁっ、お願いですから戻ってきてください。もう……もういいんです。あの怖い人は居なくなりました。だから……お願いします。帰ってきてくださいっ!」


 もう私やラース様を傷つけた怖い人(アイファズ)は居ない。

 だから帰ってきてと……そうセンカは今も必死にサーカシーと戦っているラース様に呼びかけます。


「用事が済んだらポイだなんて僕ちんはゴミか何かですかぁ!? ふっざけるなぁっ! お前らみんなチョームカツク。死ねぇっ――」

「っ――」


 ラース様の体を操るサーカシーが自身の首を締めるのをやめ、センカを睨みつけてきます。

 殺される。

 このまま影に潜らずに居たら、殺されちゃう。

 でも――


「絶対に……離しませんっ。センカは……ラース様が好きっ……ラース様が居ない世界なんて……もう考えられないんですっ。だから……帰って……きてぇっ!」

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