第48話『圧倒的な差』


 ――ルゼルス・オルフィカーナ視点


「さぁ、死ぬ準備は出来ているかしら?」


 目の前に立つアイファズに声をかける。

 彼は憎々し気にこちらを睨みつけている。

 いや、こちらというより、後ろの二人に殺意を向けているわね。


 彼の興味はラースにのみ向けられていたはずだけど……先ほどのセンカの一撃がきっかけみたいね。彼女に対しても敵意を向けている。


 先ほどセンカに断たれた右手首。

 本来ならば死んでもおかしくない傷だ。

 だが、目の前に居るアイファズは現在、血を一滴も流していない。

 それどころか、先ほどセンカに断たれたはずの右手首が再生している。



「治癒魔法……かしら? いえ、この世界の技能というものかしら? ――ダメね。情報が少なすぎる」 


 自分が生まれ育った『レッドアイズ・ヴァンパイア』の世界の事象ならばともかく、この世界の事象に関して私はまだ多くの情報を有していない。

 自然治癒を自身に施す魔術や、その効果を付与する魔具の存在ならばいくつか知っているが、それは元の世界での話だ。

 アイファズが取っている手法はまた別の物だろう。


「やっぱりお前が邪魔するのか……この化け物女め。さっきの奴もそうだが、お前らみたいな奴がこの世に居ていい訳がないだろ。さっさと消えろよカスがっ!」


 目の前のアイファズが喚く。

 だが、そんな事で今更苛立ちを感じはしない。


 なぜなら、既に私は怒っている。

 この男の事を唾棄すべきクズだと私は既に判断しているのだから。

 よほどのことがない限り、この男の評価はこれ以上下がらない。


「くすくす、狭量な男だこと。それでは女は寄ってこないわよ? ……それにしても妙な言い草ね。まるで私の事を知っていたみたい。以前、どこかで会った事があったかしら?」


 アイファズは『やっぱりお前が邪魔するのか』と言った。

 それはつまり、私という存在が出てくる事を予感していたという事だ。

 なぜこの男が私の事を知っているのか、考えられるとすれば以前に私が召喚された場にこの男が居たという可能性。

 あの時、周囲には多くの人間が居た。その中にこのアイファズが居た可能性はある……か。


「応える義理はないね。お前を殺して兄さんを殺す。僕はもう以前の僕じゃないんだ。今の僕ならお前が相手でも勝てるね。いや、お前だけじゃない。兄さんの召喚物なんかに僕が負ける訳がないんだよバァァァァァァァァァァァッカ!」


 そう叫んだアイファズが踏み込んでくる。

 速い。

 私は即座に自身に身体強化の魔術を付与する。



「――身体強化付与――」

「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」



 アイファズはラースを刺した剣を振りかざし、その剣を私に振るってくる。

 私はそれを魔術で硬質化させた左手でもって受け止めた――


★ ★ ★


 ――アイファズ・トロイメア視点


 ――あり得ない。


 今の僕は先代の剣聖……父さんよりも強い。

 思い上がりではなく、事実だ。今の僕のステータスは父を超えている。


 確かに、それでも僕のステータスは目の前の化け物女には届かない。

 だが、決して絶望的な差ではないのだ。僕には奥の手がいくつもあるし、それを駆使すればこの化け物女にも勝てるはず。

 既に鑑定の技能で化け物女を見た僕はそう判断して戦いを挑んだ。


 なのに……僕の最速の一撃は事もなげに止められた。

 それは圧倒的な実力差がなければ出来ない芸当。そんな馬鹿なことが――



「ふわぁ~~あぁ……おしまい?」

「おま……えぇっ!!」


 欠伸をしながら、片手で僕の攻撃を受け止めた化け物女。

 その余裕に満ちた態度がムカツク。

 なにより、こいつが兄さんの召喚した物であるという事実が僕を酷く苛立たせる。


「瞬間移動……刹那っ!」


 僕の技能である瞬間移動と刹那を発動させる。

 瞬間移動は一メートル以内のどこかに僕の体を移動させるという技能。移動距離は短いが、近接戦闘ではかなり役立つ技能だ。

 そして刹那は、一時的に僕の敏捷を底上げする。

 その素早さはまさに刹那と呼ぶに相応しいっ。


「死ぃぃぃねぇぇぇっ」


 化け物女の背後に瞬間移動し、その首を斬り落としにかかる。

 だが――


「もう一度だけ聞こうかしら。それでおしまい?」


 後ろを振り返ることなく、化け物女は僕の剣を受け止める。

 否、受け止めるという言い方には少々語弊があった。


 僕の剣は化け物女の体に届きもしていなかったのだ。

 空中に妙な黒い紋様が描かれた半透明な盾のようなものが出現し、それが僕の剣を受け止めていた。


「なんだ……これ?」


 こんなのは……知らない。

 こんな魔法は……見たことがない。

 ならばこれは……なんなんだ?


「――魔術」


 化け物女がたった一言だけ呟く。

 ……まじゅつ?

 なんだそれは?


「貴方は知らなくても良いことよ。いえ、説明してもきっと理解できないでしょうね。それどころか脳が焼き切れてしまうかも」


 くすくすと笑いながら愉快そうにこちらを見つめる化け物女。


「ば……ばけもの」

「化け物? ふふっ、そんな品のない言葉で私を縛らないでくれるかしら。さっき告げたでしょう? 私は――魔女よ」


 そう言うと共に、化け物女がゆっくりとその手を僕へと伸ばす。


 ――――――怖い。

 

 ただ伸ばされているその手が怖い。

 だからだろうか。

 気が付けば僕は……切り札の一つを使っていた。

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