第49話『転落』


 ――アイファズ・トロイメア視点


「――来いよ魔物共。僕の身を守れぇっ! そしてこの女を八つ裂きにしろぉっ!」


 ――瞬間。

 化け物女の立っていた地面が盛り上がり、そこから先ほどとは別のジャイアントワームが現れる。


「キジャァァッァァァァァァァァァァアァァァ」


 ジャイアントワームは女をその口に咥え、捕食しようとする。


「へぇ。随分と都合の良いタイミングで出てきたわね。もしかしてこの魔物、あなたが支配しているのかしら?」


 特に慌てた様子もなくジャイアントワームを見る化け物女。

 女に対し、僕は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。



「アッハハハハハハハハ。その通りさ。だけど、そいつだけだと思うなよ。ここら一帯の魔物はぜーーーーんぶ僕の支配下にあるのさぁっ! つまり、撤退させている魔物に命令して一斉にお前を襲わせることも可能。数っていうのは暴力だ。いかに化け物じみた力を持つお前でも僕の魔物軍団に勝てる訳がない」


 父を殺した時に手に入れた技能:コア作成。その能力の一部。

 この技能を使用した者の周囲は魔物が発生する『ダンジョン』と化す。

 ダンジョン内の魔物は知性を獲得し、能力も二倍となる。

 さらに、ダンジョン内において使用者のステータスは数倍となるのだ。

 

 使用者はダンジョン内の魔物に対してあらゆる命令権を持つ。それを使用して僕はこのスタンビークの街を襲わせ、兄さんをあぶりだしたのだ。

 既にこのスタンビーク近隣の荒野は『ダンジョン』として設定してある。


 ゆえに――この場において僕は無敵っ! 誰であろうと僕の邪魔はできない。


「キジャァァッァァァァァァァァァァアァァァ」

「ふっ――」


 ジャイアントワームが女の足を噛みちぎった。

 体から真っ黒な血を流してその女は大地に沈む。

 僕の――――――勝ちだっ!!


「よし………………よっしゃあっ。ざまぁみろ化け物女がぁっ! お前なんかが僕に敵う訳がないだろうがっ。バァァァァァァァァッァァァッカ」 


 化け物女の頭を足蹴にする。

 苦し気に「うっ」とうめく化け物女の声が心地よく聞こえる。

 ああ――これが勝利の味か。しかもあの兄さんが頼る切り札にこうして打ち勝てたって考えると……悪くない。悪くないなぁ。


「ぐぅっ……驚いた。まさかこれほどの戦力を保有しているだなんてね。もしかして、さっきの魔物の軍勢もあなたの物なのかしら? それで街を襲ったの?」


 苦し気な声を上げて目の前の化け物女が尋ねてくる。

 まぁ……死に行くこいつになら教えてやってもいいだろう。

 誰かに自慢したかったという想いもあり、僕の口は軽快に回る。


「その通りさ。これが僕の力。その一端だよ。僕はこの周辺の魔物を自由に操れる。その力で街を襲わせたのさ。兄さんが住まうあの街にねぇっ!」

「どうして? 狙いはラースだけだったのでしょう? なぜ街そのものを襲わせたの?」

「そんなの決まってる。兄さんだけを狙うよりも、街そのものを襲う方が兄さんは苦しむ。そう思ったからさ」

「………………は?」


 訳が分からないという表情を見せる化け物女。


「僕は兄さんに不幸になって欲しいんだっ! 兄さんが幸福だと僕は不幸になっちゃうからね。昔っからそうさ。兄さんが幸福でいる間、僕は不幸だった。惨めで死にたいとすら思ったね。だけどね、それがある日激変したんだよ。あの日、兄さんが不幸になる事で、僕は幸福になったんだ」


 職業クラスを授かったあの日。

 あの日を境に僕の人生は激変した。

 日々が楽しい物へと変化した。


 そして……僕は悟ったんだ。


「兄さんの幸福を僕は絶対に許さない。兄さんが幸福になればなるだけ僕が不幸になってしまう。だから僕は兄さんを不幸にしてやるんだ。そうすれば僕は幸福で居られるからねぇ」

「――無茶苦茶ね」


 死の淵にある女のこちらを侮蔑したような目。

 だが、それがむしろ心地いい。

 この女にはもうそれくらいしか出来ることがないのだから。


「あなたの力の一端が魔物を使役するものだというのは理解したわ。それで? 他にはどんな凄い力を秘めているのか教えてくださる?」

「くくく。いいよ教えてやる。僕は――」


 そこまで言って僕は強烈な違和感を覚える。

 

 この女、なぜ――――――死なない?

 目の前の女は出血多量でもうすぐ死ぬはず。

 いや、死なないにしてもこんなにハッキリとした受け答えをするのはおかしくないか?


 そう僕が訝しんでいると――


「――――――ああ、残念。愚かなあなたでもさすがに気づいちゃったかしら? くすくす」




 死の淵にあるはずの女が本当に楽しそうにくすくすと笑う。

 ――気味が悪かった。

 そして――女の千切れた足の周囲に黒いもやがかかった。


「な……なんだこれは!?」


 得体のしれない物を感じ、僕は女から距離を取る。

 そうして靄が――晴れる。

 靄が晴れた場所には女の傷一つない足があった。


 そう――千切れたはずの足が回復していたのだ。

 まるで、さっきまでの事が夢であったかのように、女は悠然ゆうぜんと立ち上がる。


「な……な……な……」


 開いた口がふさがらない。

 対して、化け物女は本当に可笑しそうに笑いながら、


「くすくすくす。そんなに驚くことはないでしょう? あなただってすぐに手首を回復させたりしていたじゃない。――ほら、こんな風に」


 一瞬、女の姿がぶれた気がした。

 しかし、変化はない。




 ――否、変化はあった。

 女の足元には見慣れた足が転がっていた。

 膝の辺りから切断された両足。


 それが自分のものであると理解したのは、数秒後の事だった。


「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 遅れて僕を襲う激痛。

 為すすべもなく、地面へと落ちる僕の体。当たり前だ。立つための足がない。


「くすくす。無様な悲鳴。貴族様ならもう少し品のある声で鳴きなさい? まぁ、どれだけ行儀よく鳴こうが屑は屑。耳障りであることには変わりないでしょうけどね」

「ぐっぬっ――がぁっ!」



 程なくして、再生する僕の足。

 しかし、痛みまでは消せないため、すぐに動くことは出来ない。


「ほら、もう回復した」


 化け物女はニッコリ笑いながら僕の足を指でなぞる。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 それが耐えられなくて、僕はギリギリ離さずにいた剣で女の手を斬る。

 ザスッと抵抗なく切断される女の手首。

 そこからは黒い血が流れる……が――


「あら酷い。お返しね」


 即座に女の手首をもやが覆い、それが晴れた後にはやはり先ほどのものが嘘であったかのように健常な肢体が現れる。

 そして僕が知覚出来ない程の速さで――僕の手首は弾き飛ばされていた。


「おっごぉぉぉぉっ」


 なんだ?

 一体……僕は何をされているんだ!?

 この女の敏捷は僕よりも低いはず。それなのに………………なんで!?


「勝った、征服した。そう確信した直後にいたぶられる気分はどう? 屈辱的で絶望的であると感じてくれているかしら?」

「う……うぅぅぅぅぅぅぅ」


 屈辱だった。

 さっきまでは僕が優位に立っていた。

 なのに、今や立場が逆転している。


 ちくしょうっ! 何でだ。

 さっきまでは確かに僕がこの女を圧倒していたっていうのにっ。


 ――いや、違う。

 僕が優位に立っている。そう思わされていたのか!?


 こうして逆転し、僕に屈辱を与えるために女が演出した芝居。

 それを認識した時――怒りでどうにかなってしまいそうだった。


「――魔物どもぉぉっ! こいつを八つ裂きにしろぉっ」


 役目を終えて地中に潜ませていたジャイアントワーム。そして遠くに配置していた魔物達に命令する。

 声が聞こえていなかろうが関係ない。ダンジョン内に居るモンスターは僕の命令に対し、即座に行動する。


「ふぅっ、またそれなのね。芸がない。――身体強化解除――」


 そう呟いて、化け物女が空を飛んだ。

 ジャイアントワームを飛び上がった女へと襲い掛からせるが、例の半透明の盾によってその突撃は阻まれる。

 それ以外の魔物達にも命令を出し、化け物女に向けて進軍させる。


 あの化け物男に多くが殲滅せんめつされてしまったが、それでもかなりの数だ。

 約一万体の魔物。

 この数の魔物で一気に攻めればいかにあの化け物女といえども隙を見せるはず。

 そこを――討つ!!


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