第29話『サポーター』


「ふぅ。いやぁ、あんなに貰えるとは思わなかった。いきなり100万ゴールドだなんてなぁ。一気に小金持ちになっちゃったよ」


『まぁ、妥当な所でしょうね。この世界の魔物はどういう訳か、日に日に増えていってるみたいだし。放置しておくと人類の脅威になるというなら、それを討伐する冒険者にそれなりの報酬が支払われるのは当然よ』


「それもそうか」


 テラークさんや他の冒険者の協力の下、スタンビーク西端の山の魔物はほぼほぼ狩りつくした事が確認できたらしい。その報酬額を貰ったらこんな額に――という訳だ。


「しかし……どうしようかコレ。ずっと宿住まいってのもアレだし家でも買うか? いや、それよりも生活用品一式を揃えるべきか……うーむ」


『あなたの目的が魔物を狩りまくる事であれば家の購入はお勧めしないわね。ここら一帯の魔物を狩りつくしたら移動するでしょう? そうなったら家が無駄になるわよ?』


「ああ、確かに」




 それこそ、家を買ったはいいが会社に出張を命じられて買った住まいがほぼ無駄になってしまう現象だ。

 前世の時にそんな事になっている先輩が居たのを今、思い出した。


「でもなぁ。生活用品を買うにしても持てる量は限られてるしなぁ。――ったく。こういう世界観ならアイテムボックスの一つや二つ、普通はあるもんじゃないのか?」


『まぁ、無い物をどうこう言っても仕方ないわよ』


「だな」


 俺はギルドから受け取った金銭を手に、宿屋に直行しようと――


「ふざけないでください!!」


「ん?」


 ――帰ろうとする俺だったが、何やらギルドの一角が騒がしいのでそちらに目を向ける。


 騒いでいるのは修道服を身にまとった女。

 年齢は五十代前後だろうか。なにやら凄い剣幕でギルドの職員であるレイナさんに怒鳴っている。


 少し気になった俺はその場の様子を見つめる。


「で、ですけど孤児の引き取りは教会が請け負ってくれるという話では――」


「ええ、ええ。確かにそうです。全ての人という種に救いを与えんとするのが教会が信ずる神の教えの一つですもの。親を失くし、明日をも知れぬ子供が居ればわたくしたちは迷うことなく手を差し伸べてきました。これからもそのつもりです」


「では――」


「ですがっ!! その子は人ではないでしょう!? 汚らわしい『魔人』。そんな者、絶対に我が教会の敷居はまたががせません。ああ、おぞましい。同じ空気を吸っているというだけで吐き気がします」



 修道女の視線の先には一人の子供が居た。

 魔人だのどうこう言われているが、角が生えてる訳でも肌が青色というわけでもない。少なくとも俺が見た限りでは人間と変わらない。ごく普通の子供だった。


 ボロボロの服を身にまとい、汚れた銀の長髪で顔を隠している子供。

 髪で顔が覆われているからそれ以上は分からない。


 ただ、その身なりから子供の境遇についてはなんとなく察しがついた。



 先ほど、テラークさんが助けたと言っていた子供達。この子はその中の一人だろう。

 そんな事を推察している間もレイナさんと修道女の話は進む。


「いや、でもこの子にも半分は人間の血が混じっていて――」


「だからなんだというのですか!? もう半分の魔人の血を受け入れろとでも? 冗談ではありません。いっそ、そちらで危険な冒険者稼業でもさせて魔人の血を全て吐き出させてしまっては?」


「こ、こんな子供に何言ってんだいアンタっ! 出来るわけないだろそんな事」


「では、私もこう返しましょうか。受け入れることなんて出来るわけありません」


「ぐっ。でもこんな子供をそのまま放っとく訳にもいかないし……」


「いっそのこと、ここで断罪してしまえば良いのでは? わたくしが手を下しても構いませんわよ? ああ、それが一番良いですね。むしろそうすべきでしょう」


 そう言って懐からロザリオを出す修道女。


 ロザリオには細工がしてあったようで、修道女が少し弄るとロザリオは極小の短剣へと早変わりする。

 その矛先ほこさきが向かうは、くだんの子供だった。


「ちょっ、本気かいアンタッ!?」


 修道女の狂気に走った姿を見て顔を青ざめるレイナさん。

 ここまで修道女さんがやるとは思ってなかったんだろう。傍から見てる俺もドン引きだ。



 さて、助けるべきだろうか?

 どう思う? ルゼルスさんよ。


『首を突っ込まない事ね。この世界の教会がどれほどの力を持っているのかはわからないけど敵対するのは好ましくないわ。まぁ、教会の邪魔をするというのも一興ではあるけれど』


 どこか不機嫌な様子で答えてくるルゼルス。

 まぁ、無理もないか。



 ルゼルスは幼少期の頃、自身の住んでいた村を十字軍によって滅ぼされている。

 そんな彼女は教会を嫌っている。いや、憎んでいるのだ。


 そんな教会の者が目の前に居る。心中穏やかで居られないのも当然だろう。


「ルゼルス……」


『いい。理解しているから。ここは私が生まれ育った世界とは違う。この世界に私の村を焼き払った十字軍は居ない。――――――ダメね。頭では分かっているつもりなのだけど少し冷静ではいられないわ。どうするのかはラース、あなたが決めなさい。私は口出ししないわ』


「……分かった」


『………………』



 それきり、ルゼルスの声が聞こえなくなる。

 


「――さて」



 目の前では修道女さんが短剣を片手にレイナさんを怒鳴りつけている。

 レイナさんは基本的に子供の肩を持っているようだが、それでもいつものような強気な態度がかすれて見える。

 まるで、自分がやっていることが正しい事なのか迷いがあるみたいだ。


 そうしてくだんの子供はというと、微動だにしない。自身に短剣が向けられているというのにだ。


「――ん?」


 そうして注視していると、子供の目の前にステータスが記載されているっぽい半透明の板がある事に気づく。

 おそらく、子供のステータスがあそこに記載されているのだろう。


「――よし」


 マナー違反ではあったが、他の人のステータス内容が気になった俺はそーっと子供の後ろからそのステータスを覗いてみた――



★ ★ ★


 センカ 13歳 女 レベル:1


 職業クラス:影使い


 種族:人間種(50%)、魔人種(50%)


 HP:13/13


 MP:9/9


 筋力:10


 耐性:7


 敏捷:8


 魔力:15


 魔耐:12


 技能:操影そうえい


★ ★ ★



「!?」


 影使い……だと。


 影使い。

 それは厨二なら誰もが一度は憧れる存在。

 相手を影に引きずり込んだり、影の中を移動して相手を翻弄したりして戦う闇の演舞を舞う者。


 なんて事だ……。


 その影使いを職業クラスとして持つ者がこの世界に居ただなんてっ。



 少女のステータスを見て動揺を隠せない俺。

 その間もレイナさんと修道女の言い争いは続いていた。



「大体、冒険者というのは魔人や魔物を倒す人たちでしょう!? なら、なぜこの魔人を野放しにしているのですかっ!? 依頼がないからですか? ではわたくしが依頼します。どなたでもいいです。誰かこの魔人を排除しなさいっ!!」



「ちょっ、勝手に何を言ってるんだアンタは!? 確かに魔物や魔人の討伐は冒険者の仕事としてあるけど――」


「なら、何の問題もないではありませんか」


「だからってこんな子供を……」


「子供だからなんだと言うのですか!? この子が成長すれば間違いなく人類の敵となりますよ。力をつけていない今のうちに殺すべきなのです」


「いや、この子のステータスはさっき見せただろう!? こんなんでどうやって人類の脅威になるっていうんだい!?」


「うるさいうるさいうるさい! 魔人は敵。敵なんですっ!! だから――」


 そこでようやく――俺は動いた。

 俺はすっと少女の目の前に立ち、修道女から少女を守れる位置につく。


「少年?」

「な、なんですかあなたは?」


 いきなり横からしゃしゃり出た俺に怪訝けげんな顔をする二人。

 少女は少し驚いたような顔でこちらを見つめている。まぁ、こっちは後だ。


 俺はレイナさんと修道女の二人を見据えながら、誰にも渡さないと言わんばかりに右腕で影使いの少女を強く抱え、言い放った。

 


「この子、俺のサポーターにしたいんですが構いませんね!?」



 俺は、先ほどギルドからもらった特別報酬金の全てを床に叩きつけ、そう宣言するのだった――


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