第30話『半魔の少女』


 ――スタンビークの宿屋


『ラース、あなた……馬鹿でしょう?』


「面目次第もございません」


 ギルドで騒ぎを起こした俺は、その中心となったセンカという少女を馴染みの宿屋に連れ込んでいた。

 正直、特に深い考えもなく衝動のみで行動していた。


 そして落ち着いた今、やっと冷静になった俺はルゼルスさんからのお叱りを受けている――というわけだ。


『教会の女に真っ向から食い下がった件についてはいいわ。私も、教会とか関係なくあの女の言い分には腹が立ったしね。でも、わざわざギルドや他の冒険者まで敵に回すことはないでしょう』


「いや、でもルゼルスさん。影使いですよ!? 厨二なら誰もが一度は憧れるあの影使いですよ!? 絶対何が何でも仲間に引き入れたいと思うのは当然じゃないですか!? それこそ街一個分を敵に回しても惜しくないくらいのレア職業でしょう!?」


『だからってわざわざ作らなくてもいい敵まで作る必要なんてないでしょう。それこそ、穏便にすませる方法なんていくらでもあったはずよ?』


「……仰る通り過ぎて何も言えません」


 本当に、冷静を欠いていたとしか思えない。


 俺は、センカのステータスを見てこの子が欲しいと思った。あまり望まれていない子だと事前に分かっていたし、『それなら俺が貰ってやんよ』という思考に至ってしまったのだ。


 そうして俺はこの子が欲しいと修道女とレイナさん、更にはギルドに居た他の冒険者の方々にも聞こえるように宣言。この時点で騒ぎを勝手に大きくしている。



 当然、少女をその場で殺そうとしている修道女としては俺の意見は受け入れられるものではない。レイナさんは謎の超展開についていけず、ただアワアワとしていた。


 そこで俺が言い放った問題発言。


「うるっせぇババァっ! それ以上何か言うつもりならここでとんでもねぇラスボス出して街が崩壊するまで大暴れすんぞ!? あ゛あ゛!?」


 これである。完全に悪者(ヤンキー)ですね。


 そんな俺のセリフを聞いても、ラスボス召喚や俺について何も知らない修道女は当然、喰ってかかろうとした。

 だが、事の重大さを理解しているレイナさん。更には俺がやらかした事の数々を知っている冒険者さん達が揃って修道女さんを抑え込み、その口を全力で封じにかかった。


 そうして邪魔者が居なくなったので、俺は手を引かれても全く抵抗もしない影使い『センカ』を連れて宿屋まで来た――というわけだ。


『まぁ、いいわ。あの教会の女の顔を見たらスカッとしたしね。それに――ふふっ。馬鹿は見ていて飽きないわ』


「そう言って頂けると助かります……」


 そうしてルゼルスさんとの脳内会話が一区切りつき……部屋の片隅に座る少女に目を向ける。


「………………」


 少女はじーっと床を見つめ、微動だにしていない。

 さっき俺がルゼルスとの脳内会話をしている間も、ずっとそうしていた。


 先ほどのルゼルスとの脳内会話。あれを傍から見れば俺が虚空に向かって独り言を口にしているように見えていたはずだが……全く気にした様子はない。

 

『それで? どうするの、コレ』


 いや、ホントどうしましょうね。

 出来れば仲間になって欲しいんだけど……コミュニケーションがぜんぜん取れない……。


 そもそも、俺は今世をほぼずっと剣聖の家で過ごしていた。

 そこで会う人間と言えば指南役の先生か父上くらいのもの。純然たる他人とコミュニケーションを取ることなど稀だった。


 それは前世でもそうだ。会社に務めたりなんかしていたが、そこまで人付き合いが良かった訳じゃない。いわゆるコミュ障というやつだった。


 今まで普通に会話できていたのは相手が勝手知ったるルゼルスだったからであったり、相手が会話の主導権を握っていて後はそれに沿う感じで流されていれば良かったからというだけである。

 初対面の相手、しかも女子相手に会話の流れ作るの。マジ無理。


 いやいや、マジでどうするんだ俺。




 頭を悩ませる俺。

 しかし、これといって良案は生まれない。当然だ。だって、人付き合いでの成功例が過去をいくら振り返ってもほぼほぼないんだから。


「あー」


 少女に何か声をかけようかと声を出す。だが、それが明瞭な意味ある言葉に変化することはなかった。

 そんな俺に対し、少女はその顔をあげる。



 今までその銀髪に隠されていた顔が見える。

 かなり汚れてはいるが、整った顔立ち。

 それとは対照的に綺麗な――澄んだ翡翠の瞳。


 キレイだ。そう思った。



 ぐぅーー。



「ん?」『あら?』


 そんな時、少女が初めて音を発した。

 別に何かを口に出したわけではない。


 それは、お腹が減った時に人間が出すシグナル音。

 ようするに少女の腹が空腹に耐えかねて発したお腹の音だった。


「………………」


 それでも、少女は何も言わない。

 再び俯いて、床を見つめるだけだ。


「お腹、いてるのか?」

「………………(フルフル)」


 首を振る少女。何気なにげに初めての意思表示に少し嬉しくなってしまっている俺が居た。これが母性本能というやつだろうか? いや、父性本能か?


 とはいえ、いくら否定して見せたとはいえ、それが強がりなのは明白。


「……ちょいと待ってろ」


 そう言って俺は部屋を出た――


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