短編①

 寂れた中世のスラム街。訳あって都を追い出された多くの人々が暮らしている。彼らの瞳には千差万別の光景が写し出されていた──絶望、哀愁、不満、そして、希望。

そんな街の、物語。

~~~~~~~~~~

 狭く、そして暗い道。何時もなら物音一つ立たないこの場所で、珍しく人の駆ける音が鳴り響いた。


「ぜー…は……あいつ…」

「クッソ~、また逃げられた」


二人組の男達はその場に座り込んだ。


「ただでさえ食い物にも困るってのに、困った奴だ」

「何せ…都を追放されたとかいう『忌み子』だからな。関わるだけ損かもしれん」


男達は立ち上がる。


「ふぅ、腐ったパンだの何だの、俺らにとっちゃ大事な食い物だ。このまま引き下がる訳にゃいかねぇよ…いつかは痛い目に遭って貰いたいもんだが」

「まーいい。作業場に戻るぞ」

「あ~ぁ、はいはい…分かった分かった」


男達はその場を後にした。


「…行ったかな?」


 近くのゴミ捨て場の中から、一人の少女が顔を出した。手には既に穢れ、腐った、食べられるかも分からないパンが握り締められている。


「はー…もー!なんで私がこんな生活しなきゃ行けないのよ…大体、あのクソ親共が…」


彼女は悪態をつく。彼女は忌み子であった。貴族の家の長女として生まれ育ち、14歳にして忌み子として都を追い出された。彼女の瞳には諦観、そして絶望の景色のみが写っていた。


「一人ぼっちは、もう嫌…」


彼女は一人呟く。都を追い出されて後、ただの一人とも交友関係など持ったことも無い。彼女は、今日も一人で俯いていた。

何時もならば、このまま時が経つのも忘れ俯き続け、腹が減ったらまた動き出すのだろう。

だが───


『うぅぅ…』

「(…猫?)」


 絶望的な未来。それ以外何一つ入るはずの無かった彼女の視界に、小さな黒猫が潜り込んだ。


「…これ、食べる?」


彼女は、手に握られた今日の戦利品を、餓死寸前の黒猫に半分差し出した。


『ありがとう…死ぬかと思った』

「目の前で死なれるのは流石に困るよ。して、君の名前は?」


黒猫は、まるで驚いたかのように小さな瞳を見開いた。


『ぼ、僕の言葉が分かるの…?』

「ふふっ、まあね」


彼女は、驚く黒猫の仕草があまりにも滑稽だったのか、少し微笑む。


「私、他の動物の真似事が出来るの…まあ、鳥みたいに自由に空を飛ぶことは出来ないよ。滑空ぐらいしか出来ない」

『いや、それでも十分凄いよ…』


黒猫は、少し安心したのか自分の境遇を語りだした。


『僕は…元”人間”。ある朝、起きたらいつの間にかこんな体になってたんだ…』

「…そう」

『家族にもボクって分かってもらえない。忌み嫌われて家から追い出されたんだ』


黒猫はどこか悲しげに、寂しげに、項垂れた。


「私も同じようかものかもね…私の能力も、望んで得たものじゃない。」


彼女は、少し笑って手を差し出した。


「ねぇ君…忌み嫌われた者同士──仲良くしない?」

『い、いいの?僕でも、人と仲良くなっても良いの?』


彼女はまるで、そう言われると分かっていたかのように大きな身振りで否定した。


「駄目な訳無いじゃん!さ、私は飯でも取ってくるよ!」


彼女は駆け出した。彼女の目には、既に希望が宿っていた。


『あ、僕も行くよ!』


黒猫も彼女に付き従っていく。


「ついて来れる…?飯を盗むのって、結構大変だよ?」

『それでも行くでしょ!』


黒猫は、希望に満ちた目でこう言った。


『僕達は、友達だから!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忌避転々 蓮歌 @hasso_bright

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ