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朝起きたら全て何があったか忘れていた。そんなことはなかった。私は昨日の記憶をするりとたんすの引き出しを引くみたいに思い返せた。それは大抵悪いものでしかなかったけれど。
大学の授業では、先月から取り組んできたグループの発表がある。そう言えば、月が変わっていた。六月はかくあるべし、というように残り少なくなったバケツの水を渋るような雨が降っている。
その他体育があるなど今日の大学は憂鬱だ。木葉ちゃんに会わないようにする、という選択肢が存在しない。
私はそれ以降思考するのをやめて周りに流されるまま、合わせた。満員電車の中の人の圧に揉まれながら、前の立つ人のヤニ臭さに鼻を歪ませながら。
大学生は人生の夏休みなんて言うけれど、夏休みの最終日には終わっていない宿題に焦るから夏休みも全部が全部良いわけじゃないよな、と思う。
もしかしたら何も考えなくていいところが、大学生という時間なんじゃないだろうか。私は、今日何も考えない。
二ヶ月通うと、通い慣れて勝手がわかってくる駅の改札までのルートもキャンパスまでの道のりも、もう何も考えなくても体が覚えている。
「よっす」
久しぶり? に会う浩輝と合流する。彼の方から授業前に少し打ち合わせをしないか? と提案してきたのだ。
「あれからどう?」
それとなく聞いてみた。時間が無駄になる、と感じた私はそれから何度かしかグループワークに参加していなくて、その都度浩輝に情報を貰っていた。浩輝は一度わかりきったようにため息をつくと、
「この前、お前が参加した後、昨日まで最終調整してきた。最後の最後になって焦りだして面白かったよ」
「それは見たかったな」
「思ってもないことを言うもんじゃない」
「そうかな? 割と思ってると思うよ。人の焦る様」
「お前、悪いやつになったな」
「今日だけだよ、多分」
何度かバイトが忙しくて来れないという連絡を寄越しているから、彼らの間では私は苦学生となっている。勿論、私が参加した時は一生懸命尽力した。それが結果としてどの程度グループ発表として形になっているかはわからない。今から浩輝の言う打ち合わせ内容を案じるばかりだ。
グループ発表の授業は三限で、私は一限も二限も授業が入っているから休み時間で細かな発表の順番を教えてもらう。
そして、一限は体育だった。朝から体育なんてやりたくないけど、それ以上にこの授業には──木葉ちゃんがいる。
そもそも女子と男子で授業分ける時点で遭遇率高くなるからやめてほしい。
バレーボールの授業なのでバレーボールをします。私は運動神経に関しては平々凡々なので、特に目立った失敗をしてチームの足を引っ張ることは少ない人間なのだけれど、今回ばかりは違った。出来るだけ木葉ちゃんと視線が合わないように意識してしまうせいで、挙動不審な女を演じてしまう。
私が変な失敗を重ねる度、チームメンバーの顔色は悪くなっていく。申し訳ない気持ちになった。しかし、一人だけ変わった心配をしてくれる子がいた。今まで何度か見かけはしたけれど、言葉を交わすことはなかった。おっぱいのでかい子で、包容力のありそうな女の子だった。
「体調悪いの?」
前髪をかき上げてその子は言った。何ものにも染まらない黒髪で、一ミリ程度の前髪の一本一本が、くねっとうねっている。
「そうじゃないんだ、ごめんね。次は頑張るから」
言葉だけの人間にならないように、次はと思って相手の手に収まるボールに集中する。別コートでサーブを打とうとしている木葉ちゃんが視界の端に、どうしても映る。
その試合は辛勝に終わった。チームのみんなが上手だったと言う他ない。
次の試合は、木葉ちゃんのいるチームが対戦相手で、もう何も言う必要がないほどに私の精神はぶれた。
「昼休み、部室に来て」
授業が終わり、着替えをしていると誰かに呼ばれた。それは声の感じからしてわかっていたことで、木葉ちゃんだった。
私は着てきていた服に着替え、ロッカーを無造作に締めた。バン、と重いのか大きい音が鳴る。
「なんで? いいの?」
「試合中、ずっと変な感じだった。あんなの見てればわかる」
「もういいの?」
「なにが──」木葉ちゃんの私を見る視線が一瞬ゆっくりと揺らいだ。「もう大丈夫」
「……十二時には行く!」
「うん」
こく、と頷いた。そうして木葉ちゃんは出ていった。私も少しして二限の教室に向かう。
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