16
16
昼の学食は久しぶりに来てみると、盛況を博していた。食券販売機に並ぶ列も食堂から出て外に並び始めている。
「どうする、これ……?」
人が多いところが苦手なせいか、わざわざここでお昼食べる必要あるか? と面倒くさくなる。
「直に人も空くだろ。ちょっと来るの遅かったな」
そうだね、と同意しつつ改めて辺りを見渡す。座席は八割方埋まっており、私と浩輝が並んで座れる場所を探すのは難しい。大抵は五、六人ぐらいのグループで固まっており、その隙間に収まれるのは一人で食べに来た学生ぐらいだ。
私達は先に席を確保しつつ十分かけて食券を買った。私はカレーと、浩輝はうどんを選んだ。
「美味しいの? それ」
かまぼこや油揚げが盛られたそれは値段の割には質素に見える。
「そんなことを言ったらお前もだろ」
どろどろとした具材の少ないカレーはやはりレトルトっぽさを覚える。
「最近、姉ちゃんとはどうなんだ?」
意外にも私達の話題が狭いのに今更気づいて、一笑に付す。
「ん? 仲良くやってると思うけど?」
質問の意味がよくわからなくて私は訊き返してしまう。浩輝は少し照れた色を顔に浮かべながら説明もどきの言い訳を始めた。
「この前」
この前、とわざわざ区切るので、私もついこの前に口に出してしまう。この前、と先を促すと彼は、
「誤魔化したじゃん、俺。あの時だよ、青井が大学に忘れ物したとかで秋風さんと会った時」
まだ記憶に新しい出来事を掘り返されて、あああったねとカレーを口に入れながら返した。
「その時のことについてなんだけど、あの時青井の質問に俺答えなかったじゃん」
「そんなのもあったね」
「そろそろ答えてもいいかなって」
「え──なんで?」
「姉ちゃんが、青井の小説を読んでるのを見たんだよ」
ゆっくりと頬が赤くなっていくのを感じた。そういえば浩輝には小説を書いてるって話をしたっけなと遅まきながら思い出す。例の自己紹介の時にあの場にいたんだから。
「褒めてたぞ」彼はそう言うと、うどんをずずっと啜った。「あの主人公は理想だって」
言い終えると、彼はそのままうどんも完食する。私は福神漬をルーに浸しながら少なくなったご飯を口に運んだ。
「そうなんだ」
思わぬところで嬉しい話を聞けたせいか、それは本人の口から聞きたかったなと思ったせいか言葉が冷たくなる。
「でだ。本題」
口元をティッシュで拭い、私の方を見た。
「俺は──姉ちゃんのこと可哀想だと思ってる」
「……」
なんて返せばいいかわからなかった。
「前も言ったように、俺は諦めた人間だから、そのなんだ、姉ちゃんを見てると馬鹿らしくなるんだ」
私は空になった皿を一心に見つめて、黙っていた。
「無様だとさえ思う」
浩輝がそんなことを言っても、私は何も言い返さなかった。彼は言いよどみながらも、最後まで言葉を続けようとする。
「でもさ、あんなの俺には出来ねえって思うんだ。あれを見てるととても恥ずかしいが、実際俺は姉ちゃんにはなれねえんだ。そこだけは羨ましいと思うよ」
彼はどこかを見ていた。私の方を見て話してはくれない。
「わかったよ浩輝」
私は彼の頭を撫でた。自分でもそんなことしたことなくて、けれど手が勝手に動いた。
「そんな姉ちゃん思いなのに、大学では会う前に逃げるなんて言うんだ?」
「当たり前だろ……」
と彼は溢した。
そろそろ次の授業に備えて戻ろっかと話をしたところで私のスマホにメッセージが飛び込んできた。
「先輩だ」
タイムリーだな、と浩輝がお盆を食堂に戻しながら突っ込んだ。私達の話題先輩ばっかりじゃんと半ば呆れつつもそのメッセージを開く。
〈この前のボーリングはありがと! 雛ちゃんお酒飲めないから一緒に打ち上げできなかったけど二人でどこか遊びに行かない?〉
〈いいですよ!〉
で、なんだったの? 浩輝が訊いてきた。
「遊びの約束」
「ちょーどいいじゃん。小説のこと、姉ちゃんから直接感想聞けそうだな」
私は西宮先輩の返信に、例の束も持ってきてくれると嬉しいです、と付け加えておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます